第1話


 今日も今日とていつもと変わらない日常。

 朝起きて、学校に行き、適当に好きなことをしながら夜になれば眠る。

 特に大きな変化もなければ、ゲームのようなイベントごとが起きる訳でもない。


 曲がり角で食パンを加えた美少女とぶつかり、運命的な出会いを果たすこともないし。

 偶然助けた人が実は超大金持ちで、とても気に入られた結果人生逆転なんてこともないし。

 トラックにひかれて気づけばそこは異世界、勇者として世界を救ってほしいと頼まれることもない。

 まぁ当たり前と言えば当たり前なんだけどさ。


 あまりに退屈すぎてそんなくだらないことを考えながらぽけーっとしていると、突然身体の右側に強い衝撃が走る。

 脱力していたこともあって、僕は机を巻き込みながら派手に椅子から転げ落ち、床に寝そべることになった。


「おいおい、無能なくせに何暢気に座ってんだぁ?! ぼけーっとしてる暇があれば少しでも努力をしろよっ! たとえ無駄だったとしても、なぁ??」


 ぎゃはははははとそこかしこから笑い声が響く中、へっと笑いながら僕を見下す男――桧山 猛ひやま たける

 状況から考えるに、後ろから突然蹴りをいれられた感じだろうか?

 僕は衣服についた汚れなんかを軽く払いながら立ち上がり、彼に視線を移して口を開く。


「……相変わらずな挨拶だね、桧山くん。そんなことばかりしてると、友達なくすよ?」


「残念でした、俺はお前と違って人望に溢れてるからよぉ。それに、これはこのクラス全員の気持ちを代弁してるだけだぜ? なぁ??」


 そう言って桧山くんが周囲に視線を投げかけると、ほとんどの人から『そうだそうだーっ!』と同意の声が相次いだ。

 やれやれ、何が楽しいんだか……。


「ふぅん、そうなんだ。まぁ今日が最後だし、別に良いけど」


 そう、今日はなんといっても高校の卒業式。

 ここにいる全員が僕とは違う進路に進むこともあり、毎日顔を合わせることもなくなる訳。


「チッ、『特性』が発露したからっていい気になりやがって……。テメェみてな無能じゃなくて、俺に出ればすぐに結果を出してやるのによぉ!」


 心底悔しいのだろう。

 忌々しそうにこちらを睨みつけながら、僕の胸倉をつかんで凄む。

 いやまぁ怖くないんだけどさ。


 僕はなんだかんだ言っても『特性』を発露した通称『冒険者』と呼ばれる『ダンジョン』に潜ることができる人間だ。

 半面、今目の前で文句をたれている彼、桧山くんは発露していない『一般人』。

 

 冒険者と一般人の間には様々な違いがあり、そこには絶対に超えられない壁が存在する。

 当然一般人を守るための法律なんかもある訳で、彼はそれを盾にして好き放題してるって訳だね。

 今みたいに一般人のほうから必要以上にしつこく絡んできた場合、冒険者も命さえ取らなければ反撃して良いことを理解してないみたいだけど。


「気持ちはわからないでもないけど、それ僕関係ないよね?」


 だって桧山くんが発露しないのは僕のせいじゃないじゃん?

 もちろん僕に他人の発露を妨害するような力はないしさ。


「うるせぇっ! ちょっと俺より早く発露したからって調子に乗るんじゃねぇぞ!! 一般人に毛が生えた程度の能力しかない、欠陥品がよぉッッ!!」


 どんと勢いよく僕を突き飛ばし、不機嫌そうに去っていく桧山くん。

 うーん、カルシウム不足かな?


 僕に表立ってちょっかいをかける人がいなくなったこともあってか、さっきまで同調してあざ笑っていたクラスメイトたちもとたんに僕への興味を薄れさせて各々の日常に戻っていく。

 別にここにもう用はないし、かーえろっと。


 僕に特性が発露していることが発覚したのがおよそ3年前なんだけど、まだ中学生だったこともあって特にこれといってできることはなかった。

 命の危険も伴うことから、冒険者に関連する新しくできた法律の中に特定の年齢までは探索などを一切禁じるってのがあったからさ。


 人より少しだけ身体能力に優れている、まぁその程度の差しかなかったんだけど。

 絶賛思春期真っただ中だったこともあってか、まぁ目立つめだつ。

 最初は羨望のまなざしを向けられることなんかもあったんだけど、それはすぐに妬みに変わりやがて絶好の的となった。


 人より丈夫だから多少のことでは影響が出ないこともあり、殴る蹴るは日常茶飯事。

 さすがに武器を用いてまで害そうとする人がいなかったことは幸いだけど、暴力によるストレス発散もすぐに飽きたのか1年と少しもすれば今度は精神的に責められたり。


 まぁおおよそいじめと言われて思いつきそうなことはだいたいされて来たんだけど、お陰で気配には敏感になったし受け身を取るのがうまくなったりした。

 なんだかんだでダンジョンに潜れるようになったら少しは役立ちそうだなぁとか思ってみたりみなかったり。

 実際にいってみないとわからないけどね。


 思えば3年かぁ……。

 長いような短いような、あっという間の出来事だったと言われればそんな気もする。

 なんてちょっと感傷に浸ってみたけど、ぶっちゃけどうでも良いのでさっさと家に帰ろ。


 そんなこんなで卒業式後はしばらく休みが続くのを良いことに、ダラダラと怠惰な日々を過ごすこと早2ヶ月。

 気づけばダンジョン専門校の一つ、僕がしばらく通うことになっている『桜ヶ峰おうがみね学園』の入学式がやってきた。


 ざっくりいえば、冒険者だけが通えるダンジョンについて基本的なことを学ぶところって感じかな?

 特性が発露した人たちは18歳を過ぎるとほぼ例外なくどこかしらの養成校に通うことが義務づけられていて、僕も仕方なしに入学を決めたというわけ。


 養成校はこれといって在学期間は定められていなくて、冒険者ランクがE以上になれば好きなタイミングで卒業することができる。

 国としては少しでもダンジョンの探索を進められる人材、そして有用な資源をたくさん持ち帰る人材を育てたい、って感じみたい。


 日本はほかの諸外国から大きく後れを取っているし、なんとしても追いつきたいんだろうね。

 桜ヶ峰学園はダンジョン特区と呼ばれる冒険者とその関係者のみが居住できる区画の中にあり、そのだだっ広い区画内には各種施設も取りそろえられてるっていう力の入れようだもん。

 冒険者と一般人の諍いを避けるためって狙いもあるみたいだけどね。


 そんな区画の一角にある敷地、その中心に建てられた校舎は地上5階地下3階のビルだった。

 会社って言われたほうがまだしっくりくる外観をしてるけど、ここで間違いないんだろう。

 おそらく僕と同じ新入学生と思われる同年代の子たちが中に入っていくからね。

 ここの入学条件は20歳未満だから、生徒間の年齢差はそう大きくならないようだし。

 

 なんてことを考えながら入学式の会場に到着すると、ほどなくして校長の挨拶が始まった。気づけば時間ギリギリだったみたいだ。

 校長の話? ありふれた内容だったから割愛するよ。


 その後案内された教室には、僕含めて12人の生徒が集められた。

 ちなみに今年の入学者は25人で、12人と13人で分けた2クラスだって。

 現在の全校生徒数も68人しかいないらしいんだけど、その人数でこんなでかい校舎いるの……? と思ってしまう。もちろん口には出さないけど。


 ダンジョン特区はダンジョンが出現した場所の近隣一帯を買収して突貫で作られたものだから、建物も元々あったものをリニューアルしたりして流用しているみたいだし、本当にどこかしこの会社のビルだったのかもね。


「諸君、まずは入学おめでとう。私はこれから君たちの担任――正確には指導担当となる、氷緒 梓ひお あずさだ。冒険者ランクはC、歳は20。君たちとそう変わらないが、よろしく頼む。まぁいつまでここにいるかはわからないが、辞めるまではしっかりと指導することを約束しよう。何か質問はあるか?」


 そう言って僕たちを見渡す女性――氷緒さん。

 少し水色がかった白髪をポニーテールでまとめたやや目つきの鋭い美人さんだけど、みんなの注目ポイントはそこじゃないらしい。


「20ってことは、2年くらいでCまで上り詰めたってこと?!」

「氷緒って、あの氷緒家と関係ない訳ないよね……?」

「辞めるまでってなに?!」


 様々な意見がみんなの口からこぼれるけど、誰一人あの氷のような雰囲気には触れないんだけど?

 苗字が氷緒で氷のような冷たい雰囲気を纏ってるとか、名は体を表すを地で言っててちょっと面白くない??


「いくつか疑問が出たようなので、答えておこう。諸君も知っての通り、冒険者として活動を許されるのは満18歳以上だ。よって、君たちの言葉通り私は2年ちょっとで今のランクにたどり着いた、で間違いない。

 そして察しの通り、私の実家は君たちが想像しているであろう氷緒家だよ。

 辞めるまでという言葉だが、これは言葉通りだ。私含め、今指導員としてこの学園にいる冒険者のほとんどは一時的に所属しているに過ぎないんだ。

 理由は様々だろうが、私は君たちの中に原石がいないかという思いからこの場にいる。用が済んだと思えば辞めるから、そのつもりでいてくれ。

 ほかに何か質問は?」


 淡々と語る氷緒さんに言葉を失う一同。

 まぁ確かに、彼女にだって冒険者としての活動があるだろうし。

 年だってまだ若いんだから、引退だってずいぶんと先でしょ? なんでみんなそんな驚いてるの?


「ないようなので、次に進むぞ。このあとは簡単なダンジョンについての座学を行った後、自己紹介を済ませてから班編成を行ってもらう。早速明日からダンジョンの上層に挑んでもらう予定だからな」


 彼女の言葉に、また教室はざわつくのだった―――。



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