第2話


 ダンジョンについての雑学は、まぁオーソドックスなものだった。

 それでも知らない人がいたみたいだけど。

 ざっくりまとめると、こんな感じ。


 ダンジョンが出現してから、5年近くが経過していること。

 現在わかっているだけで、ダンジョンには30層、50層、100層、それ以上という最深層が異なる複数の種類が確認されていること。

 30層までを上層、31~50層までを中層、51層~100層までを下層、101層以上を深層と呼称していること。

 諸外国の半数以上が100層ダンジョンをクリアした実績があるにも関わらず、日本では未だ74層止まりであること。

 

「知っての通り、ダンジョンでは近代兵器の類が一切役に立たない。持ち込むことはできるが、謎の力によりただの鉄の塊と化してしまう。

 引き金を引いても弾が出ない銃を持ち込むくらいなら、剣を持ち込むほうが有用だろう?

 つまり、ダンジョンを攻略していけるのは優れた冒険者の肉体のみ、ということだ。

 諸君らには今後しっかりと修練を積んでもらい、ぜひ下層を制覇できる冒険者になってもらいたいと思っている。心して励んでくれ」


 氷緒さんはそう告げると、真剣なまなざしで生徒たちに視線を送る。

 最後まで面倒見るつもりはないけど、後輩思いの良い先輩のようだ。


「互いに今日が初対面だというものがほとんどだろう。

 しばらくは共に戦うことになる、簡単に自己紹介だけしていってくれ。

 名も知らぬ相手に命は預けられまい?」


 命、というワードに緊張する一同。

 そこからは順番に名前と得意分野、ダンジョン経験の有無などを語っていく。


 中にはちらほら1層に潜ったことがあるって子がいたけど、基本はほとんど初心者に近い感じかな?

 18歳を過ぎれば法律上はダンジョンに入っても咎められることはないこともあって、身近に冒険者の知り合いがいるラッキーな人は学園に通う前から潜ったりすることもあるらしいから。


 得意分野は身体を動かすことが得意とか、武術の経験があるとかそんなんだね。

 大半の子が冒険者に向けて剣道や槍術、空手や柔術など何かしらの武術を習っているというから驚きだよ。

 僕含めて4人だけしか習ってない子がいなくて、ちょっと肩身が狭い。

 

 教室にいた全員が自己紹介を終えると、氷緒さんが口を開く。


「では、これよりパーティー編成に移ってもらう。

 といっても、今の段階では組みようがないだろう。こちらで適当に班を編成するから、しばらくはそれに従ってくれ。

 しばらくすれば、自ずと組みたい相手が出てくるだろう。

 さて、では―――」


 彼女の言葉の途中で、教室の扉がガラガラと開く。

 後から入ってきたのは、まさかの桧山くんだった。

 どうやら12人いたから向こうのクラスが13人だと思ってたら、一人いなかっただけらしい。

 というか、本当に特性が発露したんだ? 思い込みの力もバカにできないね。


「遅れてすんませんっしたー」


 まったく悪びれる様子もなく、ふざけた態度でそう告げる桧山くん。

 だが、氷緒さんを視界に捉えると突然ニヤニヤとしだした。


「初日から遅刻とは先が思いやられるな?

 今しがた全員が自己紹介を終えたところだ、君も簡単に自己紹介をしてくれ。

 他の生徒の名前などについては、あとで担当員から聞くと良い」


「へいへーい。

 桧山 猛、現在レベル3で前衛志望。

 この学園もさっさと卒業するつもりなんで、よろしくお願いしまーっす」


 へらへらと適当な挨拶だったけど、クラスメイトたちはみんな桧山くんのという部分にざわついている。

 何人かレベル2という子はいたけど、さすがに3まで上がってる子はいなかったからね。

 それだけ頻繁にダンジョンに連れて行ってくれる知り合い、つまり実力のある後ろ盾がいるぞって感じかな。


「……まぁ良い、適当に座れ。これからしばらくの間行動を共にしてもらう班編成を告げる」


 桧山の態度に思うところがあったのだろう、やや険しい表情でそう言って彼女が告げた班編成に、思わず吹き出しそうになる僕。

 なんの悪戯なのか、よりにもよって僕と桧山くんが同じ班だったのだ。

 きっと彼は納得しないと思うよ?


「えーと、梓さんって言ったっけ? 俺もこんなこと言いたくないんだけどさ、さすがに同じ班に『無能』がいるのは見過ごせないんだけどー?」


 みんなに伝わるようにだろう、無能の部分を強調しながらニヤニヤした顔で僕へと視線を向ける桧山くん。

 まさかそんな発言が出るとは思ってもいなかったのか、もしくは接点もない年下に名前で呼ばれたことが気に障ったのか。

 氷緒さんは眉をぴくりと揺らし、険しい視線で僕と桧山くんを見据える。

 僕は初対面のはずの年上の女性にそんなに慣れ慣れしくできる君にびっくりだけどね?


「無能、とはどういう意味だ? まだダンジョンに潜ってすらいない君たちに、個々の能力が把握できるはずがないんだが」


「言葉通りだけど?

 ほんっとに認めたくないことではあるんだけど、俺とこいつは同じ中学だったんだよねー。

 確かにダンジョンには潜ったことないけどさ、『特性』が発露したあとに受ける診断で初期のステータスはわかるじゃないですかぁ。

 こいつ、よりにもよってオール1ですよ? 無能以外の何ものでもないでしょ??」


 桧山くんの言葉に絶句する一同。

 個々の能力に合わせて差は出るらしいけど、それでも初期ステータスは平均的にすべての能力が3を超えてる場合がほとんどらしいからね。

 ちなみにステータスは筋力、魔力、防御力、魔防御力、敏捷力にわかれてるよ。

 ステータスに表示されない裏ステータスがあるとも言われてるけど、そちらは確認のしようがないから真偽不明でうやむやになってるんだって。


「1だと……? いや、それよりもなぜ本人にしか知らされないはずのステータスを知っているんだ?」


「当時の担任がクラスで公表してくれたからでーす」


「は……?」


 本気で理解できないといった表情を浮かべる氷緒さん。

 まぁそりゃそうだよね。普通は本人だけを呼び出して伝えるべきところを、よりにもよって部外者がいる中で個人情報を発表した先生がいるって聞かされてるんだから。

 それに対し、何を思っているのかわからないけど桧山くんはとても満足そうにニコニコしている。


「そんな訳で、足手まといをつれてダンジョンに行くなんて自殺行為は絶対いやでーす。班編成の変更を希望しまーす」


 桧山くんの言葉を受けて、教室内はざわざわしだした。

 教室の後ろで待機していた、恐らく氷緒先生の補佐? をするであろう冒険者たちも、ひそひそと話しながら僕に視線を向ける。


「……いろいろと言いたいことはあるが、もう今さらだろう。ちなみに聞くが、これで私が彼――月涙つきなを他の班に編成した場合に拒否する者は手をあげろ」


 彼女の言葉に、ちらほらと手をあげる生徒たち。

 つられるように上がる手は増えていき、やがてクラスの三分の二ほどの手があがる。


「……だろうな。仕方ない、水鏡みかがみは月涙と組んでくれ。私も基本はそこに混ざるようにする」


「はーーーっ?! それって生徒差別じゃね?!」


 何か癪に障ったのか、桧山くんが声を荒げて抗議した。

 それに呆れた様子を見せる氷緒さん。


「君の言葉が事実であるなら、月涙に付き添い一人では足りない可能性が出てくる。そもそも、この状況を意図的に作りだした君に文句を言う権利はないが?」


 少し圧の乗った鋭い瞳に、悔しそうに押し黙る桧山くん。

 あとに続こうとしていた生徒たちも同様のようで、誰一人言い返せる人はいなかった。

 気持ちは嬉しいんだけど、僕すごく悪目立ちしてない? 大丈夫??


「……よろしく」


「……よろしくお願いします?」


 そんな僕の不安をよそに、いつの間にか女性がすぐ近くに立っていた。

 セミショートの薄水色の髪にやや眠そうにも見える目元。

 160cmないくらいの身長にスレンダーな胸元、すごく可愛い見た目なのに表情がストンと抜け落ちていて面白い。

 っていうかますます桧山くんに睨まれてるんだけど、僕何もしてなくない……?


「では班を再編する。付き添い役はあと二名しかいないので、6人ずつだな。

 あぁ、あと1つ忠告しておく。

 仲良くなった者同士で自分のステータスやらを話すのはかまわないが、外部に漏らすのはご法度中の御法度だ。重々承知しておくように。いいな?」


 温度が何度か下がった? と思うくらい圧を乗せて放たれた言葉に、こくこくと何度も頷く生徒たち。

 桧山くんも自分の行いを非難されているのが理解できたのだろう、顔を真っ赤に染めて氷緒さんを睨みつけるものの不満は口に出さないようだ。

 そのヘイトが全て僕に向くような気がしてしょうがないけど。


 なんだかんだでその後はつつがなく終わった初日。

 どうやら僕以外の生徒たちは、班員と付き添いの冒険者と共に明日の打ち合わせにいくようだ。

 桧山くんは最後までおもしろくなさそうにしながら、僕を睨みつけて教室を出ていった。


「はぁ……。前途多難だなぁ」


 椅子に座ったまま天井を見て思わずそう零すと、相変わらずすぐ近くに立っている水鏡さんが僕を覗き込むように顔を寄せてくる。


「……どんまい」


「そこは普通、これからだよとか見返してやろうとか言うところじゃないんですか?」


「……事実は変えようがないし、下手な慰めはかえって傷つける」


「容赦ない……」


 表情一つ変えないまま、なぜかぐっとサムズアップする水鏡さんに苦笑いする僕。

 この人ずっと真顔のままなのに面白い人だなぁ。


「水鏡の言動に嫌な顔をしないのは珍しいな。器が大きいのか鈍感なのか、君はどっちだ?」


「鈍感の方でしょうね。面白いと思ってるくらいですから」


「ははっ、そうか。なんだか君とはうまくやっていけそうな気がしてきたよ。しばらく居心地が悪いだろうが、負けずに頑張るんだぞ」


 初めて微笑を浮かべた氷緒さんは、なぜかとても満足そうだった―――。




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