第4話


 鬼軍曹よろしく突如として始まった地獄のゴブリンマーチから無事生還できた翌日。

 現在クラスに全員が集まって今日のスケジュールを聞いているところなんだけど。


 なんで僕、こんなに注目集めてんの……?


 百歩譲って生徒たちからヒソヒソ言われるのはわかるよ。

 あいつ無能だけど氷緒さんたちに守られて無事生還したんだね、とか。

 昨日ステータスオール1だってことがばらされたのに今日も平然と登校してきてるとかどんな神経してるんだろうね、とか。


 いや、別にそんな会話が聞こえた訳じゃないんだけどさ。

 ほら、なんとなく雰囲気から察することができるじゃん?


 でもなんで指導員の人たちまで僕を見ながらヒソヒソと会話してるの?

 水鏡さんも混ざってるから悪口じゃないと思うんだけど、昨日生意気なこと言っちゃったからアンチになっちゃったのかな??

 いやでも僕と目があうと無表情のままサムズアップしてくれるんだよなぁ???


 うん、考えるのやーめよっと。


「――ということだ。では各自、今日も励むように」


 気づいたら氷緒さんの話が終わってた。まったく聞いてませんでしたとか言ったら怒られるかな。

 どうしたもんかと悩んでいると、突如として座っていた椅子が蹴り飛ばされて尻もちをついてしまう。


「おい無能、いい気になってんじゃねぇぞ! 初日をあの二人のお陰で乗り切れたからって、テメェが強くなった訳じゃねぇんだ!!」


 僕が上の空だったことが癪に障ったようで、激しく怒る桧山くん。


「確かに人の話を聞いていないのは悪いが、だからといって今の暴挙が許される訳ではないぞ?」


 まさか咎められるとは思っていなかったといった様子で、苦言を呈した氷緒さんと僕の間を何度も視線を泳がせた。

 いや、なんで味方してもらえると思ったの? この二人は今までいた取り巻きと違って、ちゃんと自分で考えて行動できる常識的な人たちだよ??


「チッ、指導員がひいきとかしていいのかよっ! 悪いのはこいつであって俺じゃねぇだろ?!」


「……? 君は何を言っているんだ?

 ひいきも何も、仮に不真面目な態度を注意する必要があったとしてもそれは君の役目じゃない。

 勝手にしゃしゃり出て来て目に余る行動を起こせば、咎められこそすれ認められる訳なんかないだろう?」


 本気でドン引きしている様子で、優しく諭すように語りかける氷緒さん。

 反論しようと口を開こうとした桧山くんは、教室中から視線を集めていることを自覚できたのか僕をキッと恨めしいと言わんばかりに睨みつけて出ていった。


「……大丈夫? ずいぶんと嫌われてるみたいだね」


「……ありがとうございます」


 立ち上がることを忘れていた僕に手を差し出し、引き上げてくれる水鏡さん。

 うーん、嫌われてるのは間違いないと思うけど。

 彼にとって僕は、いわゆる生理的嫌悪の対象かなんかなのかな?

 これといって接点もなかったし、あそこまで敵対視される謂れが思い当たらないんだよねー。


「彼は過剰に反応しすぎだが、君も話を聞かんのは感心しないな。何に気を取られていたんだ?

 ま、まさか昨日のダンジョンのせいで……?」


 思い当たるフシがあったのか、若干狼狽え始める氷緒さん。

 反省しているようでなにより。


「いえ、それは全然大丈夫なんですけど。

 今日は指導員の方々もなぜか僕にばかり視線を向けてくるので、気づかないうちに何かしでかしたかな、と」


「大丈夫なのか……。それはそれで……いや、それは後で良いな。

 確かにやたら視線を集めていたようだが、月涙が何かしたのか?」


 氷緒さんが問いかけるように指導員の二人に視線を向けると、目を見合わせた二人がジト目を氷緒さんに向け直す。


「いや、あれだけ氷緒さんが褒めまくってれば気にもなっちゃいますよ。

 なので、実は桧山の言っていたステータスオール1ってのは口から出まかせだったのかなって水鏡に確認してたんです」


 暗にあなたのせいでしょうがと言ったのは、確か桧山くんが所属しているグループの指導員を務めている男性冒険者だ。

 名前は確か、上条 樹かみじょう いつきさん。

 茶色い長髪を全て後ろに流してゴムでまとめている、糸目の狐顔をしたお兄さんである。


「氷緒さん、いったいどんな話したんですか……?」


 恐る恐る問いかけてみると、氷緒さんはなぜか爽やかな笑顔を浮かべながら語りだした。


「君の戦闘に関するセンスは確実に同年代の子らより頭1つ抜けている、とな。私たちがアドバイスしていたとはいえ、普通は初日からゴブリン2体を同時に相手して倒せるやつなんかいないんだぞ?」


「……同感。楽しくて昨日ははしゃぎすぎた」


「うむ。それに敵へ向かう姿勢が素晴らしいんだよ。

 ちゃんと敵を恐れているが怯むことはなく、死が常に隣り合わせにあることを忘れないのに身が竦むことはない。

 あれだけ容易にゴブリンが倒せるようになると、だいたい慢心して忘れてしまうんだがな」


「……ダンジョンに絶対はない。その心持ちは無くしちゃダメ」


「へぇ……。月涙はぼくたちが考えているよりも大物になるのかな?」


 二人の言葉を聞いて、どこか嬉しそうに、それでいてどこか影のある視線を向けてくる上条さん。

 うっすらと開いた瞳がこちらを見据えてて、なんていうかちょっと怖い。


「かいかぶりすぎですよ。どこまでいっても僕はオール1、仮にセンスがあったとしても宝の持ち腐れです」


「うーむ……」


 僕の言葉が真に的を射ていることを理解してるのだろう。

 氷緒さんと水鏡さんが苦虫を噛み潰したような顔をして、押し黙る。


「ま、僕は別に冒険者として大成しようとか考えてないんでいいんですよ。ほどほどに稼げて、それなりに生活できて、好きなように生きられればそれで十分なんで」


「あはは、なんだか考え方がストレスに押しつぶされた中間管理職みたいだね……。

 ダンジョンの未踏破層を攻略してやる! とか、深層冒険者になってやる! とか、こう有名人になりたいって気持ちはないのかい?」


 上条さんの苦笑いにつられて、隣の男の人や氷緒さんたちも苦笑いを浮かべた。


は英雄願望がある人たちがやればいいんですよ。僕にはそんなのないので」


 肩をすくめておどけてみせると、不満、憐憫、嘲笑といった様々な反応を含んだ視線が注がれる。

 ま、ダンジョンに1回しか潜ったことがないやつが何言ってんだって話だよね。

 でも不満そうな表情を浮かべてる氷緒さんと水鏡さんには悪いけど、僕はちゃんとを弁えてるタイプの人間だから。


「考え方は人それぞれだから、とやかくは言えないが……。少しでもダンジョンに夢をもってもらえるよう、今日も張り切っていこうか」


「……うん。もう少しは向上心を持ってもらわないと」


「えぇ……。お手柔らかにお願いします……?」


 どうやら今日も今日とてゴブリンマーチは確定らしい。

 ーーと思っていたんだけど。


 ガラリと音を立てて教室の扉が開き、高級そうなスーツに身を包んだ神経質そうな中年男性といかにもチャラチャラした見た目の男が入ってくる。


「氷緒くん、教員ご苦労」


「これは教頭先生。いかがされましたか?」


「大したことではないんですがね。

 何やら貴女が一教員としてあるまじき差別行為をしていると耳にしまして、念のため確認に来たんですよ」


「それはそれは、私の不甲斐なさ故に教頭先生にご足労いただき申し訳ありませんね。

 ですがそういった事は一切ございませんので、ご安心ください」


「おや、そうなのですか?

 ではもちろん今日は1人の生徒につきっきりにならず、全体を見てくださる。そういう事ですな?」


 教頭はにやりと不敵な笑みを浮かべ、見下すような視線を氷緒さんに向けた。


「おかしなことを仰る。私はすべきことを全うしているだけですよ。必要とあればもちろん離れますとも」


「いやいや、それを聞けて安心しましたよ。

 昨日貴女が見てあげていた生徒、確か……月涙とか言いましたかな。

 彼は何やら貴女が絶賛するほど才気に溢れた生徒のようじゃないですか。

 それほどの生徒ならば、別に貴女や水鏡くんが付き添う必要もないでしょう」


「それは――」

「ああ、みなまで言わなくても大丈夫ですよ。そう思って、必要だろうと彼を連れてきたんです」


 氷緒さんの発言を途中で遮り強引に割り込むと、後ろのチャラチャラした男の紹介を始める。


「彼は狭山と言いましてな。ランクD冒険者なので実力も問題なし、月涙という生徒のお守りとして付き添わせましょう。

 我が校としても、研修期間に死者が出るのは避けたいですし、な」


「私はともかく、現在月涙には水鏡をつけております。その彼は必要ありませんよ」


「宝の持ち腐れ、という言葉をご存知ですかな。

 水鏡くんは氷緒くんに次ぐ実力者、となれば1人きりにつかせるよりも最も優秀なパーティについてもらう方が有意義でしょう。

 限りある時間は有効に活用しないと、ね」


「……それは学園としての指示、ということですか?」


「そう受け取ってもらって構いませんよ。

 私とて何も悪意を持っていっている訳ではないんですから。

 今期は粒揃いと聞いていますからね、輝かしい未来へ羽ばたいてほしいと思う親心です。では、そのように」


 言いたい事は言い終えたと、満足そうに微笑を浮かべて教室を去っていく教頭。

 残された狭山と呼ばれたチャラ男は、ちらりと僕を一瞥してすぐに興味をなくすと女子生徒を値踏みするように眺めている。


 氷緒さんと水鏡さんは申し訳なさそうに僕へと視線を向け、悔しそうに目を背けた。

 どうやらこの決定はクラスメイトからすれば喜ばしいことだったようで、一部を除き嘲笑を浮かべている。

 こうして僕は、急遽の担当替えにより今後はチャラ男とダンジョンに潜ることになったのだった―――。

 



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