6.絶世の美少女は何者?
しばらくは悠翔くんのフォトレッスンやフォトウォークもない。学校で里吉くんと話せない。たまに廊下で会っても、ちょっとあいさつする程度。
なんだか、いつもの日常に戻ってしまったみたい。もしかしたら、このまま里吉くんと仲良くなれないまま終わってしまうかもしれない。話さなくなったら、他人だもんね。
そんなのは、イヤだ。だから、もっと写真に向き合おうって思った。
下手だからやめる、じゃなくて、もっとじょうずになりたい。
里吉くんがあの美少女とどういう関係であっても、私は里吉くんのことが知りたいし、たまに話す友だち未満でもいいから関係を続けたい。
と、いうことで!
バスと電車を乗り継いで、先日とは違うコスモス畑にきた。
ここはピンクのコスモス以外に黄色いキバナコスモスもたくさん咲いていて、ピンクと黄色のグラデーションがとってもかわいい。
「がんばるぞ!」
コスモスをきれいに撮るため、私はしゃがんだり背伸びしたりいろんな体勢でシャッターを押していく。
里吉くんのコスモス、すごくきれいだった。かわいくて幻想的で。私も、あんな写真を撮りたい。
写真を見てくれた人に、コスモスのきれいさ、かわいさを知ってもらいたい。
悠翔くんのいうように、伝えたいメッセージを考えながら撮影した。
でも、なかなか思うように撮れないまま疲労ばかりたまっていく。
一眼レフカメラって、けっこう重たいんだ。
私の持っているカメラは古いもので、望遠レンズをつけると重さは八百グラムもある。短時間ならいいんだけど、ずーっと持ってると腕が痛くなっちゃう。
「よし、休憩!」
熱中しちゃうと疲れちゃうし、視野が狭くなってうまく撮れなくなっちゃうからね。
今日も休日で人が多い中、空いているベンチを見つけて腰かけた。
マイボトルに入れてきた麦茶を飲んで、ひといき。
青空がきれいで、風もなくて、絶好の写真日和。
最近、心が疲れちゃうことが続いたから、ひとりで過ごす日も大切だな。まわりは家族連れとかカップルばかりで、ちょっと居心地悪いけど!
そんな中、ほのぼのした空気を壊す声が聞こえてきた。
「オイ、生意気言うなよ!」
穏やかなコスモス畑に合わない、男の人の怒鳴り声が聞こえて私はびっくり。
おそるおそる声のした後ろを振り返ると、カメラを持った男の人が女の子を叱っているみたい……。カメラの男の人は、大きな声で注目を浴びたことは気まずそうにしていたけど、女の子に対するいらだちは隠そうとしていない。
「今日は終わりだ。プロなんだからしっかりやれよ!」
さっきよりは小さな声で、でも私には聞こえるはっきりとした強い声で言い、男の人はカメラをしまってコスモス畑から立ち去った。
怖い……。「プロ」って言われていたあの女の子は、モデルさんなのかな?
叱られた女の子をちらっと見る。私より年上の高校生かな。すっごくかわいくて、人生で会ったことのある女の子の中でも、群を抜いてかわいくて美しい。
……あれ? 見覚えがある。今でも頭から離れないあの女の子の姿がパッと浮かぶ。
もしかして、里吉くんの写真に写っていた子?
あの小さな液晶モニターのなかの美少女の姿。雰囲気が似ている。
背中まである長い髪は色素がうすいのか茶色っぽくて、前髪はぱっつんで、クールな瞳は意思が強そうで、すべてを見透かしているような……やっぱり、あの子だ。
じろじろ見ていると、女の子からもじっと見返されてしまった。やば。いそいで顔をそらす。
「ねえ、何か用?」
女の子のほうから声をかけられてしまい、私は飛び上がるほどびっくりした!
「ごめんなさい、気を悪くしたよね」
私はベンチから立ち上がり、女の子の顔を見て謝った。
「べつに。大人に怒鳴られている子どもがいたら、そりゃ見るよね」
落ち着いた声ではあるけど、怒ってはいないみたい。
「あの、だいじょうぶ?」
何がだいじょうぶなのか、私もよくわからないけどそう言うしかなかった。
傷ついてないかな。落ち込んでないかな。
私だったら、大人の男の人に怒鳴られたらすくんでしまうから。
「平気。慣れてるし」
女の子は私が座るベンチのとなりに腰かけた。
「有名じゃないから知らないと思うけど、一応モデルやってる
「……ごめんなさい、そういうの詳しくなくて……」
私はあんまりファッション関連の雑誌や動画を見ないから、本当に真琳ちゃんのことがわからなかった。
申し訳なさすぎる。
「いいよ、気にしないで。せいぜい安い子ども服の広告モデルくらいしかやってないから、知ってる方が不思議」
「そうなんだ……。あ、私は上村幸穂っていいます。中一だよ」
こんなにかわいい子でも、名のあるモデルではないってこと?
厳しい世界なんだな……。
「あ、年上なんだね。私は小六」
大人びていたから年上だと思っていたら、まさかの小学生!
「幸穂、敬語じゃなくていいよ。私もそういうの苦手だからタメで話すね」
「あ、はい」
聞き取りやすい凛とした声で言われると、つい敬語になってしまう。しかも呼び捨て。
なんか、感覚がバグる……。
「あーあ、疲れちゃったな」
はぁ、と真琳ちゃんはため息をこぼして、コスモス畑を見た。
えっと……ひとりごとじゃなくて、私に話を聞いてほしいってこと?
私は初対面な気はしないけど、真琳ちゃんからしたら初対面の相手に。
無言でいると、真琳ちゃんはふふっと大人の女性みたいな声で笑う。
「大人から叱られているところを見ると、まるで私がかわいそうな子に見えるよね。でも違うの。アイツの指示が気に入らなかったから無視したり、『へたくそだからフォトグラファーやめろ』って言ったりした結果だから。悪いのは私」
フォトグラファーと真琳ちゃんが口にしたとき、私が持っている一眼レフカメラをちらりと見た。
さっきまで、ひどい大人に怒鳴られてかわいそうって思ってたのに、全然違う状況だったみたい……。
「小六でそんなこと言えちゃうの、すごいね」
「私は頭がわるいみたい。大人に歯向かわずにニコニコしてれば、もう少し仕事も増えたんだろうけど。どうしてもできないんだよね」
私は、大人の言うことを聞いちゃうし、自分の意見もこれといってないから、真琳ちゃんみたいに意見できるのは本当にすごいと思う。でも、無視したりへたくそって言ったりするのはよくないんじゃないかな……。
「幸穂、私のこと性格の悪いモデルって思ったでしょ」
「そんなことは……」
ない、とはいえなかった。
「事実だからいいの。モデルになりたくてやってるわけじゃないから、未練もないし。もうやめよっかな」
穏やかな風が、人の背丈ほどあるコスモスをゆっくりゆらしていく。
「じゃあ、どうしてモデルに?」
話したそうだったから、聞いてみることにした。下世話だけど、興味はある。
「前にね、写真を撮ってもらったときに、すごく楽しかったから」
真琳ちゃんは、穏やかな顔で笑った。その瞬間、里吉くんの姿が頭に浮かぶ。
もしかして……。
胸がなんだかざわざわして、手にしていたカメラを見つめる。
「私、写真を撮られることが好きなんだって思ったけど、実際は彼に撮ってもらうことが楽しかったんだなって」
彼……その彼はただの二人称なのか、それとも彼氏という意味の彼なのか。どっちなの?
「彼に、撮ってもらうことが楽しい……?」
私にはわからない感情だった。というのも、里吉くんはもちろん、悠翔くんにも人を被写体とした「ポートレート」を撮ってもらったことはないから。七五三のときに悠翔くんのお父さん……つまり叔父さんに撮ってもらったけど、ぜんぜん覚えてない。撮ってもらってうれしいという感覚はなかった。
「彼が撮ってくれる私、すごくいい表情してたの。今まで、どの写真でも、鏡で見ても、したことがなかったような自然な笑顔だった」
そのときのことを思い出したのか、真琳ちゃんはとてもやわらかい笑顔を浮かべた。
さっきまでもすごくかわいかったけど、今の真琳ちゃんはそれとはくらべものにならないくらいに輝いていた。
かわいすぎて、圧倒されることがあるんだ。
「あのときは、すごく楽しかった。彼にまた撮ってもらえるように、いろいろ動いてみるつもり」
真琳ちゃんはスマホを上着のポケットにしまうと、すっと立ちあがった。
「ありがとう、聞いてくれて。すっきりした」
「あ、いえ。私でよければ……」
「なんだか、はじめて会った感じがしなくて」
「私も」
私は、写真見てたからね。
「それじゃ、私は帰るね。バイバイ」
真琳ちゃんはマイペースだなぁ。去っていく華奢な背中を見ながら、コスモス畑の真ん中でしばらく立ち上がれなかった。
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