研究発表③(後編)

病院に着いた。彼女は急いで緊急治療室に運び込まれ、僕はただ待ってることしかできず、耳鳴りしか聞こえない廊下に座り込んでいた。しばらくして、小走りの女性がやってきた。おそらく夕奈の母親だろう。

「夕奈のお母様でしょうか」

「はい、優奈の母の優香と申します。そう言う、あなたは、夕斗さんでしょうか」

「はい、夕斗と申します。この度は、僕の不注意のせいで、、本当に申し訳ありません。」

「大丈夫です、あなたのせいではありません、優奈もそう思ってるはずです。ただ、本人も今日のことはとても楽しみにしていたので、出てきたら声をかけてあげてください」

その言葉を聞いて、少し心が落ち着いてきた。そうだ、僕には、出てきた彼女を励ますことしかできないのだから、今は彼女にだけの特別な言葉を考えるべきだ。そうして、また静寂の時が訪れた。だが、耳鳴りはもう聞こえなかった。


パタンッ

「使用中」のライトが消えた。それから間もなくして、ゆっくりと主治医が出てきた。

「すみません」

静かな廊下に鳴り響いたその言葉は、そこにいた全員の心を希望から絶望に突き落とした。

「そう、、ですか。今までありがとうございました」

そういうと、優香さんは深々と頭を下げていた。僕もつられるように頭を下げた。そのまま、僕たちはまた廊下に座り込んだ。


それからしばらくして

「たぶん、夕斗さんは、優奈から何も伝えられてないんでしょ」

「なんの話でしょうか、彼女のことに探りを入れるのはよくないと思いまして」

「そうよね、優奈も伝えるつもりはなかったと思うわ。少し、優奈のことについてお話しますね」

そう言うと、優香さんは少し間を開けて、重たい口を開いた。

「優奈はね、先天的な呼吸器疾患があったの」


彼女は、幼い頃から息をするが難しく、運動を避けてきた。けれども、それは小学校までの話で、中学・高校では、特に問題もなく生活できていた。彼女が生物と医学を志したのもその頃で、自分と同じような境遇の人に希望を与えられるようにこの道を進み始めた。それからは、彼女は今までできなかった分、様々なことに挑戦して生きてきたが、大学に入ってから、また少しずつ疾患が悪化していった。先生や家族からは、大学に行くのは諦めて、疾患をゆっくり治していくべきと話されていたが、彼女は自分の夢を諦めきれず、大学へと通い続けた。それから、大学院に入り、僕と出会った。彼女は様々なことを体験してきたが、恋愛はまだ未経験だった。そこで、彼女も恋に落ちた。そこから、彼女は僕にアプローチを仕掛けていったが、その頃には、彼女の体は限界を迎えていた。その頃の彼女は「最初で最後の恋愛になるかもしれないから後悔はしたくない」と言い続け、先生の言うことなど気にも止めていなかった。僕に誘われたディスティニーでは、自分の気持ちを伝えられる最後のチャンスだと思い、完璧な計画を立てて臨んだ。それから、僕たちは付き合うこととなったが、同時に彼女の疾患も悪化していき、余命宣告も予定より数ヶ月も早まってしまった。ここで彼女は入院をして延命治療に希望を託すか、残り少ない人生を謳歌するかで選択を迫られたが、彼女は最後まで自分らしく生きたいと考え、僕とのカラオケを計画した。歌を歌えば、呼吸器官に負担がかかるため、今まで避けてきたが、人生を謳歌すると決めた彼女には、もう関係のないことだった。そして、彼女は、今日が最後だという思いでカラオケに臨んだ。


彼女目を赤くして、今にも泣きそうになっていたが、必死に堪えて最後の言葉を口にした。

「優奈の人生に彩りを与えてくれたのは、間違いなくあなたでした。なので、お願いですから、今回のことで気が病んでしまわないようにしてください。きっと、優奈もそんなあなたの姿を望んでいません」

そういうと、彼女はすぐに振り返り、逃げていくように病室へと入っていった。僕は何も出来ず、帰ることとなった。


少し用事を済ました後、家に帰った僕は、最後の動画を撮ることにした。

「おそらく今回の動画で最後だろう。彼女は死んでしまった。それはあまりにも突然の出来事で、僕には何も出来なかった。彼女はもともと疾患を持っていたらしい。彼女の母も私のことを悪くないと言っていた。しかし、彼女のことをもっと知ろうとしなかったのは僕、生物の研究をしているのにも関わらず、彼女の異変に気づかなかったのも僕、冷静に対処できなかったのも僕、最後のトドメを刺したのも僕、全て僕のせいだ。彼女のいない世界など存在していいはずがない、生ていても意味がない。もう、命を持って償うしか方法はない、それしか僕に残された選択肢はないのだから」

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