4.気まずいドライブ

 夕方になり、フォトウォークは終わった。

 悠翔くんは常に参加者さんに囲まれていて、大変そう。引っ込み思案な里吉くんはほとんど話せなかったみたい。

 けして安くないレッスン料を払っているのに、なんだか申し訳ない。私がもっと話せるように誘導すべきだった。

 アシスタントとして悠翔くんをサポートして、参加してくれた人に満足してもらうのが私のやることなのに。申し訳なさでいっぱい。里吉くんと写真を撮ることに浮かれてしまった。

「今日はありがとうございました! お気をつけてお帰りくださいね~!」

 悠翔くんの言葉で、フォトウォークは解散となった。

 爽やかな笑顔で、悠翔くんは参加者さんに手を振って見送る。

 里吉くんも、私に小さく手を振ってほかの参加者とともに歩き始めた。ごめんね、里吉くん……。

「あ、里吉くん!」 

 悠翔くんが、里吉くんを呼び止めた。

 驚いたように振り返る里吉くんに近づく。

「せっかく参加してくれたのに、なにも話せなくてごめんなさい」

 悠翔くん、里吉くんと話せなかったことにちゃんと気付いてたんだ。

「いえっ……。人見知りな自分が悪いので」

 里吉くんは慌てたように首を振る。

「ゆっちゃんと同じ中学ってことは近所だよね。いっしょに車に乗って帰らない?」

「え……でも……」

「バスと電車だと二時間近くかかっちゃうけど、車なら小一時間だし、その間お話しようよ」

 里吉くんは、私をちらっと見た。

「そうしようよ!」

 私も、里吉くんといっしょに帰れたらうれしい。罪ほろぼしになるし!

 さっきの美少女のことは引っかかるけど。

 気にしすぎないようにする!

 気にしなければ、存在しないものと同じ!

 いったん忘れよう!

「それじゃあ……お願いします」

 里吉くんは、ぺこっと頭をさげた。

 よかった、悠翔くんのフォローのおかげで里吉くんが悠翔くんと話せる。

 3人で、悠翔くんの車に向かう。

 私は無意識に助手席に向かおうとして、悩む。どこに座るべき?

 後部座席で、里吉くんの隣は緊張するな……。

 かといっていつものように助手席に座ると、悠翔くんの彼女気取りだと里吉くんに勘違いされちゃうかも。

 ど、どうしよう……。

 悩んでいると、悠翔くんは大きなリュックに収納したカメラ機材を助手席に置いた。

「ゆっちゃん、今日は後ろね」

 意味ありげな顔で、悠翔くんは運転席に向かった。

 私と里吉くんを隣同士にさせようとしてる!

 前に好きだった人に気を遣われるの、なんかもやもやするな。

 ……ひとりで勝手に三角関係を築いてしまっているだけなんだけどね。悠翔くんも里吉くんも知らないうちに。

 家までの車中では、里吉くんと悠翔くんだけが会話していた。さっきまで人見知りをして悠翔くんに話しかけられなかったとは思えないくらい、里吉くんはすごくイキイキしていた。

 悠翔くんはときどき車を停めて、里吉くんが実際に撮った写真を見ては楽しそうに会話を続けている。

「幸穂さんの写真もよかったんですよ」

 ふいに私の名前を呼ばれ、私はぼんやりしかけた意識を取り戻した。

「あ、ありがと。悠翔くんが言っていたことをそのまま実践しただけなんだけどね」

「最初はマネでも、撮っていくうちに勝手にオリジナリティが出てくるから、まずは楽しんでくれたらいいよ」

「うん。今日すごく楽しかったから、またいろいろ撮りたいな」

 首から下げていたカメラを撫でる。じょうずじゃないって言われてから楽しめなかったカメラだけど、今日はすっごく楽しかった!

「ゆっちゃん、さいきんまたカメラに真剣に向き合ってくれてうれしいよ。だれの影響だろうね?」

 また意味ありげに言う。

「だれって、悠翔さんしかいないでしょう」

 なにを疑問に思っているんだといわんばかりに、里吉くんがいう。

「ん、そうだねぇ……」

 悠翔くんは口ごもってしまった。

 私もなんだか、気まずい。

 悠翔くんは、里吉くんが「僕のおかげ?」って勘違いしてくれたらよかったのに、って思ってそう。

 勘違いでは、ないんだけどね。今カメラが楽しいのは、里吉くんのおかげ。


   *


 今日に限って道が渋滞していなくて、あっという間に光悠堂についてしまう。

「僕、ここから歩いて帰ります。送っていただいてありがとうございました!」

 車を降りて、里吉くんは悠翔くんに深々と頭を下げた。

「いえいえ。よかったらまた参加してくださいね」

「はい!」

 里吉くんは私にも小さく手を振って、とっくに日が暮れて、夕焼けが少しだけ残る薄暗い中を歩いて帰っていった。

「悠翔くん、私と里吉くんをむりやりくっつけようとするの、やめてよね」

 里吉くんの後ろ姿を見つめながら、私は悠翔くんに文句を言った。

「なんのこと?」

 車から荷物を取り出しながら、悠翔くんはとぼけた声を出す。

「そういうことされると、かえって気まずくなるから」

「わぁ、娘に叱られるパパの気分だな」

 悠翔くんは真面目にとりあってくれない。

 子ども扱いがすぎる。

 私の好意に応えてくれなくてもかまわない。でも、ひとりの人間として取り合ってもらえていない感じがして……すごくイヤな気持ち。大人がいう「不愉快」ってこういうときに使うんだと思った。

 たしかに悠翔くんからしたら私は子どもだろうし恋愛対象じゃないんだろうけど。私と適切な距離を置くことと、人として扱わないのは別なんじゃない?

 私はため息を押し殺す。

「じゃあ、私も帰るね」

「うん、今日もありがとう!」

 いつもの爽やかな笑顔が、今日はなんだかムカついた。

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