夏祭り
夏祭りの当日、僕は一年振りにタンスから取り出した甚平を着て、中川さんと待ち合わせ場所に決めた公園で中川さんが来るのを待っていた。
この公園は夏祭りの会場から、それ程離れていないからか、周辺には沢山の人が居た。
その中にチラホラと浴衣や甚平を着たカップルが居て、僕はそれを目にする度に、中川さんはどんな浴衣を着てくるのだろうか、と想像して、中川さんが浴衣を着て来てくれる事を願った。
そう思いながら、僕がスマートフォンで時刻を確認した時だった。
「こんばんは、新島君、待たせてしまったかしら?」
中川さんの声が聞こえてきて、僕はスマートフォンから顔を上げると、声のした方を見た。
その瞬間、僕は中川さんの姿を見て、思わず息を呑んだ。
僕の願いが通じたのか、中川さんは浴衣を着て、僕の目の前に立っていた。
中川さんは、白の生地に複数の青色の紫陽花が描かれた、とても爽やかな浴衣を着ていた。
そして、髪型は浴衣に合わせてか、下の方でお団子にしていて、一度も見たことが無い髪型に爽やかな浴衣も相まってか、僕は中川さんに似合っていて、とても清楚で可愛らしい、と思った。
丁度、夕焼けから夜空に移り変わる中、その景色の中に立っている中川さんは、とても幻想的に見えた。
「……その、どうかしら?」
浴衣姿の中川さんに見惚れて、何も言わない僕に痺れを切らしたのか、中川さんが恐る恐る声を掛けてきた。
「……その、とても似合っているよ」
僕は尚も中川さんに見惚れながらも、そう呟いた。
「ありがとう。甚平を着て来るとは思わなかったから驚いたけれど、その、新島君もとても似合っているわ」
「中川さんが浴衣を着て来ると思ったから、僕もそれに合わせて甚平を着てこようと思ったんだ」
中川さんに、自分の甚平姿を褒められて舞い上がっていた僕は、調子に乗って、そんな事を言った。
本当は夏樹のアドバイスである事は、僕の見栄の為に内緒にした。
心の中で、夏樹に謝っていると、中川さんは、「……嬉しい」と、言って、頬を赤く染めながら呟いた。
「新島君とお揃いの格好で夏祭りに行けるなんて、夢見たい」
中川さんの言葉に僕は、「僕もとても嬉しいよ」と、呟いた。
その時、夏祭りの会場の方から神輿を担ぐ人々の掛け声が聞こえてきた。
その音はまるで、僕等に早く来い、と誘っているように聞こえて、僕は夏祭りの会場の方に視線を向けた。
すると、中川さんも僕と同じ様に夏祭りの会場の方を見ている事に気が付き、中川さんと顔を見合わせると、何も面白い事も無いのに、なんだか嬉しくなって、互いに笑い合った。
僕が「そろそろ行こうか」と、声を掛けると、中川さんは、「ええ」と、言って微笑むと、二人で夏祭り会場に向かって足を踏み出した。
夏祭り会場の近くに来ると流石に人が多く、中川さんはとても歩きづらそうにしていた。
そんな中川さんを見て、気が付いたら僕の手は自然と中川さんの手を握っていた。
中川さんは、一瞬驚いた表情を浮かべたが、「……ありがとう」と、言うと嬉しそうに微笑んだ。
何も考えずに中川さんの手を握った僕は、自分の思い切った行動に今更恥ずかしくなり、「……その、逸れちゃうと大変だから」と、言葉を返す事が精一杯だった。
中川さんと手を握りながら、ゆっくり歩いて行くと、神輿を担いでいる人達の掛け声が段々と大きくなってきた。
僕と中川さんは、その声のする方へさらに歩いて行くと、やがて神輿に遭遇した。
神輿を担ぐ人達はとても力強く神輿を揺らしながらゆっくりと進んでいて、とても活気があった。
「やっぱり近くで見ると、力強くて凄い迫力ね」
「本当だね。夏祭りに来たって感じがしてきたよ」
中川さんの言葉に僕が頷きながら言葉を返すと、中川さんは僕に優しく微笑みながら、「本当、そうね」と、呟いた。
そんな事を話しながら、神輿を見送った僕達は、次に、屋台に向かって歩いていた。
やがて屋台が集まる場所に着くと、そこら中から美味しそうな音や匂いがしてきて、僕の食欲はとても刺激されて、お腹が空いてきた。
「花火まで時間があるから、何か食べようか?」
「そうね。新島君は何か食べたい物はある?」
中川さんの問い掛けに、僕はどんな物があるのかを見る為に、辺りを見回した。
屋台の数は多く、どれも美味しそうで、つい目移りしてしまう。
僕がキョロキョロしながら、中々決められないでいると、中川さんが微笑みながら口を開いた。
「食べたい物が多くて決める事が難しいなら、私と分け合って食べるのはどうかしら?」
僕はその中川さんからの提案に照れ臭くなりながらも、「ありがとう」と、言うと、早速焼きそばを購入する為に、中川さんの手を優しく引きながら屋台に向かって歩き出したのだった。
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