異世界帰りの無能冒険者 ~別に英雄願望はないので、気ままにダンジョンを楽しみます~
黒雫
1章
第0話 プロローグ
白を基調とした内装に、金や銀の美しい調度品が主張しすぎず上品に並べられたとある一室。
部屋の中央に置かれたティーテーブルでは、神の造形美を連想させる妙齢の女性がティーブレイクを楽しんでいた。
否、10人に聞けば10人が女神本人であると答えるだろう容姿。
完璧に手入れがなされている極上の金糸をポニーテールでまとめ、豊かな双丘を強調するタイトな真紅のドレスを完璧に着こなしている。
絹のようにきめ細やかな陶磁の肌は思わず触れたくなるほど瑞々しく、星空の輝きを思わせる銀色の瞳は見るもの全てを虜にしそうなほど澄んでいた。
優雅な所作でカップを机に置くと、物憂げにふぅとため息をつく。
ただそれだけのことだが、ここに男がいたならば全員が全員心を奪われていただろう。
だがここに男はおらず、いるのは女性の背後に直立で控える足首まですっぽりと覆い隠すほど長いメイド服を着る眼鏡をかけた女性だけ。
彼女もまたとても整った容姿をしており、露出がほとんどないメイド服だというのにまったくスタイルの良さが隠せていない。
長く綺麗な深紫色の髪はハネ1つない姫カットで整えられ、眼鏡の奥に覗く瞳は新緑を思わせるエメラルド色に輝いている。
「わざとらしいため息をつかれてどうされたんですか? 話でも聞いてほしいんですか? なら最初からそう仰ればいいのに」
「相変わらず貴女は辛辣ねぇ……。良いじゃない、私にだってため息をつきたい時の1つや2つあっても」
「冗談がお下手ですね」
格好や立ち位置から言えば従者であろうはずのメイド服の女性は、まったく気にする様子もなく主であろうドレス姿の女性へ冷めた視線を突き刺す。
女性はその態度を気にすることもなく、手で口元を隠しながらくすくすと笑うにとどめているのでこれが彼女たちにとっての日常風景なのだろうことが窺える。
「いえ、ね。彼は今ごろどうしているのかなぁ、って考えてしまって」
そういうと、再び物憂げにふぅーと少し長くため息をつく女性。
「言葉は本物、態度は演技といったところですか。
誰も見ていないんですから、猫を被る必要などないでしょうに」
メイド服の女性は左の親指で眼鏡の端をくいっと上げつつ、やれやれといった様子でふぅとため息をつく。
「あーもう、わかったわよ!
ったく、普段から気をつけてないといざってときに地が出ちゃいそうだから頑張って意識してるってのに、ほんとひどい言いようよね!!
そんなだからあんたは可愛いくせにモテないのよ?」
先ほどまでの優雅さが一瞬で形を潜め、机に肘をついて頬杖をしながらジト目を向ける女性。
メイド服の女性は途中までの言葉はすまし顔で気にもとめていなかった様子だったが、最後の一言を聞いた瞬間額に青筋が走る。
彼女もまた西洋人形のように非常に整った顔立ちをしているだけに、眉間に皺をよせ鋭い目つきで睨む怒りの表情は一段と迫力が出ていた。
「オ、オレがモテねぇだと……? 誰のせいだと思ってんだァ……ッ?!
バカみてぇに高いふざけた理想を掲げすぎて男ができねぇからって、アタシの周りにいた男まで全部寄せ付けないようにしたのはオメェだろうがよォ!!」
ドォォンと地震が起きたかと錯覚するほどの膂力で地面を蹴り、瞳孔を開いてガンを飛ばすメイド服の女性。
彼女の怒りは凄まじいようで、怒髪天をつくを体現してみせた。
「あらあら、ようやくらしくなったじゃない?
ぶっちゃけそのメイド服は見た目だけならともかく、あんたの性格にはまったくあってないんだからやめなさいよ」
クスクスと心底楽しそうに笑うドレス姿の女性を見て、ちっと舌打ちしたメイド服の女性が空いていた椅子にどかりと座り込む。
瞬間、最初からそうであったかのようにメイド服から重鎧に格好が切り替わった。
「ったく、せっかくメイドの練習をしてたのによォ。
まぁいいや、んでなんだっけか?」
「彼が今ごろどうしているかって話よ」
「あぁ、そういやそんな話だったなァ。
あいつのことだ、どうせ好き勝手やってんだろ」
「フフ、プレゼントを気に入ってくれると良いのだけど」
まるで恋する乙女のように頬を紅潮させながら、天を仰ぎ恍惚の表情を浮かべるドレス姿の女性。
「おま……プレゼントってなんだよ?!
なんか余計なことしたんじゃねーだろうなァ?!?!」
慌てて立ち上がった鎧姿の女性は、勢いよく机に手をつくとドレス姿の女性に迫る。
だが、ドレス姿の女性は悪びれる様子もなくあっけからんと言い放つ。
「別に大したことはしてないわよ?
あーんな刺激のない世界じゃつまらないだろうと思って、ちょっとした贈り物をし・た・だ・け♡」
うふふと笑う女性を見て、呆れた様子で力無く椅子に崩れ落ちる鎧姿の女性。
「お、お前なァ……。
ったく、1人に入れ込むだけでも色々まずいのに、あげく他所様に迷惑かけるようなことしてんじゃねーよ……。
オレは知らねーかんなァ?」
言動とは裏腹に、非常に常識的なことを言う鎧姿の女性は心底疲れたような、ぐったりした表情を向けてそう告げる。
だがそれを気にする様子もなく、ドレス姿の女性はぐっと握りこぶしを作ってみせた。
「あら、大丈夫よ。
確かに勝手にやったことではあるけれど、あちらも結果的には美味しいのだから。
彼が喜び、あの娘は望みを叶える切っ掛けを得られて、世界は成長を遂げることができる。そして私も彼が喜んでくれればとっても嬉しい。
あちらではなんて言うんだったかしら……?
あぁそうそう、Win-Winってやつね。誰も損なんてしないわ」
平然と言ってのける姿に、鎧姿の女性はプレゼントの内容を聞くのがとても怖くなった。
だが、ここまで聞いてしまった以上聞かぬわけにはいくまいと腹をくくる。
「で……?
いったい何をプレゼントしたんだよ……??」
「やーねぇ、別にそこまで大それたことはしてないわよ。いくらなんでもそれくらいの常識は持ち合わせてるわ。
あちらは魔力がほぼないからね、彼にとってもいずれ支障になるかもと思ってダンジョンを作ってあげただけよ」
「あぁ、確かになァ……って、は……??
お、おま……今なんつった?!
ダンジョンを作ってあげたって言ったのか?!?!」
再び勢いよく立ち上がる鎧姿の女性。
その顔には強い焦りの色がありありと浮かんでおり、その瞳は頼むから冗談であってくれと強く願いすがるように弱々しく揺れている。
だが、その願い空しくドレス姿の女性はあっけからんと言い放った。
「ええ、そうよ?
まぁ彼の力の前じゃ遊びくらいにしかならないだろうけど、いくつか
鎧姿の女性が疲弊していることにも気づかず、胸の前で手を組んで心底嬉しそうに笑う女性。
一方事の重大さに気づいてしまった鎧姿の女性は、糸が切れた人形のように椅子に力なく崩れ落ちるとだらーんと脱力して光を失った瞳で天を仰いだ。
「あら、そんなに絶望した顔をしてどうしたの?
別にダンジョンなんて気づけば増えてるんだから、意図的に増やしても問題ないでしょう?」
不思議そうに首を傾げるドレス姿の女性。
「お前なァ……。
いいか? あっちにはもともとダンジョン因子は存在してねェんだ、元々ねェもんが気づけば増える訳ねェだろォ?!」
「あら、確かに言われてみればそうね……。
まぁでもダンジョンは有益だし、そこまで文句は言われないわよ」
なんとか気を取り直して椅子にしっかりと座り直し真面目な顔で告げた鎧姿の女性だったが、ドレス姿の女性はやはりそれでも大したことはないと思っているようであっけからんとしている。
「まァもうそこは置いておくとして、だ。
お前一番重要なこと忘れてねーか……??」
「なにがよ? もったいぶらないで早く言いなさい」
「あいつ、あっちじゃ力全然ねーじゃん……」
「……あーーーーーーーーーっっっ!!!!」
鎧姿の女性に指摘され、ようやく思い至ったドレス姿の女性。
その悲鳴にも似た叫び声は遠くまで響くも、もはや取り返しはつかないのだった―――。
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