第7話


 あれからさらに1か月とちょっとが経過した。

 季節は移り替わり、気温が落ち着き秋らしい日も増えて来た今日この頃。


 緊急イベント発生~~~~!! いえーい、ぱふぱふっっ。


 なんて無理やりテンションを上げてみるけど、まったく上がらない。


「昨日伝えたように、今日はクラス全員で30層のボス部屋へと赴く。

 実際に戦闘を行うのは桧山率いるパーティのみだが、見ているだけでも良い経験になるだろう。

 次は自分がいけるよう、しっかりと観察し参考にするように」


 ――ということである。

 2番手のパーティが現在28層を、3番手のパーティが20層を攻略中ということもあり、後学のために一緒に連れて行くことにしたらしい。

 

 絶賛5層を攻略中の僕としては30層にいくだけでも危険だし、むしろ30層どころか15層のボス部屋すらまだなんだけど?

 レベルは6まで上がったけど、相変わらずスキルは開花してないしさ??


 そんな僕の心を読んだかのように、氷緒さんが僕にちらりと視線を送ってから言葉をつづけた。


「まだまだ自分には先のことだ、と思うものもいるだろう。だが、今ほど安全に見学できる機会なんてまず来ないぞ。

 手前みそになるが、ハッキリいってランクCの冒険者が指導員になることなんてまずないんだ。

 ましてやその冒険者に引率してもらい、下層に連れていってもらえる機会なんてほぼ起こり得ないと言っていい。

 比較的安全に積める経験なら、金を払ってでもしたいと思うものすらいるほどなんだぞ?」


 事実彼女の言う通りなんだろうな。

 だって隣にいる人吉さんが感動のあまり、潤んだ瞳で何度も頷いてるもん。


 そういえば人吉さんはランクEってことは、30層のボス部屋は未経験かそれに近いってことか。

 ま、それに僕が同意するかどうかは別問題なんだけど。


「ふっ、まぁ実際に行って自分自身で経験してみないとわからないこともある。

 拒否権なんてあってないようなものだ、つべこべ言わずついてくるんだな」


 あれ、本当に心を読まれてる?

 しょうがないやつめ、と言いたげに僕を見て苦笑いを浮かべた氷緒さん。

 ちらりと見れば水鏡さんも頷いてるし、あれ~?

 僕ってそんなにわかりやすいかな??


 どうでもいい余談だけど、今のやり取りを敏感に察知した桧山くんは先ほどまですごく勝ち誇った顔をしてたのに今は恨みがましい視線を僕に向けてるよ。

 これだけ差をつけたんだから、もう充分でしょ。いい加減勘弁してほしいね。


 どうやら今回のイベントを実施するためかは知らないけど、前回29層の奥に桧山くんたちが到達した際に氷緒さんが理由をつけてボス部屋突入を見送らせたそうだ。


 その経緯もあって、29層までの道中にいる魔物の露払いは指導員たちで行うらしい。

 桧山くんたちだけならダンジョン入り口に設置された転移の石碑ポータルを使って29層からスタートできるんだけど、僕たちがいるから全階層を再度踏破しなきゃいけないからね。


 あ、転移の石碑はさすがダンジョン、さすダンって感じで非常に便利な代物のことだよ。

 各階をつなぐ階段の半ばほどにシンプルな見た目をした台座のようなものが設置してあり、それに触れることで入り口の石碑から瞬間移動してこれるとんでもなくぶっ壊れた性能を有するダンジョン遺物だ。

 たださすがになんでもおっけーって訳じゃなくて、いくつか制限もあったりする。


 1.集団で移動する際にも、全員が行先の階層を登録し終えている必要があること

 2.入り口から登録階層への一方通行となっており、帰還には使えないこと

 3.同時に移動できる人数は、最大9人までであること


 今のところ判明してるのはこんな感じみたい。

 それでも十分破格の性能だと思うけどね。

 

「よし、ではいくとしようか。

 前は私が、中央を上条と葛西で、後ろを水鏡に任せる。

 うち漏らすつもりはないから安心してついてきてくれ」


 いつもより真面目な顔でそう告げた氷緒さんは、涼し気な顔でダンジョンをさくさくと進んでいく。

 参考になるかって? なる訳ないじゃん。


 僕は最後尾にいるからよく見えないってのもあるけど、一度も立ち止まることがないって言えばわかりやすいかな?

 普通は戦闘が行われればその間行進が止まるはずなのに、それがない訳で。

 つまり僕たちが進むペースよりも早くゴブリンが倒されてるか、まったく遭遇していないかのどっちかという訳。

 後者はまずありえないから、そういうことだね。


 そんなこんなで気づけば7層でーす。

 自力で来たかったのにこんな形で足を踏み入れることになるなんて、とても複雑な気持ちでーす。

 なんて内心で愚痴ってたらあっという間に15層でーす。悲しいでーす。


 と思ってたら、あれ?

 てっきり大きいゴブリンとか山ほどいるゴブリンとかボス部屋はそんなんだと思ってたのに、車サイズの茶色い狼がいるんだけど?

 もしかしてこのダンジョンってゴブリンだけじゃないの??

 14層までは狼のおの字もなかったじゃん???


「知りたくなかった……」


「ああ……」


 僕の呟きの意味を悟ったのか、人吉さんが苦笑いしている。

 人吉さんはその辺りかなりわかってる人で、ボス部屋があることは漏らしたけど各階層の魔物とかの話は一切してこなかったからね。

 ネタバレだめ、絶対。


「初級ダンジョンなら、ただでかいだけの狼であることがほとんどだ。

 動きは速いが特殊なことはしてこないから、冷静に対処すれば問題ない」


 誰に言ったか――って考えなくても僕か。

 だってほかのみんなはここクリアしてるもんね。


 でもさ、やっぱり参考にはならないね?

 だって氷緒さんと狼がすれ違った瞬間には首が落ちてでかい頭が地面を転がり、そのまま消えて魔石になったもん。

 っていうか身の丈ほどもある大剣使ってるはずなのに、重量感をまったく感じさせないその動きはどれくらい強くなれば真似できるの? 


「さ、どんどんいくぞ」


 そんな大船に乗ったつもりで私についてこいよ、みたいに言われても。

 周りはすごい尊敬の眼差しで氷緒さんを見つめてるけど、僕から向けられるのはジト目だけだよ?

 突っ込み役が足りません、誰か助けてー。


 僕の願いは空しく虚空に呑まれ消えていき、ガンガンいこうぜを地でいく氷緒さんとその愉快な仲間たちはダンジョンの中をお散歩気分で進んで行く。

 こういうのをぬるゲーっていうんだろうね。


 あ、ちなみに16層からは身長が140cmくらいに大きくなり身体つきが逞しくなったゴブリンーーゴブリンエリートが出現するようになった。

 戦闘はほとんど見えないし相手が氷緒さんだから、ゴブリンよりどれくらい強いのかはわかんないけどね。


 そうこうしてるうちに29層の最奥、30層に下るための階段前にたどり着いた僕たち。

 体感だけど、だいたい3時間かからないくらいで来れたのかな。

 結局ボス部屋以外では狼は出て来ず、ひたすらゴブリンパラダイスだったよ。


「よし、ここからは桧山たちに任せるぞ。死人が出そうになれば助勢に加わるが、それまではある程度窮地に陥っても手だしはしない。健闘を祈る」


「まぁ見ててくださいよ。俺の力を存分に見せつけてやりますから」


 なぜか僕を睨んでから、ニッと不敵に笑う桧山くん。


「……ほんとヤなやつ」


「元気で良いじゃないですか」


「月涙くんのメンタルっておかしいよね」


 水鏡さんの言葉に本心で答えたのに、人吉さんがちょっと変なものを見る目で見てくるんだけど。解せぬ。


 かくして始まった30層のボス部屋戦。


 相手は身長150cmほどの細マッチョゴブリンで、ゴブリンやゴブリンエリートたちとは違い簡素ながらも鉄製の軽鎧を身に纏い大剣を持っているのが1体。

 包丁ではなく刃こぼれした鉄製の片手剣や槍、メイスや大楯なんかを持ったゴブリンエリートが5体の計6体だった。

 ゴブリンエリートリーダーとゴブリンエリートウォリアーというそうだ。


 桧山くんたちのパーティは5人だから、6対5って人数不利だなぁと思いながら眺めていたんだけど……。


「へぇ、指示だしはするけど戦闘には参加してこないんだ」


「……そう。ゴブリンエリートリーダーはそんなに知能が高くないから、部下に指示を出してる間は戦闘に参加できない」


 実際には5+1対5だったらしい。

 ところどころ冷っとすることはあるけど、大して追い込まれることもなく1体、また1体と倒していく桧山くんたち。


 10分ほどで残すは大盾持ちのゴブリンエリートウォリアーとリーダーだけとなった時、ようやくリーダーが指示だしをやめて戦闘に参加するようだ。

 ここからが本番ってところかな?


 そんなことを思いながら、ぼーっと戦闘の行く末を眺めるのだった―――。



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