勉強会
「お兄と中川さんの学校はそろそろテストですよね?」
ある日の放課後、いつもの公園の砂場に四人でお城を作って遊んでいると、突然夏樹が僕と中川さんに向かって言った。
「そうだけど、よく知っていたわね」
「お兄の学校の行事は全て把握しているので!」
驚いた表情の中川さんの言葉に、さも当然とばかりに夏樹は言葉を返した。
「そ、そうなのね……」と、中川さんは若干引き気味だ。
このままだと話が進まなさそうだ、と僕は感じて口を開いた。
「それでテストがどうかしたのか?」
僕の言葉に夏樹はよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの笑顔を見せると頷いて口を開いた。
「中川さんは何か苦手な教科はありますか?」
「えっ、苦手な教科? ……数学が苦手だけど」
中川さんが言った瞬間、夏樹の表情が明るくなった。
「そうなんですか! お兄は数学が得意なんです!」
中川さんは夏樹の勢いに押され気味になりながら、「そ、そうなのね」と、答えた。
「そうしたら、お兄と勉強会はどうですか?」
それまで美春ちゃんと一緒に砂場でお城を作っていた僕は、夏樹の突然の提案に驚いた。
「夏樹、なんで急にそんな話になっているんだ?」
「それは、勿論、おもし……じゃなくて、苦手な所はお兄が教えてあげた方が中川さんの為になると思って」
中川さんに教えるのは構わないが、二人きりになると考えると恥ずかしい気持ちになり、「まぁ、それはそうだけど」と、僕は曖昧に返事をした。
「それに、中川さんはお家だと、美春ちゃんが居て集中しにくいと思うので、お兄の部屋だと勉強が捗ると思いますよ?」
「に、新島君の部屋!? ……そ、そうね、そちらの方が集中出来るかもしれないわね。私の親が家に居て、美春を見てくれている時だったら、新島君の部屋で勉強をしたいわ」
そう言って、中川さんはチラリと期待した目を僕に向けてきた。
そんな目で見られてしまっては、曖昧にして誤魔化す事も出来はしないだろう。
「……そうだね、僕も教えて貰えると嬉しいから一緒に勉強しようか?」
僕の言葉に中川さんは嬉しそうな笑顔を見せた。
僕はそんな中川さんを見て、顔が赤くなるのを感じて勉強会の時に集中が出来るのだろうかと、今から不安になるのだった。
そうして、迎えた勉強会当日、中川さんが来る事に備え、僕の部屋の大掃除が行われていた。
「お兄、ベットの下は女の人が真っ先に見る所だから、変な物は置いといたら駄目だよ?」
「大丈夫だ。僕の部屋にはそんな物は一つも無いぞ?」
夏樹の言葉に僕は胸を張って答えた。
それを聞いて夏樹は僕のスマートフォンに視線を移した。
「ああ、スマートフォンに入っているなら安心だね」
「……どこでそんな知識を仕入れて来たんだ、夏樹。僕はとても心配になるぞ」
そんなこんなで、部屋の掃除が終わり、時刻を確認すると、もうまもなく中川さんが僕の家に到着する時間だった。
「お兄、私は自分の部屋で静かにしているから、頑張ってね!」
夏樹はそう言うと自分の部屋に戻って行った。
丁度、そのタイミングでインターフォンが鳴り、僕は玄関に行き、扉を開いた。
その瞬間、僕は中川さんの服装を見て固まってしまった。
中川さんは美春ちゃんへの誕生日プレゼントを買いに行った時と同じ、紺色のワンピースを着ていた。
僕はその時と同じく、見惚れてしまい、何も言えないでいると、僕の目が紺色のワンピースを見ている事に気が付いたのか、中川さんは恥ずかしそうな表情を浮かべると口を開いた。
「……その、この前、この服を着て行った時に、新島君が、素敵だって褒めてくれたから、その、今日も着て来たの」
僕が褒めたから着て来た。
その中川さんの言葉が強烈過ぎて、僕は嬉しいやら恥ずかしいやらなんとも言えない気持ちになった。
「……きょ、今日も、その、似合っているよ」
僕が噛みながら言うと、中川さんは、「ありがとう。嬉しい」と、言って微笑んだ。
僕はそんな中川さんを見て、今日の勉強会は集中出来ないな、と思うのだった。
僕の部屋に行くと、早速勉強会が始まった。
「中川さんはどこが分からないの?」
「この問題なのだけれど」
中川さんはそう言うと、問題集を僕に見せてきた。
確認すると、それは因数分解の問題だった。
「ああ、この問題は難しいよね。えっと、まずは……」
中川さんに教えている時は、問題に集中しているからか、特に恥ずかしくなったりする事は無かった。
このままなら何とかなりそうだ、と僕が思った時だった。
「成程、よく分かったわ。新島君、ありがとう」
中川さんはそう言うと、髪を耳にかけると再び問題に取り掛かり始めた。
その仕草に僕は魅力を感じ、思わず中川さんを見つめてしまった。
僕の視線に気が付いた中川さんが顔を上げた。
今まで二人で問題集を見ていたので中川さんと至近距離で見つめ合う形になった。
中川さんの顔が間近にあり、長い睫毛や大きな瞳につい見入ってしまった。
「あ、あの、新島君?」
中川さんの戸惑う声に僕は慌てて距離を取った。
「ご、ごめん!」
僕が慌てて謝ると、中川さんは、「べ、別に大丈夫よ」と、言って黙ってしまった。
その後は二人して顔を真っ赤にして黙り込んでしまい、勉強どころの騒ぎではなくなってしまうのだった。
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