妹パニック

「お兄、お肉が安くなっているよ!」


「おっ、いつもより多めに買っておくか?」


「うん、そうする!」


土曜日の昼間、僕は妹の夏樹と一緒にスーパーに買い出しに来ていた。

両親が共働きで家にいない事が多いので、夏樹が小さい頃は僕がご飯を作る事が多かった。

しかし、最近は夏樹が僕より料理が上手だという事が分かり、それからは夏樹が料理を担当してくれている。


「今日はお兄の好きなハンバーグにしようね」


「おおっ、それは嬉しいな」


そんな話をしながら、今日も夏樹の指示で食料をカゴに入れていると、「優くーん!」と、声が聞こえてきた。


僕が振り返ると、美春ちゃんが手を振りながらこちらに向かって駆けてきている所だった。

ここは店内で、このまま抱き付かれるとコンプライアンスに引っ掛かってしまう。

僕は急いでしゃがむと美春ちゃんを抱き留めた。


これで、この前の様な騒ぎにならずに済むと安心していると、「お兄、私の他に女の子がいたの!?」と、まさかの身内からの一言で再びコンプライアンスの危機を迎えた。


美春ちゃんを抱き留めているこの状況と夏樹の一言が合わさると、周りに非常に良くない誤解を与えてしまう可能性がある。

僕は夏樹に美春ちゃんの説明をしようとしたが、それは叶わなかった。


「……新島君、その女の子とはどういう関係なの?」


見ると中川さんが恐ろしい顔でこちらを見ていた。

僕の前後には、それぞれ別の勘違いをしている中川さんと夏樹が居て、目の前には楽しそうに、「何して遊ぶ?」と、自由な美春ちゃんがいる。

どうしたら良いか分からなくなった僕は美春ちゃんに、「追いかけっこをしようか」と、言って現実逃避をするのだった。


その後、なんとか気力を振り絞り、中川さんには夏樹が僕の妹である事、夏樹には美春ちゃんはクラスメイトである中川さんの妹である事を伝えた。


「なんだ、お兄が私を捨てて、若い女の子を妹にしたのかと思ったよ」


僕は呆れると、口を開いた。


「何を言っているんだ。幾つになっても僕の妹は夏樹だけだよ」


僕の言葉に夏樹は顔を赤らめて、「お兄、大好き!」と、言って僕に抱き付くと、それを見ていた美春ちゃんも、「私も〜!」と、言って、抱きついて来た。

僕が平和な空間に癒されていると、「……これは突っ込んだらいけないのかしら」と、遠い目をしながら中川さんが呟くのだった。


このまま店内で話し込んでいると、他のお客さんの邪魔になってしまうので、それぞれ買い物を済ませると、近くの公園に移動した。


「改めて、新島君のクラスメイトの中川詩織です。そして、妹の美春です」


中川さんの言葉に美春ちゃんは片手を上げると、「美春です、三歳です!」と、元気良く挨拶をした。


「お兄がいつもお世話になっています。妹の夏樹です」


夏樹も自己紹介をすると、美春ちゃんが、「夏樹ちゃん!」と、言って夏樹に抱き付いた。


夏樹は美春ちゃんを受け止めると、「可愛いね〜」と、頭を撫で始めた。


僕が微笑みながらその様子を見ていると、中川さんがスマートフォンを構えてひたすら写真を撮っていた。


「二人とも可愛いね」と、僕が話し掛けると、「今、集中しているから、ちょっと待っててくれる?」と、言われてしまった。


妹愛に溢れているな、と思っていると、夏樹が、「はっ!」と言って、美春ちゃんから身を引いた。


「若さでは負けているかもしれないけど、お兄の胃袋を掴んでいるのは私だから、妹の座は渡さないよ!」


勢い良く言った夏樹を見て、美春ちゃんは不思議そうな顔で、「んー?」と、首を捻った。


「夏樹、落ち着けー。妹の座はどうしたって夏樹の物だぞー」


僕が手で筒を作ると、美春ちゃんが笑いながら僕の手の形を真似して、「だぞー」と、夏樹の方を向いて言った。


僕らの後ろで、「……兄妹揃って、突拍子もない事をするのね」と、言って頭を抱えていた。



その後、夏樹と美春ちゃんは二人で追いかけっこをして遊び始めた。


僕と中川さんはベンチに座りながら二人の様子を見ていると中川さんが口を開いた。


「新島君は夏樹ちゃんととても仲が良いのね」


「まぁ、両親が共働きでほとんど家に居なかったから、一緒にいる時間が多かったというのが大きいかもしれないね」


「そうなのね。共働きだと一緒の時間が増えるわよね。私の家も同じだからよく分かるわ」


そんな話をしていると、夏樹と美春が走って戻って来た。


「美春ちゃん、とても足が速いね」


夏樹の褒め言葉に美春ちゃんは、「イェイ!」と、嬉しそうにピースをしている。


中川さんが美春ちゃんに水筒を渡して、水分補給をしているのを横目で見ていると、夏樹が小声で話し掛けてきた。


「ねぇ、お兄。そろそろお昼の時間だから、うちでお昼ご飯を食べませんか、って誘っても良い?」


僕が、「構わないよ」と、答えると、「お兄、ありがとう!」と、言うと、夏樹は中川さんと美春ちゃんの所へ向かった。


「中川さん、もし良かったら、私の家でお昼ご飯を食べて行きませんか?」


夏樹からの提案に、美春ちゃんは勢い良く、「行く!」と、答えた。


一方、中川さんは僕の方を見てきて視線で、「大丈夫?」と、尋ねている気がした。

僕は頷いて答えると、「夏樹ちゃんありがとう。ご馳走になるわ」と、中川さん微笑みながら言った。


こうして中川さん達が僕等の家に遊びに来る事に決まったのだった。

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