第5話


 狭山教員と一緒にダンジョンに入ることになり、一層でゴブリンを探している途中。

 彼から見た目通りの発言が飛び出し、僕は思わず笑いそうになってしまう。


「あー、オレお前に何か教えるつもりとかさらさらないし、危なくなっても助ける気なんてねーからさ。そのつもりで動いてよ」


 こちらを見ることもなくそう告げると、スタスタと歩いていきしばらく進んだところにあった広間の隅に寝転ぶと腰のポーチから取り出した漫画を読み始めた。


「ここじゃ全然ゴブリンと戦えないんだけど。置いてっていいってこと?」


「ハァ? んな訳ねーだろ、ちょっとは頭使えよ。お前みたいなカスが勝手に動き回ったらすぐ死んじまうだろうが。

 ここで待ってれば1体以上相手にする事はまずねーし、無能にならちょうど良いくらいだろ」


 そう言うと再び漫画に視線を落とし、時折ゲラゲラと笑いながら自分の世界に入り浸ってしまう。

 無視して動き出そうとすると、足元めがけて小石が投げつけられた。

 視線を向ければものすごい形相で睨んでおり、勝手なことをすんなと言いたいらしい。

 

 腐っても先輩冒険者ということなのか、あんな状態でもきっちりこちらの動きを把握しているところがちょっとムカつく。

 仕方ないのでそのまま待つことしばらく、ようやく一体目のゴブリンが広間にやってきた。

 こちらを認識するとすぐに襲いかかってきたので、迎撃態勢をとる。


「グギャギャギャーーーっっ」


 昨日教わったことを思い出しつつ、飛びかかってきたゴブリンの包丁を小盾で力を反らすようにして受け流す。

 そのまま小盾でゴブリンを持ち上げるように膝の力も使いながら全身で横へ放り投げ、受け身を取り損なってがらあきの胴体に片手剣を突き出すが、狙いがずれて心臓部を狙ったのに脇腹に刺さってしまった。

 

 ゴブリンが痛みでがむしゃらに包丁を振るうので一度バックステップで距離を取り、小盾を構え直して仕切り直し。

 バカの1つ覚えのように再び飛びかかってくるけど、脇腹のダメージゆえか勢いがほとんどない。

 これならばと一歩前に踏み出しつつ小盾を振り抜くことで、カウンターの要領で地面に叩き落とす。

 

 万全なゴブリンの飛びかかりだと押し負けるけど、予想通り今の状態ならギリギリ僕の力でも押し勝てた。

 勢いよく地面にぶつかり怯んだ隙に、今度こそ心臓部にしっかりと片手剣を突き刺しとどめをさす。


「ふぅー……。良い勉強になるなぁ」


 後続がないことを確認して息を吐き出すと、後ろから大きな笑い声が響く。


「あんなクソ雑魚ゴブリン相手に良い勉強とか、ほんと無能ってつれーな? さ、さすがのオレも同情しちゃうわwww」


 確実に同情なんてしていない様子で、ゲラゲラと腹を抱えて笑い転げる狭山教員。

 邪魔する様子はなさそうなので、それなら放置が吉。

 そう判断した僕は無視を決め込み、今の戦闘を振り返りつつ改善点を確認する。


 それからイメージトレーニングをしつつ待つこと20分ほど。

 本日2体目のゴブリンが現れ、僕は再び戦闘態勢をとった。


 今回のゴブリンもまた例に漏れず喜色を多分に含む叫び声をあげ駆け出したかと思うと、やはり僕に到達する少し前で大きくジャンプし飛びかかってくる。

 彼ら? 彼女ら? 性別はわからないけど、ゴブリンたちはあの動きをしないといけないルールでもあるんだろうか?


 今度は試しに横へ飛んで回避してみると、着地したゴブリンはジャンプすることなく包丁を振り回しながら駆け寄ってきた。

 それらのがむしゃらな一撃一撃を片手剣で弾き、受け止め、いなし何合も打ち合う。


 筋力的な面では僕よりゴブリンの方が上なものの、手に持つ武器の重量の差があるのとただ振り回しているだけなこともあり完全に押し負ける事はない。

 少なくとも至近距離での打ち合いならいくつか選択肢を取れることが判明したので、かなり戦略に幅が広がったと思う。


 そんなことを思いながらゴブリンと僕の息遣いの中に金属同士がぶつかりあう音が響き、広間を戦闘音が染め上げていく。

 実力が拮抗していることもあり少しのミスも許されない中、何十と打ち合うことで神経が徐々に研ぎ澄まされていくのを感じるよ。

 

「ははっ……楽しいなぁ!」


 思わず笑みがこぼれ、動く速度こそ変わらないものの剣を振るう腕に無意識に力が入る。

 そのせいかわからないけどゴブリンの一撃を弾いた際に腕が大きく跳ね上がるほど強く押しだせ、胴体をがら空きにすることができた。

 返す刃で一刀両断できれば格好もつくんだろうけど、僕の膂力では不可能なので素直に肩をいれタックル。

 ゴブリンが尻餅をついたところで顎を蹴り上げ、倒れたすきに片手剣を心臓部へ突き刺した。


「ゴブリン相手に必死すぎてちょーうけるわwww」


 狭山教員のツボにも刺さったようで、再びヒーヒー言いながら地面を笑い転げている。

 うんうん、彼も楽しんでくれているようで何より。


 それからも20〜30分置きくらいに1体のペースでゴブリンと戦闘を重ね、狭山教員の定時である16時前になるとダンジョンを脱出。

 来る日も来る日もそのルーティーンを繰り返していった。

 

 最初こそ笑い転げていた狭山教員も同じことが続くと興味が失せたようで、5日を過ぎる頃には僕が何をしていても漫画から視線を移すことも反応することもなくなったのは言うまでもない。


 僕の方は同じことの繰り返しではあるけど、少しずつ、本当に少しずつだけど剣を握る手に確かな手応えを感じられるようになってきた。

 つい最近剣を握り始めたばかりのド素人が何を言ってるんだって感じだけど、剣を振るう時の力み方1つとっても全然感覚が違うんだよ。


 正解がわからないから我流だけど、最近はひたすら自分でこれだ! と思えた感覚をいつでも再現できるように意識しながらゴブリンとの戦闘を行なっている。

 これがまたべらぼうに難しいんだけど、徐々に身についてる感覚もあってたまらないんだ。


「チッ、ゴブリン1体倒すのにどんだけ時間かけてんだよ」


 何かが気に障ったらしく、久しぶりに狭山教員が僕へ視線を向けながら悪態をつく。


「僕にとってはこの上ない好敵手ですからね。学ぶことが多くて」


「さすが無能、言うことが違うねぇ。言うに事欠いてゴブリンが好敵手とか、ほんとさっさと引退した方が良いんじゃね??」


 ケッとつまらなそうに吐き捨てると、漫画に視線を落としもう話しかけんなオーラを出す狭山教員。

 自分から話しかけてきたくせになんて言おうものなら何をされるかわかったものじゃないので、彼の希望通り無視しておこう。


 今日も今日とてただひたすらにゴブリンと戦い続け、チャンバラを剣術に昇華させるべく試行と研鑽を繰り返すことしばらく。

 ピロリンと電子機器の通知音のような音が脳内に鳴り響き、レベルが上がったことを知らせてくれた。

 

 毎日10体以上討伐してるから、多分通算で150体以上は討伐してると思うんだけど。

 そんだけ倒してようやくレベルアップって、めちゃくちゃ効率悪くない……?

 レベルは上がれば上がるほど次までの経験値が増えるのは有名な話だから、果たして僕の次のレベルアップはどれだけ先なんだろうか。


 まぁ考えてても仕方ないから置いておこう。

 幸いレベルアップのお陰かゴブリンとの筋力差が少し縮んだので、1体当たりの討伐時間が数分早くなったし。

 相変わらず負けてるって事は、多分ステータスはそう変わってないって事なんだろうけど。

 無い物ねだりしても仕方ないので、できる事が増えたことを喜ぼう。


 それからしばらくレベルアップによる恩恵で何ができるようになったのかを検証してみた結果、ゴブリンに手傷を負わせなくても飛びかかり攻撃なら小盾で弾けるようになっていた。

 他にも剣を振るうことで手首などの比較的柔らかい関節部なら何回かに一回は切り落とせるようになっていたり、全力で駆ければ速度だけならゴブリンに勝てるようになったり。


 おそらくだけどみんなは僕よりレベルアップ時のステータス上昇値が高いはずなんだけど、僕ですらこれだけ変化して戸惑うのにどうやって適応してるんだろうか?

 今度誰かに聞いてみよ――うん、そんなこと話せる人いなかったわ。


 少しだけ寂しくなった僕は、雑念を振り払うようにひたすらゴブリンと死闘を演じるのだった―――。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る