待ち合わせ

中川さんと付き合ってから数日後、僕は最寄りの駅から数駅離れた駅の前で中川さんを待っていた。

今日は中川さんと付き合ってから初めてのデートの日で、僕は朝からとても緊張をしていた。


それは、いつも僕が中川さんと出かける時にはレクチャーだったり、厳しい服装のチェックをしてくれていた美春が、「お兄、大丈夫? もっと力抜いて良いんだよ?」と、心配そうな表情で声を掛けてくる程だった。


告白した時は、とにかく中川さんに自分の気持ちを伝える事に必死で、他の事を考える余裕がまったくと言って良い程なかった。


しかし、今回、中川さんとのデートのプランを決める時に、中川さんは何処の水族館が良いだろうか、夕食はどういう物が好みなのだろうか、と考えている内に、もし中川さんが満足する事が出来なかったらどうしようか、という考えが僕の頭を占めていた。


中川さんは絶対にそんな事は思わないとは分かっていたが、付き合って初めてのデートは、中川さんに心の底から楽しんでもらいたい、と思っていた僕は、それくらい自分の事を追い詰めていた。


「……新島君? 聞いている?」


今もこの服装で大丈夫だっただろうか、と考えていると、突然、肩に何かが触れた感触があった。


その感触に驚いて慌てて振り返ると、そこには心配そうな表情を浮かべた中川さんが立っていた。


「な、中川さん!? ごめん、気付かなかった」


考える事に集中し過ぎてしまって、中川さんか近付いて来た事にまったく気がつく事が出来なかった。

その事を恥ずかしく思うと、顔が赤くなっていくのを感じた。


中川さんは、そんな僕を見て何も言わずに、ジッとこちらを見詰めていた。

早速、失敗してしまった、と僕が内心慌てていると、突然、中川さんが右手を伸ばしてきて僕のおでこに優しく触れた。


「な、中川さん、どうしたの!?」


突然の中川さんの行動に僕は慌てて声を上げた。

中川さんは、そんな僕の言葉を気にする様子を見せる事もなく、左手を自分のおでこに当てると、中川さんは、「うーん」と、言って何かを考えているようだった。


やがて中川さんは、「……うん、熱は無さそうね」と、呟くと、ホッとした表情を見せた。


「私が何度も声を掛けても返事が無かったし、ようやくこちらを向いてくれたと思ったら、新島君の顔が赤くなっていたから、もしかして熱があるのかもと思って心配したわ」


中川さんは、そこまで言って、視線を僕のおでこの方に向けると慌てて手を引っ込めた。


中川さんは顔を赤く染めて、「……そ、その突然おでこを触ってしまってごめんなさい。つい、いつも美春にしているみたいにしてしまったわ……」と、恥ずかしそうに呟いた。


「な、中川さんは何も悪く無いよ。その、僕がぼーっとしていたのが悪いから」


僕は慌てながら言葉を返すと、深呼吸を一回して、気持ちを落ち着けた。


そうして、気持ちを落ち着けると、夏樹のレクチャーその一、服装を褒めるを実行しようとして、僕は中川さんの服装に視線を向けた。


中川さんの服装はいつも僕と出掛ける時に着ていた紺色のワンピースでは無く、白いワンピースだった。


白いワンピースを着た中川さんは夏の日差しに照らされて、とても綺麗だった。


「……中川さん、今日着ているその白いワンピース、とても素敵だね」


僕が褒めると、中川さんは少し気恥ずかしそうにしながら、「その、たまにはいつもと違う服を、と思っていたから、褒めてもらえて嬉しいわ」と、呟いた。


「よし、それじゃあ、そろそろ行こうか」


中川さんの嬉しそうな表情を見て、いつもの調子を取り戻すと、僕は勇気を出して中川さんと手を繋ぐ為に手を差し伸べた。


中川さんは、僕の差し出された手を見て、嬉しそうな表情を浮かべると、「ええ、そうね」と、言って僕の手を握った。


そうして、互いに視線を合わせて微笑み合うと、二人並んで目的地に向かって歩き出すのだった。

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