第9話
「走れっ! いいから走るんだっ!!」
桧山くんたちの背中をどんと強く押し、ただならぬ雰囲気で叫ぶ氷緒さん。
僕の近くにいた水鏡さんはもう氷緒さん目掛けて走り出していて、それは上条さんと葛西さんも同じだった。
「全員集合っ! 壁を背にして身を低くし、絶対に動いちゃダメだっっ!!」
珍しく人吉さんが大きな叫び声をあげ、生徒13人全員を引き連れボス部屋入り口付近の壁に待機させる。
その間もレッドキャップと呼ばれたゴブリンたちは動く気配を見せず、ニヤニヤとしながらこちらを見ているだけだった。
「……あれは?」
今まで見た魔物たちと一線を画す雰囲気や行動に疑問をもった僕は、現状を把握したくて人吉さんに尋ねる。
「ぼくも実物を見たことはないけど……氷緒さんがレッドキャップって言ったってことは、間違いなくそうなんだろうね。
……本来は中級ダンジョンの最奥で待ち構えているボスだったハズだよ」
「えぇ……?」
つまりそれは、
それがなんで30層に――っていうのは今は無駄な思考だろう。
問題は、今いる面子でこの場を切り抜けられるのかどうか、そっちが重要だ。
「正直どうなるか、ぼくにもまったくわからない。こんな現象はダンジョン出現以来初めてのはずだよ。
どうしてよりによって
「相当な
ちなみに、50層のボス部屋で
僕の質問に眉をひそめた人吉さんは、他の生徒たちをちらりと見てから僕にだけ聞こえる声でそっと答える。
「……50層のボスはどのダンジョンに潜っても固定で、レッドキャップ
「……なるほど」
ハッキリ言って無理ゲーじゃね?
先ほどの桧山くんたちもそうだけど、通常のボス戦は
その時点でただでさえ無謀なのに、今いる面子の中でレッドキャップを倒した経験があるのは氷緒さんだけ、という事実。
水鏡さんが挑戦済みで撤退したのかどうかはわからないけど、それでも厳しいことに変わりはないだろう。
「この状況下で月涙くんにまで絶望されると本当に困るから、他人頼りではあるけど良い情報を1つ。
氷緒さんは今まで一度たりとてパーティを組んでダンジョンを攻略したことのない、生粋のソロプレイヤーなんだ。
体力面などで持つかどうかは別として、時間さえ稼げればチャンスはあると思ってるよ」
「……人吉さんて意外とロマンチストなんですね」
「……月涙くんはこんなときでも平常運転なんだね。あれ、余計な心配だったかな?」
「平常を装ってないとプレッシャーに潰されそうですからね」
無理やりおどけて見せると、人吉さんがふふっと笑ってから大きく息を吐きだす。
よく見れば額には脂汗が浮かんでおり、視線を落とせば拳を強く握りしめたまま小刻みに震わせている。
人吉さんも相当無理して平常を装っているんだろうと痛感させられる一幕だった。
が、そこへ割り込むバカが一名。
「お、おいっ。本当に大丈夫なんだろうな?!」
期待を裏切らない桧山くんである。
「大丈夫であることを信じよう……としか言えないね」
人吉さんの言葉に、目に見えて動揺を顕にする桧山くん。
「はぁっ?! て、撤退とかしたほうが良いんじゃねぇのかっ?!」
「ぼくはここで息をひそめ、レッドキャップたちの注意をひかないことが重要だと判断した。
氷緒さんから指摘がないってことは、おそらく向こうもそう判断しているんだろう」
「そんな余裕がないだけかもしれねぇだろっ?!」
「その可能性はあるね。でも、それ以外にも理由があるんだよ。
第一に、現在のぼくたちだけで地上に戻ること自体が相当なリスクを背負う点。
主戦力になるであろう君たちも満身創痍だし、万が一のことを考えれば今
第二に、更なる異常事態が起こらないとも限らない点。
よって、ここに留まり成り行きを見守るのが最善だと判断している」
「えらそうなことを言ってるけど、単にびびってるだけだろ?! 俺はまだやれる!
さっさと引き返そうぜ!!」
「……非情なようだけど、行きたければ君だけで行きなさい。
正直言って、今の状況はどちらが正解とも言えない。
氷緒さんもいない今、君たちには各自で判断し行動する権利がある」
「テメェも引率者だろ?! 『全員で』と指示を出せよっ!!」
「言ったはずだよ?
ぼくはここに留まることが最善だと判断した、と。
そんな指示は出せないし出さないよ」
「はぁ?! くそがっ!
……いや、まてよ? 俺たちは30層をクリアした。
っつーことは、テメェより上のランクになったってことだよな?
なら俺の権限で指示を出しても問題ないはずだ!」
わお、とんでもない暴論を振りかざしてきたな。
僕が口を出すとこんがらがるだろうと思って黙っていたけど、さすがにこれはダメそうだ。
「一つ、確かに桧山くんは30層を攻略したけどまだ認定前だ。つまり、現状ではDに上がっているとは言えない。
二つ、桧山くんはどうなのかわからないけど、君のパーティメンバーは全員がそれなりに疲弊していて満足に動けないだろう。
三つ、そもそもこの場の全員が人吉さんに従うつもりでいるようだよ?」
僕の言葉に桧山くんが周囲を睨みつけると、全員が強い意志をもってその圧を拒絶した。
この現状に対するプレッシャーからか思う通りにことが進まない苛立ちからかはわからないけど、桧山くんが大声をあげようとしたその時。
じっと睨み合いを続けていた氷緒さんたちとレッドキャップたちに動きがあった。
「上条、葛西は防御に徹しろっ! 水鏡は様子を見つつ無理はするな!
すぐに助太刀にいく、耐えろよッッ!!」
どうやらしびれを切らしたレッドキャップたちが動き出したらしい。
やつらはまるであざ笑うように分散すると、それぞれ1対1で戦えるように無理やり氷緒さんたちを分断して戦いだした。
数合打ち合っただけだが、上条さんと葛西さんはおそらく10分もたないだろうというほど圧倒されている。
水鏡さんはかろうじて食らいついているけど、劣勢なことに変わりはない。
唯一氷緒さんだけは優勢に競り合っているけど、圧倒するほどの勢いは感じられないから、少し時間がかかりそうだ。
上条さんと葛西さんが崩され押し込まれるのが先か、氷緒さんが敵を打ち取り加勢しつつ全滅させるのが先か。
正直かなり部の悪い賭けであることに違いはないだろう。
「こんな状況じゃなきゃ、楽しめる相手なのになぁ……ッ!」
「グギャギャギャッッ!!」
「……なかなかやる。でも負けない」
「ギャッギャッギャッッ」
「……ッ! …………ッッ!!」
「グ~ギャッギャッ~ッ♪」
「ハァハァ……ッ!」
「……グギャァ」
氷緒さんは険しい表情で焦りを抑えつつ全力で討ちかかり、それを相手取るレッドキャップもまたどこか楽しそうだ。
水鏡さんのところは彼女がスピードを生かした立ち回りで食らいつき、レッドキャップはうざったそうにその全てを弾き続ける。
上条さんは猛攻をなんとか小盾と剣を器用に使いながら防ぎ続け、レッドキャップは鼻歌まじりに嗜虐的な笑みを浮かべて腕を振るう。
葛西さんは全ての攻撃を防ぎきれないことを悟り致命傷だけを全力で防ぎつつなんとか時間稼ぎをしている状態で、レッドキャップはとてもつまらなそうな表情を浮かべていた。
「……まずいね」
人吉さんが汗を垂らしつつそう呟く。
視線の先では葛西さんが相当追い込まれており、致命傷を避けているとはいえ刻一刻と生傷が増えていくことが確認できる。
ちらりと氷緒さんに視線を戻してみるが、拮抗しているのかどちらも無傷だ。
これはどう考えても間に合わない。
誰もがそう思ってしまうような、絶体絶命の状況だった―――。
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