10.フォトコンテストへの挑戦
週末、私たちはフォトコンテストの写真撮影のために近所の大きな公園に集まった。
メンバーは私と里吉くんと真琳ちゃん。そして、レナちゃんも誘った。
ちなみに、青春といえば制服でしょ! ってことで、今日は全員制服なんだ。真琳ちゃんは私立の小学校に通っているらしく、かわいい制服を着てきてくれた。ブレザーと赤いチェックのひざ丈スカートを見て、ようやく「ほんとうに小六だったんだ」と実感した。私服だと、大人びて見えるからね。
レナちゃんと真琳ちゃんがペアになって撮影することに。レナちゃんはスマホでの撮影だよ。
「プロのモデルさんを撮れるなんてうれしいです~!」
「今は無職だけどね」
レナちゃんと真琳ちゃんは、ふたりとも物怖じしない性格だから、初対面でも昔からの友だちみたいに違和感なくおしゃべりしている。すごい、うらやましい……。
ふたりは「水飲み場で青春っぽい写真を撮ろう!」とのことで、楽しそうに運動場の方へ歩いて行った。
ということで、私と里吉くんはふたりになってしまった。
私が、ほんとうに里吉くんのモデルになるのか……。
「里吉くん、先に撮ってね。私は夕焼け空の中で真琳ちゃんと里吉くんを撮るから、最後だし」
私が撮りたい写真は、夕方にならないと撮れないからね。まずは私がモデルになって、里吉くんに撮影される。……モデルだなんて、私につとまるかな。今日のためにちょっとダイエットしたし、お母さんのお化粧品借りてスキンケアなんてしちゃったんだけど。里吉くんに恥をかかせられない!
「どういう写真を撮るの?」
「いろいろ考えて……幸穂さんに、応援してもらおうかなって」
「応援?」
「イメージとしては、野球部の応援。向こうに野球グランドがあって、ネットが張ってあるんだ。ネット越しに、幸穂さんが好きな野球部の男の子を応援している……っていうイメージ」
好きな野球部の男の子か……。もちろん野球部に好きな子はいないけど、そういう役を演じればいいんだね。
「わかった、やってみるね」
私たちは、野球グランドのほうへ移動する。
この公園は、テニスコート、野球グランド、運動場、イベントエリア、ドッグラン、遊具広場などなど、すっごく広い公園なんだ。だから、移動するだけでけっこう時間がかかる。
今日は、風もなく穏やかな秋晴れ。ぽかぽか暖かくて、こういう日を小春日和っていうんだって。
コスモスの見ごろも終わり、公園内の木々も少しずつ紅葉が始まっていた。
日曜日の公園だから、たくさんの人が行き交っていた。その中で里吉くんといっしょに制服姿で歩いているから、まわりから見たら学校帰りのデートって思われちゃうかも。
でも、私たちの距離はあいかわらず「手を伸ばせばぎりぎり届く」くらい離れているけどね。
「人物写真を撮った経験があまりないから、うまく幸穂さんを撮れなかったらごめんね」
「こちらこそ、上手にモデルできなかったらごめん。とはいえ、あんまり人物写真を撮ることってないよね」
「女子はけっこう撮ってない? 自撮りしたりとか」
「私はあんまり……。自分の顔、かわいいと思ってないし」
「そんなこと……!」
里吉くんは否定しつつ、言葉を途中で切った。
まるで私が、里吉くんに否定してほしくてわざと自虐したみたいになっちゃった。申し訳なくてはずかしくて、私は声の調子をかえて野球グランドの緑色のネットを指さした。
「あ! ここだね! ここで撮ろう!」
野球グランドでは、小学生の野球クラブが試合をしているみたい。ネットの外には保護者もたくさん見に来ていたから、写真を撮りやすそうなひとけのない場所を探す。
「ここなら、ほかの人は写りこまないね」
まず、私は緑色のネットに軽く手を触れる。
私は、野球部の好きな男の子を応援している女の子。自分に言い聞かせる。
「里吉くん、どうかな」
里吉くんは、私の横からの姿をとらえようと、私の左脇で一眼レフカメラを構えている。
「うん、すごくかわいいよ」
……あれ、なんだかすっごいストレートに褒めてくれるんだけど……?
ちらっと里吉くんを見ると、別に照れてるかんじはしない。
「もうちょっと、ネットに指をかけるかんじで」
「あ、はい」
つい敬語になってしまう。
すごい、本物のフォトグラファーみたい。
それからも、指示がどんどん湧き出てくる。
「好きな男の子が、ホームランを打ったかんじでよろこんでみて」
「元気な雰囲気でいいね」
「好きな男の子が大活躍して笑顔になるイメージで」
「そうそう、きれいだよ。幸穂さん才能ある!」
「ピンチのシーンで、心配そうに手をぎゅっとして。うん、かわいい!」
すごい。めちゃくちゃ褒めてくれる。私もどんどん気分がよくなってきて、最初にあったはずかしさが消えて積極的にポーズを作ってしまう。
モデルさんが、写真撮影されながら「かわいい!」「きれい!」って声をかけてもらうシーンを見たことがある。あれって、すごく意味のあることだったんだな。
フォトグラファーは、撮られる方の気分をあげるのも仕事みたい。
何十枚か撮影して、いちど液晶モニターで撮った写真を確認してみる。
清涼飲料水の広告みたいな、さわやかな色味で撮影されていて、自分の容姿に自信がない私でも「いいんじゃない?」って思える写真だった。
「里吉くん、すごい。プロっぽい」
「あ、ありがとう。悠翔さんの動画で、人物の顔が向いている方向に空間を作ると物語が想像しやすいって言っていたから、まねしてみた」
私が写真の中心にいるのではなく、右側に配置されていた。私の視線の先には、わざとピントがずれてぼやけた光や緑色のネットが写っている。
人物が主役の写真であっても、人物を真ん中にする必要はないんだよね。全体のバランスをみることで、一枚の写真に物語が感じられるようになる。
『写真にうつっている人が見ている先にはなにがあるのかな?』『どんな気持ちなのかな?』
写真を見た人に想像する余白を残すのがいいって、悠翔くんがよく言っている。
見てくれた人に何を伝えたいか。里吉くんは、それを理解して実践できているんだ。
すごいよ、里吉くん!
「里吉くん、悠翔くんの言ったことちゃんと守っているんだね」
「悠翔さんは僕の師匠だからね。ぜんぶ悠翔さんのおかげだよ」
さっきまでの私を撮っているときの強気なかんじから、いつもの謙虚な里吉くんに戻ったみたい?
びっくりしちゃったけど、かわいい! って言われてうれしかったな。
それからも、角度や雰囲気を変えて撮影は続いた。写真を撮っている間中、里吉くんはずっとかわいいって言い続けてくれて、私はすごくかわいい子になれたんじゃないかって錯覚できたよ。
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