9.真琳ちゃんと里吉くんの関係
「どうして真琳を知っているの?」
里吉くんは、心の底からふしぎそうに首をひねった。
呼び捨てしたー!
それだけで、なんでかけっこう傷ついた。
でも、負けない。
私はすっと深呼吸をしてから、コスモス畑にひとりで写真を撮りに行き、そこで真琳ちゃんと出会ったことを話した。
里吉くんは納得したようにうなずく。
「真琳らしいな」
え~……。すっごい真琳ちゃんのこと知ってます感を出してくる……。
「それであの……真琳ちゃんを見て、前に里吉くんの写真の中に似たような子がいたなって思ったんだけど。やっぱり知り合いだったんだね」
もし、真琳ちゃんがライバルでも、勝ち目がなくても、あきらめない。私は私!
「あ、あのとき見ちゃったよね。うん、あれは真琳だよ」
「やっぱり……」
ずっと気になっていたことがわかってすっきりするかと思いきや、モヤモヤはどんどん増していく。
「すごく、親しそう……だけ、ど……」
どういう関係? って聞けるほど仲良くはない。さすがに立ち入りすぎたと思って、途中で言葉が消えていく。
迷惑そうな顔をされたらつらい。嫌がられたら傷つく。関係ないだろって突き放されたら……この場で泣いてしまうかもしれない。
しんとした空気が、光悠堂を包み込む。
顔をあげられない。
「えっと、真琳は……」
「こんにちは!」
里吉くんの声がしたと同時に、光悠堂のドアが勢いよく空いた。
びっくりして出入口を見る。そこにいるのは、今話題になっている真琳ちゃんだった。考えすぎてマボロシが見えているのかと思ったけど、本物みたい。
「び、びっくりした」
ただでさえ緊張感がやばかったのに、急に真琳ちゃんが来るなんて!
「あ、やっぱり幸穂もいた。て、なんで
え、なんで真琳ちゃんが光悠堂に? なんで「やっぱり幸穂もいた」なの? どういうこと?
頭がパニックすぎてぶったおれそう!
「いらっしゃいませー」
ドアのベルを聞きつけて、悠翔くんが出てきた。
「あれ、真琳ちゃんじゃない。どうしたの?」
て、悠翔くんも真琳ちゃんと知り合いなの? なんで?
里吉くんも同じことを思っているのか、悠翔くんと真琳ちゃんの顔を交互に見ていた。
「待って待って、いったん説明してもらってもいい?」
私が言うと、悠翔くんは不思議そうに答える。
「真琳ちゃんは、前に俺が撮影したことがあるモデルさんだよ」
あ、そうなの……。
真琳ちゃんを見ると、ほほを赤らめて悠翔くんを見ていた。
「悠翔は、私を撮ったフォトグラファーの中でも良い方の部類に入る。いえ、一番良いフォトグラファーなの」
え?
「わ、うれいしな」
「悠翔だけよ。私からナチュラルな笑顔を引き出してくれるのは」
大人っぽい雰囲気のふたり。
……え? 真琳ちゃんの言っていた「彼」って悠翔くんのこと? 里吉くんじゃないの?
「えっと、里吉くんと真琳ちゃんの関係は……」
説明してもらいたくて、里吉くんの顔を見る。
「イトコだよ、悠翔さんと幸穂さんとおなじ。幸穂さんが見た真琳の写真も、練習に付き合ってもらっただけで。よく見ると、すっごいふくれっ面してるから恥ずかしくて見られたくなかったんだ」
里吉くんがカメラの液晶モニターを私に見せてくれる。たしかに、無表情の真琳ちゃんが写っている。ほほ笑んでいるように見えた気もしたけど、私の思い違いだったみたい。
「真宙の撮影じゃ、笑えない」
ふん、と真琳ちゃんはアゴをつんとあげて顔をそらした。
よかっ……た……。
椅子に座ったままでよかった。安心して体の力が抜けていく。
なんでこんなに、安心しちゃうんだろう?
「幸穂、もしかしていろいろ勘違いしてた?」
今のやりとりですべてを察したのか、真琳ちゃんはするどい目つきで私を観察する。
「な、なんのこと?」
「まぁまぁよかったじゃないゆっちゃん」
同じく、すでにいろいろ察している悠翔くんが、なぐさめるように私の肩を揉む。
「悠翔くん、セクハラ」
私は悠翔くんの手を無意識に払いのける。
払いのけられた悠翔くんはいっしゅん寂しそうな顔をしたけれど、すぐに満面の笑みになった。
そっか、私が悠翔くんを拒絶するなんて、たぶんはじめてだよね。
悠翔くんが願ったとおり、私はすこし、大人になったのかもしれない。
「えと、勘違いってどういう……」
ひとりだけよくわかっていない里吉くんは、私たち三人の顔を順番に見る。
にぶい人でよかった……。
「そうそう、私、言いたいことがあって光悠堂に来たんだった」
真琳ちゃんが話題を変えてる。そして、すぅと息を吸う。
「モデル事務所、やめてきました! 光悠堂の専属モデルにしてください!」
真琳ちゃんはめずらしく敬語で、悠翔くんに頭をさげた。
「ええっ?」
みんなの驚きの声を聞いても、真琳ちゃんは頭をさげたまま。
「待って待って、真琳ちゃん」
悠翔くんはすこし後ずさりしつつ、丁寧に答える。
「専属って……ここはただの写真館だからモデルさんは雇ってないし、マネジメントもやってないよ」
「仕事は自分で探します! 雑用でも動画出演でもなんでもします! 私、上村悠翔さんと働きたいです!」
真琳ちゃんは顔をあげ、一気にまくしたてた。
す、すごいいきおい……。私と里吉くんは思わず顔を見合わせた。
どうみても、真琳ちゃんは本気だ。
「えっと、どうしよう……」
いっぽう悠翔くんは困惑している。まさか、専属モデルになりたいなんて。
私は意地悪な気持ちで言う。
「悠翔くん、いつまでも私は手伝えないよ。人手不足になるね」
これまで私は写真館や動画のお手伝いをしてきた。それは、私が悠翔くんといっしょにいたいっていう下心があったから。
でも、もうそれもなくなっちゃった。
「そうだよね……」
この機会を逃さないと言わんばかりに、真琳ちゃんは悠翔くんに近づく。ぐいぐいと。
「人手が足りないなら、ぜひ蓮見真琳をスタッフ兼モデルとして契約してもらえませんでしょうか」
顔近づけすぎってくらい、近い。
「待って、まずは親御さんと相談しないと」
「じゃあ今度連れてきますので、お話進めましょう」
悠翔くんが、小学六年生の子に押されている。私に対してはいつも大人の余裕で接していたのに。今すごい光景を見た気分。
私は、里吉くんにこそっと話しかけた。
「真琳ちゃんて、すごいね」
「昔から、やたらと芯が強いんだ」
すこし困ったように、里吉くんはちいさく笑った。
真琳ちゃんと悠翔くんがやりあっている横で、私と里吉くんはフォトコンテストの相談を再開する。
「真琳ちゃんがモデル事務所をやめたってことは、もしかして協力してもらえるかな?」
私の言いたいことが伝わったようで、里吉くんもうなずいた。
「そうだね、お願いしやすくなったかも」
事務所に所属していると、いろいろ許可が必要って聞くもんね。
「え、私がモデルになるの?」
話が耳に入ったようで、真琳ちゃんが私たちを見た。
フォトコンテストのチラシを見せて、趣旨を説明する。
「悠翔が審査員なの。だったら出る。今は無職だからギャラもいらないし」
小学六年生から出てきた「無職」というワードにびっくりする。
「よかった。じゃあ真琳ちゃんにお願いするとして……あ、でも……私が思う青春写真を撮るなら、もうひとりいてほしいんだよね」
「幸穂さんが思う青春、あるんだね」
あれ、って顔をされる。さっきは、まだ思いつかないって言ったんだった。忘れてた!
「急に思いついた! あのね、夕焼けの道を、男の子と女の子がふたりで歩いていて。でもふたりの距離はちょっと離れている……っていうのが、今の私が思う青春かな」
「おっ、甘酸っぱいね!」
悠翔くんが、お父さんみたいな合いの手を入れてくる。
「ふぅん。男の子のモデルならいるじゃない、ここに」
真琳ちゃんが里吉くんをあごで指す。
「え、僕? 僕はそんな……」
「おねがい!」
私は両手をあわせてお願いする。もちろん男の子のモデルは必要だけど……里吉くんを写真におさめたいなって気持ちもある。
理由もなく里吉くんを撮るわけにはいかないけど、フォトコンテストを言い訳にすればどうどうと写真を撮れるかなって!
「……わかった、そのかわり、僕の写真は幸穂さんがモデルになってよ」
「え、私? 真琳ちゃんは?」
「幸穂さんがいい」
里吉くんは恥ずかしそうにしながらも、はっきりと私を指名した。
えええ、どうしよう!
私は助けを求めたくて、悠翔くんと真琳ちゃんを見た。
しかし、ふたりともほほえましく私たちを見ているだけでぜんぜん助けようとしてくれない。
しょうがない……。
「わかった。やります」
私の返事に、里吉くんは「やった!」とよろこんでくれた。
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