謎のレクチャー
「ねぇ、新島君、相談があるのだけど……」
「どうしたの?」
美春ちゃんが遊びたいと言っていたという理由で、中川さんと一緒に保育園に向かっている途中、中川さんが深刻そうな顔で僕に話しかけてきた。
中川さんの表情から何かとても良くない事が起こったのだろうと考え、身構えていると、中川さんがゆっくり口を開いた。
「実は来週は美春の誕生日があるのだけど、その誕生日プレゼントで悩んでいるの」
「えっ? そんな事?」
とても平和な悩みに思わず声に出てしまった。
しまった、と思ったが、もう遅かった。
中川さんの厳しい視線が僕に向いていた。
「そんな事? 美春の誕生日プレゼントがそんな事?」
「違う、違う! 中川さんがとても深刻そうな顔をしていたから、もっと大変な事だと思っていただけで、美春ちゃんの誕生日プレゼントは僕も大事だと思っているよ!」
恐ろしい顔をした中川さんが迫って来て、僕は慌てて説明をした。
「美春の誕生日プレゼント以外でこんなに深刻に悩む事なんて無いわよ!」
僕の言葉はどうやら逆効果だったらしく、中川さんはさらにヒートアップしてしまった。
「だっー! 分かったから落ち着いて!」
そう言って、なんとか中川さんを落ち着かせると、僕は中川さんに、「それで、誕生日プレゼントがどうかしたの?」と、聞いた。
「美春に欲しい物を聞いてはいるのだけど、要領を得なくて、何をプレゼントしたら良いかが分からなくなってしまったの。それで、新島君にプレゼント選びを手伝ってもらいたいの」
「良いけど、美春ちゃんの事で中川さんが分からないのなら、僕にも分からないと思うけど……」
「夏樹ちゃんにプレゼントを毎年あげているでしょ?」
「あげているよ」
「その経験を踏まえてアドバイスが欲しいの」
正直、あまり役に立てるとは思えないが、僕も美春ちゃんに誕生日プレゼントを渡したいと思ったので、頷いた。
「分かった。一緒に買いに行こう」
「ありがとう! そしたら今週の土曜日に行きましょう」
中川さんとプレゼントを買いに行く約束をし、その後、美春ちゃんと公園で遊んで、僕は帰宅した。
居間に行くと、夏樹がお菓子を食べていた。
「ただいま、夏樹」
「お兄、お帰りなさい」
「夏樹、美春ちゃんが来週誕生日なんだって」
「えっ、そうなの!?」と、言って夏樹は驚いた。
「ああ、そうなんだ。それで、今週の土曜日に中川さんと美春ちゃんへの誕生日プレゼントを買いに行く事になったんだけど、夏樹も一緒に行くか?」
僕が聞くと夏樹は、「えっ、二人で行くの?」と、驚いた表情で聞いてきた。
何故そんなに驚いているのだろうか、と思いながら、「夏樹が行かないならそうなるな」と、言葉を返すと、「もしかしたら恋が生まれて、面白い事になるかも?」と、よく分からないことを呟き始めた。
「おーい、夏樹?」と、僕が声を掛けると、夏樹は「はっ、なんでも無いよ!」と、慌てながら僕に視線を戻した。
「私は買うより、手作りの物をプレゼントしたいから、お兄は中川さんと行ってきて?」
「分かった。なんか手伝える事があったら言ってくれよ?」
「うん、ありがとう、お兄」
僕がそのまま自分の部屋に向かおうすると、夏樹が、「あっ、そうだ」と、言ったので、僕は足を止めた。
「お兄、中川さんとデー……じゃなくて、出掛ける時に何を着ていく予定?」
夏樹の言葉に僕は首を傾げた。
「服? 別にいつもの服を着て行くつもりだけど……」
「いつものって、あの、変なTシャツの事?」
僕の言葉に夏樹はあんぐりと口を開けて驚いた。
「いつも変って言うけど、僕はお洒落だと思うんだけどな……」
「とにかく、他の時には着ても良いけど、中川さんに会う日だけは絶対に着ていかないで!」
「お、おう。そんなに言うなら着ては行かないようにするけど、代わりに何を着て行けば良いのか僕には分からないよ?」
夏樹の勢いに圧倒されながら、僕はなんとか答えた。
「無地の白いTシャツがあったでしょう? あれにチノパンを履いて行けば取り敢えず大丈夫だから、絶対にそうして!」
「わ、分かった。着て行くから落ち着いてくれ」
僕が約束すると、夏樹はようやく落ち着きを取り戻してくれた。
「お兄、良い? 中川さんと会ったらすぐ服装を褒めなきゃ駄目だよ?」
「……ちょっと待ってくれ。一体何が始まったんだ?」
突然始まったレクチャーに僕は戸惑いを隠す事が出来ず、思わず夏樹に尋ねた。
「とても大事な事だから良く聞いて! 後、美春ちゃんへのプレゼントを買っても、すぐ解散せずにご飯を食べて来てね!」
「……なぜ?」
僕が首を傾げて、言葉を返すと、夏樹は呆れた表情をして口を開いた。
「とにかく今私が言った事を守らないとご飯を作らないからね」
「…‥分かった。とにかく夏樹の言われた通りにするよ」
何故そんな話になっているんだと思いながらもご飯抜きは辛いので、頷くと言葉を返した。
「よし! 土曜日は楽しんで来てね!」
そう言って、ようやく夏樹は納得してくれたのだった。
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