第10話


「桧山くん、剣を貸してほしいんだけど」


「はぁ?! 冗談じゃねぇ、これがなきゃ自分の身すら守れなくなんだろうがっ!!」


「だよねぇ……」


 ダメ元で聞いてみたけど、もちろんダメだった。

 さてどうしたものかと考えていると、不思議そうに人吉さんが僕へ視線を向ける。


「何か考えがあるのかい?」


「まぁ考えと言えるかどうかはわからないですけど。

 このままじゃどっちにしろダメでしょうから、それならできそうなことをしてみようかな、と」


「……わかった。どうせぼくは役に立たないからね、持っていくと良い」


 そう言って、人吉さんは腰に下げていた片手剣を渡してくれた。


「……ありがとうございます。代わりにこれ、一応」


 僕はそう告げて、左手につけていた小盾を渡す。

 邪魔だから押し付けた訳じゃないよ。


「何をするのかわからないけど、絶対に死なないでね」


「はは、善処します」


 僕は愛想笑いを振りまいてから、両手に片手剣を一本ずつ構えて駆けだした。

 背後から驚愕の声が聞こえるが、今は振り返ってる余裕はない。


 視界の片隅に移っていたのであろう、氷緒さんと水鏡さんも戦闘に影響は出さないがかなり動揺しているのが見て取れる。

 ほらほら、自分の戦闘に集中してくださいね。


「月涙くんっ?!」


「代わります。上条さんは葛西さんのところへ」


「だ、だがっ……」


「葛西さんはもう持ちません。早くっ!」


「……っ。すまないッッ」


 どんな意味が含まれているかはわからないが、僕とスイッチする瞬間に悲痛な面持ちでそう告げた上条さんは振り返ることなく葛西さん目掛けて走りだした。


「グギャっ?! グギャーーーッ!!」


「まぁそう怒らないで。そう簡単に死ぬつもりはないからさ?」


 僕が相手じゃどうやら不満らしい。

 目に見えて怒りを顕にしたレッドキャップは、どう見ても上条さんに攻撃していたときよりも速い動きでナイフを振るう。


 僕のやることはいつもと同じ。違う事と言えば盾じゃなくて両手に剣を構えてるところだけど。

 相手が双剣使いである以上、小盾をかまえたときにできてしまう死角は致命的と判断して持ち替えさせてもらったのだ。

 攻撃するつもりはさらさらないから、受け流す獲物が違うだけさ。


「グギャギャッ?!」


「僕、君たちみたいなタイプからすると相当うざいタイプだと思うよ。よろしくね?」


 流す。流す。全てを受け流す。決して受け止めるな、全ての力を逸らせ。

 目の前のレッドキャップの動きを一挙手一投足見逃さず、全神経を集中させてただひたすら迫り来るナイフを捌き続けることだけに専念する。


 無駄な動きをはぶき敵に合わせて最適化、無駄な力は抜いて刀身に負担をかけず、一瞬たりとも気を抜かなければやってやれないことはないハズなんだ。

 相手が違うだけで僕は今までずっとこのやり取りを行ってきたのだ、何も緊張することなんかないさ。


 僕にとってはゴブリンといえど、油断すればあっさりやられることに変わりはないからね。

 だいぶ攻撃速度が速いし力も強いけど、ただそれだけだ。

 葛西さんとの戦闘を観察していて癖も把握できているし、これまでの経験から攻撃の軌道も予測できる。

 ならその軌道に合わせて最適な角度で剣を置く、それを繰り返せばいいだけのこと。


 1分、2分と永遠にも感じられる時間の中で、突如としてレッドキャップに動揺が走る。

 何があったか周囲を確認する余裕はないから、知らないけど。


 極限の命のやり取りが続く中でテンションが上がってきちゃったから、今の僕はこの時間が永遠に続けば良いとさえ感じている。

 もっと、もっと昂らせてくれ。そう願ってやまない自分がいた。

 レッドキャップは焦っているのかわからないが、より攻撃が苛烈になりわずかにナイフがかすり始める。


 あぁまだ上がるのかと喜びを隠せず、つられるようにさらにテンションが上がっていく僕。

 だが、ほどなくしてそんな時は突然終わりを迎えた。


「このバカ者がっっ!! ……と言いたいところだが、お陰で助かったよ。無事かい?」


 目の前のレッドキャップの首が刎ね飛び、嵐のような猛攻が止んですぐ。

 心配そうに僕を覗き込む氷緒さんを見て状況を理解した僕。


 どうやら無事耐え切ることができたらしい。

 あの素晴らしく充実した時間が終わってしまったことは、ちょっと残念ではあるけどね―――。





 ぼくは夢でも見ているんだろうか?


 3ヶ月ほど前から桜ヶ峰学園に指導員として呼ばれ、面倒を見ることになった男の子。

 クラスメイトよりも進捗が遅いことから、臨時指導員であるぼくが呼ばれた訳だけど。


 どう見てもぼくと同類で頼りないのに安心していられる、そんな不思議な雰囲気を持つ子だなという印象はもっていた。

 そんな彼の背中を見ながら、とんでもない状況に今もなお置かれているにも関わらず、恐怖も焦りも忘れてただただ魅入ってしまう。


 信じられるだろうか?

 今の彼はレベル6で、しかもステータスはオール6というここにいる誰より低い数値なのに。

 Dランク冒険者である葛西さんですらまともに相手をしていられない強敵を前に、食らいつくどころか互角に渡り合っているのだ。


 いや、正確には彼から攻撃は一切できていないから語弊があるのかもしれない。

 だが誰になんと言われようと、ぼくは彼がレッドキャップと渡り合っていたと答えるだろう。

 なぜなら、本来の彼のステータスでは間違いなくついていけるはずがないからね。


 ステータスだけじゃ参照できないものももちろんあるけど、基本的にステータスの数値1は一般成人男性およそ3人分と同程度だと言われている。

 筋力の数値が3の冒険者に力で勝とうと思ったら、大の大人10人近くでかかってようやくということだ。


 彼のステータスはオール6。

 おそらく葛西さんの15分の1近いステータスであろう月涙くんが、レッドキャップと互角に渡り合えていること自体が異常なんだ。

 現に葛西さんは上条さんの救援を受けてようやくレッドキャップと互角に割り合えている。

 

 だが間違いなく、彼のお陰でぼくたちは助かるだろう。

 月涙くんが参戦したことがきっかけで全員のギアが1つ上がった印象を受けるし、氷緒さんなんて触発されたのかギアが2つくらい上がったと思えるだけのプレッシャーを感じるからね。


 ほどなくしてレッドキャップの身体を真っ二つにした氷緒さんは、一瞬の逡巡を見せたもののすぐに救援に向かうべく動き出す。

 そしてまたしても信じられないものを目撃することになった。


 氷緒さんが最弱であろう月涙くんではなく、上条さん葛西さんペアの元に向かったからだ。

 それはつまり、あの二人よりも月涙くんのほうが安定していると判断したということ。

 もはや驚きを通りこして、頭がクラクラしてくる思いだ。


 でも、何が凄いって。

 その動きを察知してか、月涙くんが相手をしているレッドキャップが攻撃の手を速めたのだ。

 正直いって月涙くんは凄いが、それでも先ほどまででようやく互角といった感じだった。


 まずい――そう思ったぼくの焦りとは裏腹に、まさかの月涙くんもギアが1つ上がる。

 いや、その速さに適応した――のほうが正しいのかな。

 現に今もまだ、レッドキャップの動きはまったく目で追えないけど月涙くんの動きはぼくの目でも追えるからね。

 追えることと理解できることはまた別物だよ、とだけ念押ししておこう。

 

 そうこうしているうちに二体目のレッドキャップが討伐されるやいなや、それに動揺した隙を見逃さなかったとはいえ水鏡さんが単独で首を跳ね飛ばす。

 これもまたとんでもなく凄いことなんだけど、今は比較対象が月涙くんということもあってやや霞んでしまうのは仕方ないことだと思う。


 二人は同時に駆け出し、月涙くんが相手をしていたレッドキャップ目掛けてすごい速さで迫る。

 タッチの差で氷緒さんが首を跳ね飛ばし、これで全ての敵を倒すことができた。


 ほっと一息ついたぼくだけど、胸の中でうずまく感情がまったく収まらない。

 安堵? 衝撃? 感動? 恍惚? 畏れ?


 なんとも言い表しがたいけど、一つだけ言えることはぼくの中で何かが変化し芽生えたということ。

 もう良い訳をするのはやめよう。


 ステータスが低い? スキルが開花しない?

 そんなこと関係ないじゃないか。


 月涙くんが全身全霊をもってそれを証明してくれた。

 ぼくはぼくにできることをしよう。

 もう腐らないし、諦めないし、うつむかない。

 

 ありがとう、月涙くん。

 帰ったらそう伝えようと強く決意し、ぼくはとてもスッキリした気持ちで笑顔を浮かべた―――。



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