第3話
翌日。
思っていたよりも寝心地の良いベッドで快眠できた僕は、ちょっとわくわくした気持ちを抱きながら氷緒さんの話を聞いていた。
「さて、各自装備は装着できたな。では、これよりダンジョンに入ってもらう。
まずは1層で指導員に戦闘のレクチャーを行ってもらい、その後一人ずつ魔物と戦ってもらうことになるだろう。
いいか、30層ダンジョン――初級とは言え、中にいるのはこちらの命を本気で狙いに来る魔物だ。指導員の言うことは絶対に聞き、勝手な行動はとらないように。
念押ししておくが、指導員の指示に従わずに危機に陥った場合、それは自己責任だ。死にたくなければ指示に従え、以上」
彼女の言葉に、今まで余裕そうな表情をしていた生徒たちの顔に真剣味が増す。
特性を得ると一般人よりも遥かに肉体が頑丈になることもあり、慢心していた部分が冷やされたのだろう。
相手は僕らと同様に特殊な力をもった生き物だ。
自分だけが特別ではないと自覚できない人は、早々に退場させられる。
「……君はあまり緊張してないね?」
「いやだな、めちゃくちゃ緊張してますよ。僕オール1ですよ? ここにいる誰よりも死が近いんですから」
「……そう」
今日も今日とて表情から感情を読み取れない水鏡さんが、自分の武器をぽんぽんと叩く。
自分がいるから大丈夫とでも言いたいんだろうか?
あ、ちなみに装備というのは全員共通で、手には片手剣と小盾を。
身体は胸元と前腕、脛部分を覆う厚手の革鎧といった感じだよ。
冒険者として本格的に活動し始めると自分のスタイルにあった武器や防具に切り替えていくそうだけど、最初は最も基本的なスタイルでダンジョンに慣れろってことらしい。
それからまずは桧山くんがいる班がダンジョンに入っていき、続いてもう一組がダンジョンに消えていく。
おそらく人数が少ないからだろうけど、僕らが最後だ。
「よし、では我々も行くとしようか。なに、ここなら私と水鏡がいれば万が一は起きない。技術さえ身につければ、たとえステータスが低くとも後れを取ることはないさ」
そう言って、僕の肩をぽんぽんと叩く氷緒さん。
励ましてくれてるんだろうなぁと思いながら、彼女のあとに続いてダンジョンに入っていく。
ダンジョン内部はなんというか、石造りの迷路? といった様相だった。
人が横に三人は並べるであろう広さの通路が広がり、時折広間のような場所がある。
一面壁だらけだからやや閉塞感はあるものの、何が光ってるのかわからないけど一定の明るさがあるから目視に困ることもない。
「……来るよ。まずは見てて」
ふと立ち止まった水鏡さんが、通路の先にある曲がり角を見たままそう呟く。
すると視線の先から深い緑色の体表をした人型の魔物が現れた。
120cmほどの体躯にとがった耳、ボロ布を腰にまき手には刃こぼれした包丁のようなナイフ。
「ゴブリンだな。この1層ではあいつらが単独で徘徊しているから、難易度はそう高くない。
が、油断すると死ぬことには変わりないからな。水鏡の動きをよく見ておくんだぞ」
「……はい」
水鏡さんは左手に装備した小盾を前に構えたまま走り出し、飛びかかって来たゴブリンを壁に弾く。
打ち付けられて地面に落ちたゴブリンにさっと近づくと、包丁を持つ手を足で踏みつけたまま右手に持つ片手剣を何度か突き刺した。
動きがなくなると同時にゴブリンの姿は煙となって掻き消え、小指の先ほどの鈍い光を放つ石――魔石が残る。
「ゴブリンはそこまで知能が高くない。1体だけならあんな風に簡単にカウンターを決められるし、身体が軽いから君でも投げ飛ばすことができるだろう。あとは止めを刺すだけだな」
「なるほど、話で聞くだけだとめちゃくちゃ弱そうに感じますね」
「慣れないうちはそれでも死を感じることがあるだろうがな。早速次が来たようだぞ。やってみるか?」
「……そうですね」
僕の返事に頷くと、合図を出す氷緒さん。
それを受けて水鏡さんが即座に戻ってくると、無言で僕にサムズアップした。
「大丈夫だ、何かあればすぐに補助に入る。気負いしすぎず、まずはやれることをやってみるんだ」
「はい、いってきます!」
頭の中で水鏡さんの動きをイメージしつつ、それをなぞるように走り出す。
先ほどと同様にゴブリンが飛びかかって来てくれたまでは良かったが、小盾で弾こうと左手を振るも威力が足りず床に落とすだけで精いっぱいだった。
大してダメージもなかったようで、すぐさま体制を立て直して襲い来るゴブリン。
「僕よっえ~~……」
予想より遥かに悪い結果にとりあえず小盾を構えて防御態勢を取ると、背後から投擲されたであろうナイフがゴブリンの太ももに突き刺さる。
痛みで転げたところをこれ幸いと包丁を蹴り飛ばし、片手剣でざくりと心臓部目掛けて一突き。
なんとか致命傷となったようで、ゴブリンは魔石を残して消えてくれた。
無事討伐できたことに安堵を覚えてほっとしていると、背後から軽く背中を叩かれる。
「やはり筋力がネックになってしまったようだが、なかなかどうして良い動きだったじゃないか」
「そ、そうですかね……?」
「……うん、びっくり。筋力さえ上がれば、さっきの私と同じことができると思う」
「ああ、可能だろうな。
正直言ってステータスオール1と聞いて引退も勧めようかと思っていたんだが、どうやら杞憂だったらしい。
中層は今後の努力次第だが、上層だけなら問題なくやっていけるようになるよ。私が保証しよう」
「お二人にそう言ってもらえると、自信がつきますね」
まさかここまで絶賛してもらえるとは思わず、少し気恥ずかしい。
「さ、今の感覚を忘れないうちに次にいくとしよう。
冒険者はこれが飯の種だからな、稼げるようにならないとな?」
そう言って、氷緒さんは落ちていた魔石を拾い上げて僕の目の前で強調するように指で軽く揺らしてから手渡してくれた。
それからおよそ2時間ほどだろうか、僕は二人の意見を参考にしながら少しずつステータスに合う戦闘方法の模索を続けている。
二人はスローペースな僕を無能だと断じず、本気で鍛えてくれていると強く感じるよ。
あぁ、こんな僕だけど本当に良い先輩に気にかけてもらえてよかったなぁ。
……なんて思っていた頃もあったんだけどさ?
「ほらほら、どうしたッッ! それじゃさっきと同じだぞ?!
前回の反省を生かし、即座に反映させろと言っただろうッ!!」
「……それじゃダメ。君は力がないんだから、弾くんじゃなくて流さないと」
なんでか知らないけど二人がやたらと燃え上がっちゃって、今日が初日だってことを忘れてるのか覚えててこうなのか知らないけど。
ひたすらゴブリン相手に戦い続け、気づけばもう4時間になろうかというのに、このスパルタっぷり。
どう考えても初心者に対する指導じゃないと思うんだよね?
「そんなんじゃ
感覚を研ぎ澄ませて、絶えず集中力を切らすんじゃないッ!!」
「……君に剛の型は向かない。とりあえず柔の型を極めよ?」
「すとぉぉおおおおおおおおっぷ!!!!」
もうそろそろあかんだろうと、僕は目の前にいる最後のゴブリンを倒したところで大声をあげた。
というのも、この人たち途中から僕が倒し切る前に次のゴブリンを連れてくるという暴挙に出ていて、文字通り連戦を繰り返していたからね。
ひどいときなんて2体同時に相手させられたときもあったよ。
「なんだ、どうしたんだ?」
「……急に大声出したらびっくりするでしょ」
「違うよっっ!! 親切丁寧に教えてくれてたから我慢しようかと思ってたけど、これは違うよっっ!!!
そもそも今いるのは上層、しかも1層だよっ!! 下層とか夢のまた夢だよっ!!!!
言うまいと思ってたけど言わせて?!?!
今日初日、僕初心者っっっ!!!!」
「「あっ……」」
ようやく思い出してくれたのか、二人はやっちまったと言わんばかりにしばらく固まったあと目を合わせる。
お互いアイコンタクトで相手が何を言わんとせんか理解したのか、こくりと頷き合うと僕に向き直った。
「「……ガンガンいこうぜっ!!」」
「いくかぁああああああああああああっっっ!!!!!!」
僕の心からの叫びが、空しくダンジョンに響き渡るのだった―――。
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