ひと夏のfall on

coco

第1話(読み切り)

その日はなんだか体調が悪かった。だからこの世のものではない霊的なナニカを感じやすかったのかもしれない。


「…?」

早退していつもの雑木林を歩いていた私はなんだかいつもと違う雰囲気を感じた気がして足を止めた。辺りを見回すが視覚的には普段と変わらない。…否、一つだけ違いがあった。

「ここの建物こんなに綺麗だったっけ…?」

私が住んでいる地域は過疎化が進んでいて、人気のない家はだいたいが薄汚れている空き家だ。ところが目に止まった家は新築のように白かった。


もう少し近くで見ようと足を踏み出す。足元にあった小石を踏んだ、気がした。


「ぅわっっ!」

滑ったのかと思った。しかし違う。この感覚は、

 ”堕ちている”。

【えなに、なにが起きたの⁉てかなんで⁉下コンクリだったよね⁉】心の中で叫びながら、周囲を見回す。辺りは暗く、トンネルのようだがときどき鋭い光が瞬く。

【もしかして流行りの異世界転生ってやつ⁉でも私トラックに引かれそうになってないしそういう系のゲームもやってないしストレスで死にそうでもないんだけど⁉ただ小石踏んだだけだよ⁉】

何が起きているのかもよくわからないまま、ただ堕ちていた。そろそろブラジルにでも足が出るのではないか、というところで(異空間に堕ちているのだからそれはないか)、地に足(腰)が着いた。

「いったぁ…」

「ダイジョウブですかぴょん?」

「あぁ、ありがとうございま…す?」

手を差し出してくれたのは、ジャケットを羽織り、ネックストラップを下げた…兎。耳はピン、と立って鼻はヒクヒク動いてるけど、華美すぎないラフな服を着ている。まるで…

「人面うさぎ…」

「なっ!なんと失礼な‼我は単なる獣を超えた高貴なる動物なんだぴょん!それをまるでぶさいくな怪異のように呼びやって!貴様のようなフトドキモノはこうしてやるぴょん!」

「ごめんなさいごめんなさい!いたたっ!噛むのはやめて〜!」


ー数分後

「で、どこなの?ここ」

人面うさぎとの取っ組み合いを終え、服についた土埃を払いながら私は聞いた。

「えっ、知らないでココまで辿りつけたんですぴょん…⁉ここは…「ぴょんさ〜ん‼」

ん?なんか知らない兎面が走ってくるな。

「ぴょん吉!」

どうやら人面うさぎはぴょんさんと呼ばれているようで、今走ってきた兎面と知り合いのようだ。

「あのねあのね!アネゴが呼んでた!」

「アネゴが?」

「なんかぁ、シンニュウシャ?だって!せいきるーとを通らないで来た女の子がいるって!」え、それってもしかしなくても…「おまえさんじゃないぴょん?」ですよね〜…

「わ!その子、アネゴが言ってたシンニュウシャなの?それじゃあアネゴに電話しなくっちゃ!」

そういうと兎面はポケット(こいつも服を着ている)から私達の世界でも見かける手のひらサイズの電子端末を出し、緑のアイコンの連絡ツールをタップで開いて電話を掛け始めた。…兎界隈でもスマホは誰しもが持ってるんだな…てかほんとどうやって喋ってるんだろ。

「わかった、それじゃあ今から向かうね!」

私が兎面の謎を考察している間に事はまとまったらしい。それにしてもこれからどうしようか…

「それじゃあ行こ!アネゴのとこ!」

…ん?

「まってまって、私も行くの⁉」

「?そうでしょ?」

「いやいや!当たり前のように言わないでよ!」

「でもおまえさん、行くところもないし帰り方もわからないぴょん?」

「そうだけど…」

「それならアネゴが知ってるよ!はやく行こうよ!」

「え、ちょ、えぇ〜!」


ー異空間中心部

改めて見ると、この世界は凄い。深い翡翠色の山々にウユニ塩湖よりも澄んだ湖、水飴のような透明な川。すべてが絵に描いたように美しい。周囲を眺めながら歩いていると、大きな屋敷が眼前に見えてきた。

「ここがアネゴの家だよ〜!」

そう言って兎面は横開きのドアをガラガラ、と引いて中へ入っていく。

「おじゃまします…」

入ってすぐは先が見えない程長い廊下が続いている。そしてその廊下に沿う配置で、いくつもの部屋が並んでいる。兎面は長い廊下を躊躇いもせずズンズン進んでいく。どうやらお目当ての部屋は廊下の一番奥みたいだ。

「はやくきてよ!アネゴが待ってるよ!」

少し戸惑ったのち、後ろに控えていた人面うさぎに背中を押されて、私は長い廊下に足を踏み出した。


 部屋の中は暗く、厚いカーテンレースが幾重にも重なり合っていた。そこに座っていたのはまさに容姿端麗、眉目秀麗な女。少し陰った目元、流れ落ちるようなストレートの黒髪。なにも塗っていないだろうに光を反射して艶めく、ネイルチップのように整った爪。深紅の紅が差してある唇を片方だけ吊り上げて笑った女は、怪しくも美しい。

「アネゴアネゴ!俺、ちゃんとおつかいできたよ!だからね、飴!ちょーだい‼」

「あらぁ〜お疲れ様〜偉かったわねぇ、はい、飴ちゃんよ〜」

……え、お母さん?えまってめっちゃママやん。こういうのってなんていうんだっけ、ツンデレじゃなくてツンママ?あでもツンではないから…

「あら?その子が例のコ?やだ、そんなとこ立ってないで座って座って!」

「あ、は、はい」

…どうしよ。この感じだと取って食われたりはされなそうだけど…

「さぁ、いいわよ!」戸惑っていると、アネゴが座敷の奥に向かって声を掛けた。そしてその声を受け、たくさんの料理が運ばれてくる。

「え…これは…?」

「たくさん食べてね♪」

「え、でも…」

「いいのよぉ、遠慮しないで!」

…じゃあお言葉に甘えさせていただくとしよう。


ー数十分後

食事といっしょにアネゴが出してくれたドリンクは、お酒ではないがなんだかふわふわするもので、気分酒とでも言うようなものだった。

「これなぁに?」

そんなふわふわした気分で目についた綺麗な石を触ってみた。瞬間、引っ張られるような感覚。足元が抜け落ちる。目の前が真っ暗になる。

みんなの声が一瞬にして遠ざかっていく。

『またね!』

その一言が聞き取れた最後の言葉となった。







「…うさん、お嬢さん」


声がしてまぶたを開いた。

「大丈夫かい?」

目の前には老紳士が立っていた。「ぁれ、私…」なんだか頭がはっきりしない。

「道路の真ん中で倒れてたから…いくらこんな田舎でも道路はさすがに危ないよ」「あ、ありがとうございます…」

助かった…

「あっ!兎たちとアネゴは⁉」

「兎?アネゴ?はは、夢の話かな、大丈夫かい?」

そうか、こっちに戻って来られたんだ。

「あ、すみません、素敵な夢を見ていたもので…」

私は少し微笑んでそう言った。


これは、ある夏に私が異空間に堕ちたときの話。

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ひと夏のfall on coco @kokoro

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