2・学校で里吉くんとどうやって話そう?

 月曜日、緊張しながら学校に向かう。今までは風景の一部だったのに、「里吉くん」として、ひとりの人間として存在していることを意識してしまう。

 里吉くんは何組なんだろう? 会ったらどうしたらいいんだろう? なにを話そう?

 悩みつつ、里吉くんがいないかきょろきょろしながら廊下を歩く。

「幸穂ちゃーん! おはよー!」

 うしろから声をかけられると同時に、ぎゅっと抱きつかれた。

「レナちゃん、おはよー」

 同じクラスのレナちゃんは、背が小さくて大きな瞳が小動物みたいで、愛嬌もあってすっごくかわいいんだ。

 距離感がちょっと近すぎるのは困ってしまうけどね。

「幸穂ちゃんのにおい、三日ぶり!」

 私の髪に顔をうずめ、わざとらしく鼻息をたててスンスンにおいを吸い込んでいる。

 人見知りであんまり友達が多くない私にとって、なついてくれるレナちゃんは天使みたいなんだ。

「やめてよぉ。今日はちょっと暑くて汗かいちゃったし」

 コスモスが咲く秋とはいえ、たまにすっごく暑い日があるんだもん。困っちゃうよね。

「幸穂ちゃんは、汗すらもよい香りだから大丈夫!」

「え、そう……かな……」

 キラキラした目で結構すごいことをいうんだよね、レナちゃんは。

「でも……」

 レナちゃんの表情が曇る。私は慌てて身体を離した。

「やっぱりくさいよね」

「そうじゃなくってぇ……先週までとにおいが違うっていうか……」

 あごに手をあてて、レナちゃんは首をかしげる。先週までとにがおいが違う? にんにく料理とかは食べた記憶がないんだけど……。

 唸っている小さいレナちゃんの向こうに、里吉くんの姿が見えた。

 い、いた!

 この前は私服で、今日は制服姿。

 普通、制服姿を見てから私服を見ることが多いから、すっごくドキドキしてしまう。私服のときよりもブレザーの制服がおとなっぽく見えて、つい悠翔くんのスーツ姿がよぎってしまった。

 雑念を振り払うように小さく頭を振っていると、里吉くんも私に気付いてくれて軽く会釈をしてくれた。

 頭を振るところを見られてしまったけど、里吉くんが私を覚えていてくれた。それだけで、うれしかった。

 里吉くんはそのまま二組の教室に入っていった。

 隣のクラスだったんだ……。

「あ~なるほどです」

 レナちゃんの甘い声で我に返る。

「においが変わったのは、そういうことですねぇ」

 さっきまでは不思議そうな顔をしていたのに、今は納得した表情でうんうんうなずいている。

「どういうこと?」

 さっぱりわからなくて、私は聞き返すと、レナちゃんは 意地悪そうな笑みを浮かべた。

「あの男子と、なにかありましたか?」

「ちょっと、どうしてにおいでわかるの?」

「え、当たりました?」

 ただでさえきらきらした目をさらに輝かせている。なんでー? レナちゃんって警察犬なの?

「べ、別になんでもないよ!」

「幸穂ちゃぁーん、教えてよぅ」

「やだ!」

「好きな人変わったでしょぉ」

「まだそのレベルの話でもないって!」

「照れてるーかわいい!」

 もう! 里吉くんを好きって言えるほど、まだほとんどしゃべったことないのに。

 それに、悠翔くんへの思いもまだ、完全には吹っ切れていないんだから。


   *


 レナちゃんにいろいろ聞かれて、休み時間に洗いざらい話すことになってしまった。

「へぇ~そうなんですね。隣のクラスの里吉くん、ね」

 ふむふむと、声を落としてあいづちをうってくれる。

「とはいえ、人見知り同士だとなかなか発展しなそうですねぇ」

「そうなんだよね。まずは仲良くなりたいんだけど……」

「今週末、フォトウォークっていうイベントに参加するんですよねぇ?」

 レナちゃんは名探偵のように、アゴに手をあてて考え始める。

「そうだよ」

「遠足みたいだし、仲良くなれるチャンスじゃないですかっ!」

 レナちゃんは目をきらきらさせて、手で自分のほほを挟んでいる。

「幸穂ちゃんは基本ぼっちだし、初恋の相手も親戚だし。内にこもりすぎなんですよ。だから、里吉くんに好意を寄せるのはとてもすてきなことだと思います」

 レナちゃんは、うんうんとひとりうなずいている。

「さりげなく、すっごくバカにしてる?」

 私は、わざとらしくレナちゃんを睨んで見せた。

「そんなことはありません」

 レナちゃんもおおげさに肩をすくめて、かわいく首をかしげた。

「視野を広げるのは、人間としての成長につながりますよ」

「そうなの?」

「わたし、いろんな人と出会ってお話することで、多様性を知れて人にやさしくなれるって思ってます」

「……おとな~」

「ふふふ、レナちゃんをバカにしない方がいいですよ」

「してないよ。レナちゃんはすごくちゃんとしてる人だもん」

 レナちゃんは、小柄で甘えたしゃべり方をするけど、考えは大人だなってたびたび思う。そもそも、私がレナちゃんと仲良くなれたのも、レナちゃんのほうから積極的に声をかけてきてくれたからで……。自分からがんばったこと、あんまりないんだよね。

 いろいろ考えると、私はまだまだ子どもだな。そりゃ大人の悠翔くんには距離をおかれちゃうよね。

 自分の殻に閉じこもってないで、勇気だしてみよう。

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