第6話


 早いもので、僕が桜ヶ峰に入学してから5か月が経過した。


 ちなみに僕は相も変わらず1人でゴブリン狩りを続けている。

 変わったことと言えば、今では1層から3層に移動していることだろうか?

 あ、レベルも2から4にまで上がっていたっけ。


 え? 結構上がってるんじゃないかって? そんな訳ないじゃん。

 クラスメイトたちは一番低い子でもレベル10に上がり、今は15層くらいを中心に活動しているらしいからね。


 レベルが上がることで身体能力フィジカルが上がり、身体能力が上がることでより強い敵に挑むことができるようになる。

 それはまぁ当然といえば当然なんだけど、同時に『スキル』と呼ばれるその人の潜在能力を開花させたような特殊な技能を入手できることもあるらしい。

 ような、と言うのはまだまだ不明なことが多く不確定要素が多いからだそうだ。

 本来はそうやって強くなった自分に合う魔物がいる階層に降りていくんだけど。


 僕はその上昇値も少なく、レベル4になった今のステータスはオール4でスキルもなし。

 自己申告だから真偽は定かじゃないけど、桧山くんは今レベル13で一番低いものでも30、スキルも1つ開花したと言っていた。

 つまり僕は筋力、魔力、防御力、魔法防御力、素早さという5つすべてのステータスを合計しても、レベル差があるとはいえ桧山くんのステータス1つに劣る存在。

 ましてやスキルもないんじゃ、どう足掻いてもその差は埋められないって訳。


 この結果は桧山くんの一番最初の発言に説得力をもたせるのに十分すぎたようだ。

 今ではほとんどの人があの時下手に同情して僕をパーティに迎え入れなくて良かったと安心し、僕を見るたびにさげすむような嘲笑を向けるようになっていた。


 そんな経緯もあり、あれ以来氷緒さんから手ほどきを受けられていないままだったりする。

 彼女は基本はクラスの中でもっとも深い場所を探索中の桧山くん率いるクラスのトップパーティと2番手のパーティの間を行き来しているからね。

 

 あ、もう1つ変わったことがあったよ。

 2ヶ月ほど前から僕の指導員が狭山教員から人吉 優ひとよし すぐるさんという男性になったことだ。


 後から知ったことだけど、指導員の中にも順位があったみたい。

 水鏡さんは氷緒さんに次ぐ実力の持ち主でランクCに近いD、上条さんと葛西さんも同じランクDだけど中堅どころで、人吉さんがランクEなのだそうだ。


 狭山教員はランク的には水鏡さんに次ぐ実力者だったようなんだけど、僕が1層から全く先に進んでいないことを訝しんだ氷緒さんに糾弾され学園を去ることになった。

 教頭がかなり庇っていたけど、僕のレベルが上がっていたこともあり1層でゴブリンをレベルが上がるまで倒せるだけの実力があるのだから1層に留めておく理由がないとの言葉が決定打に。


 教頭と狭山教員になぜかめちゃくちゃ睨まれたから、もしかしたら逆恨みされているかもしれない。

 そんなこんなで代わりに派遣されてきたのが臨時指導員である人吉さんで、上条さんと葛西さんは最初からいた男性の指導員の人たちだよ。 


 ほかにも最初に氷緒さんが指定したパーティから各自の判断で組みなおしが行われ、今では5人-5人-2人の3パーティ+僕1人という編成になった。

 もしかしたら察しの良い人は気づいてるかもしれないけど、2人パーティのところは僕に次ぐこのクラスで落ちこぼれ認定された子たちで構成されていたりする。


 彼女たちも僕ほどではないにせよ似たような境遇のせいか、最初の頃から一度として僕のことを無能だなんだと蔑むこともなく、今でも特に嘲笑してきたりすることもない。

 だったら一緒にパーティ組めばいいじゃんって?

 僕はそんな彼女らより遥かに下にいて、足手まといにしかならないんだよ。


 どうしても深く潜っているパーティーのほうが危険に晒されることも多いため、安全面の観点から水鏡さんは桧山くんパーティの指導員に。 

 その時の桧山くんの嬉しそうな顔ったらすごかったよ。


 2位パーティを上条さんが、2人組パーティを葛西さんが。

 そして自称うだつの上がらない中年こと人吉さんが僕についてくれていて、今日も二人で3層に来ている。


 ちなみに人吉さんは中肉中背の身長170cm、爽やかな黒髪ショートカットに黒ぶち眼鏡をかけているちょっと可愛い系の人だよ。Theやさおって感じ。

 人吉さんは戦闘があまり得意じゃないらしくて手ほどきこそできないものの、狭山教員のように僕を蔑み職務を放棄するような事はしないのでこうして少しずつ下層へと進めているのだ。


 今日も今日とて僕が自由にゴブリンと戦い、戦闘が終わるのを見計らって人吉さんが声をかけてくる。


「こういう言い方をすると失礼かもしれないけど、ほんと月涙くんといるとほっとするんだよね~」


「ここにあるのは適度な緊張感くらいで、諍いも競争もないですもんね~」


「ははっ、そうなんだよ。命のやり取りはあるけどね~」


 なんて会話をしながら、現れたゴブリンの飛びかかりを小盾で打ち落とし、起き上りがむしゃらに振り回す包丁を躱しつつ片手剣を胸に突き刺していく。

 僕がある程度安定してゴブリンを狩れることを知ってからは、こんな感じでのほほんと見守ってくれている。


 人吉さんは現在30歳だそうだが、ダンジョンが出現してすぐに特性が発露した最初期の冒険者なんだって。

 かれこれ5年近く冒険者をしてるのにいまだにランクE、すごEーでしょ。が人吉さんの鉄板ネタらしい。


 自虐が凄くてあんまり笑えないですねって突っ込んだら、いずれ君に引き継いでもらうから安心してって言われた。

 ぜひ遠慮願いたい。


「そういえば、冒険者のランクってどうやって決まるんです? ステータスの総合値とかですか?」


「あぁ、クリアできた階層で決まるんだよ。15層突破で晴れて見習いランクであるFを卒業してEに、30層突破でDに、50層突破でCって感じかな。それ以降は目に見える大きな成果を持ち帰ると上がることがあるみたい。ま、結局ステータスが上がらないと突破できないから似たようなもんだけどね」


「へ~。30層と50層はまだわかりますけど、15層ってずいぶん中途半端ですね?」


「ほんとは言っちゃダメなんだけど、君はぼくの最後の希望だからね。大奮発して教えちゃおう。

 ダンジョンでは特定の階層ごとに、それぞれボス部屋と呼ばれる頭1つ抜けた強さを持つ魔物――『守護者ガーディアン』がいる関門があるんだよ。

 初級の場合は最奥の30層と15層だね。

 ダンジョンによって多少魔物の種類は変われど大きく強さは変わらないから、見習いにとって最初の難関である15層を突破できるかどうかが1つの指標にされてるんだ~」


「なるほど……。最後の希望ってところが凄く気になりますけど、言っちゃダメなこと教えて大丈夫なんです?」


「ぼくも君よりはステータスが高いとはいえ、戦闘も不得意で周りに比べれば落ちこぼれのような存在だったからね。

 そういった視線や重圧に耐えきれずに早々に心が折れちゃったからなのか、レベルも25まで上げたけどスキルの開花はなかったんだ。

 でも、君はそんな環境に置かれながらまったく気に留めてる様子がないだろ?

 もしかしたら君ならステータスの壁を越えて少しでも周りを見返してくれるんじゃないか、そんな淡い希望をもってしまってるんだよ。

 あ、勝手に抱いてるだけだからあんまり気にしないでねー?」


 そう言って少し恥ずかしそうに頬をかく人吉さん。

 続けて、言っちゃダメだとは言われるけど君が黙っていればバレることはないってセリフがなければ良い話で終わったんだけどなぁ。


「ま、あんまり期待はしないでください。そもそも僕自身目立つのは嫌ですし、別に見返したいとか考えてないので」


「欲がないなー。もうぶっちゃけるけど、ほんと神様って残酷だね。

 月涙くんのその技巧にステータスさえあれば、今の状況になんて絶対にならないだけの立場だったろうに」


「氷緒さんと水鏡さんに教えてもらったお陰なので、そう言ってもらえると二人が褒められてるみたいで嬉しいですね。

 あと僕には英雄願望はないので、本当に今くらいがちょうどいいんですよ?

 こんなこと言うと怒られるかもしれませんが、むしろこのステータスで良かったとさえ思ってます」


「ええー……。月涙くんってドMなの?」


「いや、人吉さんのほうがドMっぽいですよね?」


「ふっふっふ、ぼくはドSでもドMでもないよ。あえていうなら、ドN!!」


「それドヤ顔でいうことでもないですし、相当痛いのでやめたほうがいいですよ?」


「ひどっ?!?!」


 僕の突っ込みにわざとらしい悲壮感を浮かべて笑う人吉さん。

 ああ、ほんとにこのステータスで良かった。こんな良い人と出会えて、こうして何気ない話で笑い合えるんだから。


 ダンジョン内らしからぬほのぼのとした空気をまといながら、来る日も来る日も僕はゴブリンを狩り続けるのだった―――。

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