食事はミュージカル
「お兄、私はオムライスを作るから、部屋の掃除をよろしく!」
「了解した!」
スーパーで買った物を家に置きに行くという中川さん達と一度別れ、僕と夏樹は先に家に帰って来ていた。
夏樹は美春ちゃんリクエストのオムライスを作り、僕は掃除機を掛けていると、先程SNSのIDを交換した中川さんから、「今家を出たわ」というメッセージが入っていた。
「夏樹。中川さん達が出発したみたいだから、迎えに行ってくる」
「分かった〜 気を付けて行ってきてね」
中川さん達と公園で合流をしてから僕の家に行く事になっていたので、僕は急いで公園に向かった。
公園に着くと、中川さんと美春ちゃんが待っていた。
「あっ、優君だ!」
「お待たせ。さぁ行こうか」
二人を連れて家に戻ると、夏樹が出迎えてくれた。
「ようこそ、我が家へ! オムライス、出来てますからね」
夏樹の言葉に美春ちゃんは、「やった〜」と、飛び跳ねた。
「美春、お家に着いたらどうするんだっけ?」
美春ちゃんは、ハッとした後、片手を勢い良く上げて、「おててゴシゴシ〜」と、元気に答えた。
美春ちゃんの言葉に中川さんが頷くのを見て、僕は思わず笑みを浮かべた。
「どうしたの?」
僕の表情を見て不思議に思ったのか、中川さんが声を掛けてきた。
「いや、お姉さんしてるな、と思って」
僕が言うと中川さんは顔を赤らめ、「……指摘されると恥ずかしいわね」と、言ってそそくさと先に進んで行くのだった。
「オムライス、美味しい!」
「本当、とても美味しい」
「まぁ、これでもお兄の胃袋を掴んでいますから? そこら辺の人には負けません」
二人から褒められて、夏樹は嬉しそうだ。
「優君を掴むの? ……私も出来るよ!」
夏樹の言葉に少し考え込んだ後、美春ちゃんは突然、僕の腕を、「えいっ」と、言って掴んだ。
「うわっ、掴まれてしまった〜」
僕が大袈裟に言うと、美春ちゃんは、「掴んじゃった〜」と、楽しそうだ。
そんなやり取りをしていると、美春ちゃんのお皿に付け合わせのブロッコリーが残っている事に気が付いた。
「美春ちゃん、ブロッコリーがまだ残っているよ?」
僕が言うと、それまで笑顔だった美春ちゃんの顔が急に真顔になり、「嫌!」と、言って首を横に振った。
その様子を見て、中川さんが困った表情になると、口を開いた。
「美春はブロッコリーが苦手なのよね。無理に食べさせるつもりは無いけど、出来れば食べて欲しいとは思うのだけど……」
「そうなの? じゃあ、あれをやろうかな」
僕が言うと、夏樹が、「久々だね」と、懐かしそうに言う。
「ああ、二年振り位かな」
僕と夏樹のやり取りを見ていた中川さんが不安そうに口を開いた。
「……一体何が始まるの?」
「夏樹は昔トマトが苦手で、僕は食べて欲しくて色々試したんだ。それで、最終的に辿り着いたのが、これだったんだ」
夏樹以外の前でやるのは初めてで、かなり恥ずかしいが、苦手克服の為だ、と思い、僕は大きく息を吸い込んだ。
「ブロッコリ〜 ブロッコリ〜 とっても美味しいブロッコリ〜」
突然、僕が歌い出すと、美春ちゃんは一度、キョトンとした後、段々と表情が明るくなってきた。
僕は美春ちゃんのスプーンを手に取るとブロッコリーを掬って、美春ちゃんの口元に持っていった。
「口を開いて食べてみて〜」
僕が歌うと美春ちゃんは楽しそうに口を開いたので、僕はブロッコリーを放り込んだ。
すると、美春ちゃんは咀嚼し始めた。
「……これで食べるの?」と、中川さんは驚いている。
「お兄いわく、子どもにも驚かれる位に訳が分からない事をすれば、大抵上手く事が進むと言っていました」
「……何、その迷言」
呆れた表情で話す中川さんを横目で見ながら、僕は美春ちゃんの咀嚼が終わるのを集中して待っていた。
まだ、大事な仕上げが残っている。
美春ちゃんがブロッコリーを飲み込んだ瞬間に僕は口を開いた。
「凄い! 美春ちゃん、良く食べた!」
僕が大袈裟に褒めると美春ちゃんは驚きながらも嬉しいそうな表情を浮かべる。
「美春ちゃん、ブロッコリーを一つ食べる事が出来たから、もう一つ食べてみる?」
僕が聞くと、美春ちゃんは小さく頷き、僕から手渡されたスプーンを持ってブロッコリーを掬った。
そして、僕の方を見ると、「ブロッコリーのお歌を歌って」と、リクエストをされた。
僕は頷き、先程の歌を再び歌った。
その後、美春ちゃんが食べると大袈裟に褒めるという行為を繰り返す事で美春ちゃんはブロッコリーを全て食べる事が出来た。
「美春、凄い! 全部食べれたね!」
中川さんは美春ちゃんの頭を撫でて褒めると、僕の方を向いた。
「新島君、ありがとう! 初めは驚いたけど、美春が食べる事が出来て良かった」
「子どもは嫌な事を良く覚えているからね。その記憶を塗り替える位、衝撃的な行動を取ると大抵上手くいくよ」
「……新島君が突拍子もない行動をよく取る理由が分かった気がするわ」
「子育てにはいつも全力だからね!」
僕が親指を立てて、そう言うと中川さんは、「新島君らしいわね」と、言って笑うのだった。
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