第11話


 駆け寄って来た氷緒さんと水鏡さんに心配されること少し。


「月涙くん……。さっきは本当にすまなかった。そしてありがとう」


「俺が不甲斐ないばかりに、すまなかった」


 遅れてやってきた上条さんと葛西さんがとても申し訳なさそうにバッと頭を下げた。


「……すみません、なんで僕は謝られてるんですか?」


 僕が首をかしげると、二人は目を合わせて苦笑いを浮かべる。


「なんでって……。ぼくはその、君が殺されるかもしれないことを理解しながら、少しでも勝率が高い方に懸けて置いていってしまったから……」


「俺が1人で耐え切ることもできなかったばかりに、本来守られる側の君を多大な危険に晒してしまった。本当にすまない」


 改めて頭を下げる二人。

 ついできると思ってでしゃばってしまっただけだから、ここまで謝られてしまうと罪悪感が凄い。


「ああ、なるほど……。

 謝罪は受け取りますから、あまり気にしないでください。

 元より僕はやられるつもりで来た訳ではないので、任せてもらえてとても嬉しかったですし」


「月涙くん……」


 上条さんがすごい感動した様子で目を潤ませてるんだけど、なんで??


「……月涙、えらい。私たちと離れたあとも、言われたことを何度も繰り返し続けてたのがよくわかった」


「ええまぁ、それ以外に指針にすべきものがなかったですからね。死と隣り合わせなのはいつものことですし」


「それでも素晴らしい以外の言葉が浮かばんよ。

 あの状況に置かれてなお腐ることなく鍛錬を続け、遥かに格上の相手を前にして受けきるだけの技量を身に着ける。

 そんなことができる人間、君以外にいないと思うぞ?」


「ははっ、買いかぶりすぎですよ。僕にはほかにできることがなかった、ただそれだけです」


「まったく君というやつは……」


 呆れたような、少し嬉しそうな。

 そんな複雑な表情を浮かべる氷緒さんと、うんうんと頷く水鏡さん。

 

 激闘を乗り切りしばらく異常がなかったから、あの氷緒さんですら少し気を抜いていたのだろう。

 突然現れた腕に殴り飛ばされ、今の今まで目の前にいた氷緒さんが気づけば遥か後方――人吉さんたちのすぐ目の前にまで転がされた。


「グギャーーーーッ!!」


 さっきまで絶対にそこには何もいなかったはず。

 だというのに、今僕の目の前には先ほどまでいたレッドキャップをそのまま大きくしたような――そんな魔物が立っており、大気が震えたと錯覚するほどの声量で雄たけびを上げた。


「……なに?」


 突然の異常事態イレギュラーに次ぐ異常事態にさすがの水鏡さんも困惑を隠しきれず、反応が遅れる。

 次の瞬間には一瞬で姿が掻き消えたレッドキャップのような何かが、水鏡さんのすぐ後ろに現れ腕を振りかぶっていた。


「くそっ!!」


 思わず悪態をつきながら、条件反射で動き出していた身体の赴くままに水鏡さんを突き飛ばす。

 ギリギリ間に合ったと理解できたのは、壁に勢いよく叩きつけられてからしばらくしてだった。


 ざっと10m以上は飛ばされたにも関わらず壁に大きな蜘蛛の巣のような痕をつくるほどの勢いで衝突した僕が地面に落ちるころ、ようやく形容しがたい激痛と衝撃が身体を襲う。

 肺から一気に空気が抜けたせいで呼吸はうまくできず身体の感覚が曖昧で、自分が今上を向いているのか下を向いているのかさえわからない。


 なんとかぐるぐると回る世界の中で視線を向ければ左腕はぐちゃぐちゃになっていて、ギリギリ千切れてはいないようだけど骨なんて粉々だろうことが見てとれる。

 咄嗟に反対側に飛んでわずかでも威力を落とせたことが幸いしたのだろう。

 正直それでも生き残れただけ奇跡だけど、今はそんなことを気にしてる場合じゃないとすぐに思考を切り替えた。


 少しだけマシになった視界に氷緒さんを捉えれば、意識こそあるようだけどまったく動けないようで人吉さんに介抱されている姿が目に入る。

 上条さんと葛西さん、水鏡さんの三人は協力してレッドキャップのような何かを相手取っているようだけど、ただ攻撃を受け流すだけで盾が割れ武器が砕けてしまっていた。


 これはもう――今の僕じゃ完全にダメな相手だな。

 あとでどうにか誤魔化そう。経験値もまぁ……しょうがない。

 今目の前で窮地に陥っている人たちのほうが、僕の身やこだわりよりも大切だと思ってしまったんだから。


「……コード001……限定……解除。『万物の樹ミスティルテイン』」


 本来僕の力の一部。

 その1つにかけていた制限を強制的に解除すると、僕の背後に可愛らしいミニチュアのような黒の片翼が形成される。


「あっちを……お願い……『支配の光剣ルーラー』」


 僕の言葉を合図に翼から羽根が一枚抜け落ち剣と化すと、レッドキャップのような何か目掛けて勢いよく空を裂き飛んでいく。

 宙を移動しながら2本、4本、8本、16本と剣が分身していき、やがて64本に増えた剣が四方八方に散らばり全方位から敵を捉えた。


「ゴフッ……たの……む……『治癒の聖杖シエル』」


 内臓にも深いダメージがあるのだろう、吐血しつつなんとか言葉を紡ぐ。

 今度は別の羽根が一本宙に舞うと美しい杖へと姿を変え、僕に近づいてきて淡い緑色の光を放つ。

 すると見る見る間に身体の痛みが消えていき、ほどなくして傷を完治させてみせた。

 シエルは役目を終えたと言わんばかりに目の前で軽く揺れると、再び翼の一部へ戻っていく。


「……ふぅ、助かったよ。うん、さすがだね。どれどれ、向こうは――」


 身体の具合を確認し終えた僕はレッドキャップのような何かに視線を戻すと、もうほとんど決着がついている状態だった。

 両足両腕の各部に2本ずつ、腹部に1本の計9本の刀身で地面に縫い付け、無理やり地面から引き抜くとその部分が斬れるように各部2か所の計4本ずつと首元にも剣を交差させ拘束。

 更に周囲を残りの33本がくるくると円を描きながら周回し、いつでも攻撃できる状態で待機してるもん。


「あー、僕のことを傷つけたから怒ってるのか。いつにもましてひどい」


 水鏡さんたちは何が起きたのかわからず茫然としてるけど、幸い大きな怪我はしていないみたいだし大丈夫そうだ。

 そう判断した僕は氷緒さんの元へと駆け寄る。


「氷緒さん、大丈夫ですか――って、なんだか元気そうですね?」


「あ、ああ……。人吉のスキルが開花したそうで、しかも希少な回復系統だったんだ。

 お陰でほとんど傷は治ったんだが……。

 そ、それはなんだ……?」


「そうなんですか?! おめでとうございます、人吉さん!」


「う、うん……。ありがとう?」


 説明はしてくれるものの、僕の背に生えている小さな翼に夢中でどこか上の空な氷緒さん。

 それは人吉さんも同じようで、目線が動かない。


「あー、これは僕のスキルです。僕もどうやら先ほどの戦闘で開花したらしくて」


 うん、こう言うしかない。

 実際には違うけど、説明めんどくさいししても信じてもらえないだろうし。


「そ、それがスキル……? え??」


「具現化系統のスキルなんて存在してたかな……? いや、新発見のスキルならありえる……?」


「な、なんにせよ大丈夫そうですね?! そしたら水鏡さんたちのほうも見て来ますっ!」


 無駄だとはわかっているけど、とりあえず逃げとこう。

 そそくさとその場を後にし、ぼーっと支配の光剣を眺めている水鏡さんたちに声をかける。


「みなさん大丈夫ですか?」


「……きれい」


「そうですね……って違う。

 は、はい。なんとか大丈夫ですよ。ところでその、こ、この剣は月涙くんが……?」


「ええまぁ、はい。僕もスキルが開花したみたいで」


「……詳しく」


 ずいっと僕に顔を近づけ、興奮した様子で鼻息を荒くする水鏡さん。

 初めて表情が変わるところを見れたのはなんだか嬉しいけど、それ以上に困ったなーーーっ?!


「水鏡、他人のスキルを詮索するのはマナー違反だ。

 月涙、また助けられたな。本当に感謝の言葉もない」


「い、いえいえ。もっと早く開花してくれていたら良かったんですけど」


 自分の発言だけど、ほんとそれな。

 いくら異常事態だったとはいえ、ちょっと見通しが甘くて少しだけ反省してるよ、うん。


「聞きたいことは色々あるが、ひとまずダンジョンを出てしまおう。再び異常事態が起きるとも限らないからな。

 それで、そろそろこいつに止めをさしてもらえないか?」


 いつのまにか寄って来ていた氷緒さんは、未だに拘束されたままのレッドキャップのような何かを見て気まずそうにする。


「正直僕が止めを刺すとあとあと面倒そうなので、みなさんでお願いできたりしないですか?」


 どういうこと? と言いたげに全員が首をかしげるので、なんとか納得してもらえるよう精いっぱい説得した。

 後ろで桧山くんが凄い顔で睨んでることとか。

 氷緒さんのようなCランク冒険者を差し置いて僕が討伐したなんてことになれば、やっかみを受けて今後が怖いこととか、ね。


 四人はやや納得いってない感じではあったものの、最終的には僕の希望を了承。

 僕のスキルじゃ止めを刺せるだけの力がなかったことにして、四人がそれぞれスキルを発動させて止めをさしてくれた。


 これにて一件落着、なーんてね―――。



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1章までは定期的に更新していく予定なので、今後ともよしなに!

現在更新は滞ってますが、別作品もいくつか連載中なのでそちらもよければ!!

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