第8話
ゴブリンエリートリーダーが参戦した途端、戦況は大きく傾いたと言って良いだろう。
最初こそ人数差で自分たちのほうが有利だと余裕ぶっていた桧山くんの顔が、見る見る間に険しくなっていったからね。
こう言っちゃなんだけど、あのパーティの中では桧山くんが頭1つ抜けて強かった。
その桧山くんが1対1だと押されてしまうんだから、当たり前と言えば当たり前の結果なんだけど。
「くそっ、なんなんだよコイツっっ! ちょこまかとうぜぇなッッ!!!」
やや拙くはあるものの、搦め手やフェイントといった駆け引きを織り交ぜてくるゴブリンエリートリーダー。
今まではそんなことをしてくる敵がいなかったのだろう、翻弄され続けている桧山くんの身体には徐々に生傷が増えていく。
他のメンバーも助勢しようと戦いに割り込むんだけど、なす術なく弾き飛ばされていった。
かろうじて防御が間に合っているから弾かれるだけで済んでいるけど、正直見ていてかなり冷っとさせられる。
「……ちょっと厳しそう」
ぽつりと小さな声で水鏡さんが呟く。
万が一桧山くんに聞かれると後々絶対絡まれるだろうから口には出さないけど、僕もそう感じていた。
何かキッカケがないと、このままじり貧で追い詰められるだけだ。
「あっ……」
人吉さんが声を漏らし、目を見開いたのと同時。
残っていたゴブリンエリートウォリアーの相手をしていたメンバーの二人が同時に、横なぎに振るわれた大楯になすすべなく弾き飛ばされ数メートル地面を転がっていった。
ダメージが大きいようで、少なくともすぐに戦線に復帰できそうにはない。
これで2対3、さらに劣勢になってしまった。
「クソっ、2対1で何やってんだよ?!」
自分のパーティメンバーにかける言葉ではないけど、そんなこと気にする余裕もないくらい追い詰められてるんだろう。
仲間から注がれる不信感にも気づかず、苛立った様子を見せる桧山くん。
「桧山、だいぶ窮地のようだな。救助はいるか?」
「……こんくらいどうとでもなる。救助なんかいらねぇよッッ!!!」
「「えっ?!」」
声をかけた氷緒さんに、怒鳴り返す桧山くん。
その言葉を聞いて、共に戦っているメンバーたちは驚きの声をあげた。
「……そうか。時には退くことを決断する、その勇気もリーダーに求められる資質の一つだぞ」
「うるせェッッッ!!!」
聞く耳持たずといった感じで、リーダーに突進していく桧山くんと呆れた様子の氷緒さん。
彼のメンバーたちはどうしたら良いかわからなくなってしまったようで、あわあわと視線を敵と氷緒さんの間で行き来させている。
当然その間桧山くんは2対1で戦わなければならない訳で……。
「なにやってんだテメェら――がぁっっっ」
文句を口にした隙を見逃さず、リーダーの蹴りが桧山くんの横っ腹を直撃した。
ゴロゴロと転がるも、剣を支えにゆっくりと立ち上がる桧山くんのダメージは相当なものだと見受けられる。
「ここまで、だな」
そう言って一歩踏み出した氷緒さんは、すぐにその足を止めた。
何事かと桧山くんのほうへ視線を戻せば、彼はあの身体で再びリーダーに向けて突進していたのだ。
だが、先ほどと違う点が1つ。
桧山くんはリーダーの攻撃を地面を滑りながら避けると、その背後に隠れていたウォリアーに襲い掛かった。
「『
その掛け声と共に桧山くんの持つ片手剣の刀身が赤く輝くと、あろうことかウォリアーが構えていた大楯ごとその身体を真っ二つにしてみせた。
なんだあれ?!
「……あれがスキル。たぶん斬撃力の強化と刀身の延長とかそんな感じ」
僕の驚きを見てか、水鏡さんが解説してくれた。
そうか、あれがスキルなのか。
「あれがあれば、もっと楽に倒せていたんじゃ……。なぜ今さら?」
「……奥の手を隠しておきたかったか、スキルに制限があるかのどっちか。たぶん後者」
「制限……?」
「ぼくも聞いた話だけど、スキル――特に強力なスキルには特殊な条件がついているものがほとんどみたいだよ。
準備にすごく時間がかかったり、特定の条件下でしか使えなかったり、みたいな」
「なるほど……」
ってことは、あのスキルは盾を構えている相手に攻撃するときのみとか、自身が一定以上ダメージを負っているときのみとか、そんな感じの制限がついてるのかな。
なんにせよ、満身創痍ではあるけど1対3に持ち直したのは間違いない。
あのスキルに回数制限などがないなら、まだ十分勝機はあると言えそうだ。
「へっ、ざまぁみやがれ……。
おい、いつまで狼狽えてんだっ?! 今はこいつをぶっ殺すことだけを考えろッ!!」
「「あ、ああ……」」
桧山くんの力と剣幕に押されてか、なんとか気を持ち直し武器を構えなおすメンバーの二人。
そこからはなんというか、見ていてあまり気持ちの良い戦いではなかった。
メンバー二人を時には囮に、時には盾にしながらリーダーに攻撃を加えていく桧山くん。
事前に打ち合わせた戦術なら良いのかもしれないけど、今は確実に桧山くんの独断だろう。
現に二人の顔には再び不信感が色濃く浮かび上がっている。
「『
どうやらまだ使えたようで、メンバーがリーダーの大剣を傷つきながらも受け止めた隙を狙い攻撃をしかけた。
リーダーは武器を引き戻していては間に合わないと判断したのか、無理やり身体をひねることで回避を試みる。
が、間に合わずに左前腕の半ばほどから先が宙を舞った。
「ざまぁみやがれ!! これで俺たちの勝ちだぁッッ!!!」
功を焦ったのか、そのまま追撃を加えようととびかかり剣を振り下ろす桧山くん。
それを右手だけで持ち上げた大剣でなんとか受け止めたリーダーは、まさかの攻撃に出た。
桧山くんとしても予想外の一撃だったのだろう、防御することもできず直撃を受けて再び地面を転がる。
起き上った彼は何が起きたのか理解できていないようで、ふらふらとしながらリーダーに視線を向けた。
そして自身の頬にべったりとついた血に気づき、ようやくどう攻撃されたのか思い至ったようだ。
「じょ、冗談……だろ……? その斬られた腕で殴ったってのかよ?!?!」
痛みで膝をついていたリーダーは左腕を抑えながら立ち上がると、強い生への渇望を宿した瞳で桧山くんを見据え再び右手で剣を構える。
尋常じゃない気迫を漂わせる姿に気圧され、思わず一歩後ずさる桧山くんとメンバーたち。
「くるってる……。くるってやがるっ!! さっさと死ねよぉおおおおッッ!!!」
半ば発狂した様子で駆けだした桧山くんに続き、この戦いを長引かせてはならないと本能的に導き出したメンバー二人も特攻をしかけた。
元々両手で扱っていたこともあり、片手では上手く大剣を扱えないリーダーはすぐに追い込まれ、奮闘空しく最後は桧山くんのスキルの連打を浴びて地に落ちる。
あとに残された魔石はピンポン玉ほどの大きさがあり、ゴブリンのものと比べればその輝きも増しているように見えた。
それを見て気が抜けたのか、崩れ落ちた桧山くんたち三人にゆっくりとした足取りで近づく氷緒さん。
「お疲れ様。辛勝ではあったが勝利は勝利だ。おめでとう」
「「「……」」」
三人は氷緒さんの言葉に反応を見せず、手足を震わせながら座り込むだけだった。
「敵ではあるが、やつらとて命は惜しい。
生を強く望むが故の決断は、時に想像の範疇を大きく上回る行動をさせるのだ。
いずれこの経験が生きる時が来るだろう、今はゆっくり休むと良い」
労わるように言葉を投げかけながら三人の肩をぽんぽんぽんと叩いた氷緒さんは、三人を立ち上がらせると背を押しながらこちらへ歩み始める。
色々とあったが、確かに良い勉強になった。
そう思いながらこれで帰れると思っていたんだけど――。
氷緒さんの背後、ボス部屋の最奥付近に突如として落下してきた4つの影。
気づいた氷緒さんがすかさず振り返ると同時、
「レッドキャップ……だとっ?!?!?!」
悲鳴にも似た叫びをあげた氷緒さんとは対照的に。
赤黒いハンティングキャップと外套を身に纏うゴブリンが4体、こちらを見定めるかのようにニヤニヤとしながら視線を向けていた―――。
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