研究発表④(研究の真意)
動画が終わった。しばらくの間、劇場内は沈黙に包まれた。人類の夢が叶うと言われて、この研究発表会に来たのに、よくわからない恋愛動画を見せられ、最後も後味が悪いとなると正直、気分が悪い。もしかして、こんな動画で、人類の夢が叶うと思っているのだろうか、この失踪期間中に加賀美博士の感情は完全に壊れてしまったとしか思えない。そんな、僕の気持ちと呼応してか、1人の男が声を上げた。
「なんださっきの動画は、お前が人類の夢が叶うって言うから来てみれば、お前の恋愛模様を見せられ、失敗し、しかも最後に命を償うとか言っていた本人は死にきれなかったって笑わせんな。お前が失踪してた間、恋愛について学び直してたんかよ」
そう言うと、男は立ち上がり、そのまま帰ろうとした。
「すみません、まだ発表会の途中ですので、席にお戻りください。それに扉も開きませんよ」
確かに、発表会中に立つのは失礼極まりない。ただ、扉を閉めるほどこの発表会は重要なのだろうか。今のところ出来の悪い恋愛映画を見せられただけだ。
「それと、この研究発表会に皆さんを招待したつもりはないのですが。ただ、あなたの言う通り、私のこれまで行ってきた研究は、恋愛についてではありません。ただ、この動画を見せないと、発表会を始まるとは出来なかったのです」
「皆様はこの動画を普通に撮って、そのまま編集をしたと思っているでしょう。そこが違うのです。実はこの動画、私の脳内記憶から再現したものになっています。なので、私の心理描写やナレーションも後から編集で付け加えたものでなく、実際に頭の中で考えていたものをそのまま表現されています。ただ、あくまで私の記憶からそのまま再現しているため、細かい場面や描写、僕が忘れてしまっていることまで再現できませんが」
この話を聞き、僕はこの話が本当なら、確かに発表会を開くには十分な研究内容だと感じたが、人類の夢を叶えるというにはすこし大袈裟過ぎではないか。まぁ、今までの技術では、到底叶うはずのない研究だったのは間違いないが。
「じゃあ、お前の研究は、脳の記憶を映像に変える研究ってわけだ。じゃあ、もう俺は帰らせてもらうぞ」
「そう焦らないでください、もちろんそれも研究の一環でしたが、本当の研究は他にあります。先程、あなたは、私に対して死にきれていないと言いましたが、それも誤認です。私はもうすでに死んでいるのです、肉体的にですけど」
どういうことか理解ができない。確かに目の前には、失踪する前から何一つも変わっていない加賀美博士の姿がある。ただ、彼の言葉は徐々に熱を帯びてきた。
「それでは、私の研究を発表しようではないか。私の研究、それは、脳をコピーして、アンドロイドに移植をする研究となっている。当時の僕は、彼女のいない世界など意味はないと、自殺の道を選んだ。ただ、研究者として何も成し遂げずに死んでしまうのは、恥じるべきことだとも思った。そこで、先ほどの動画で言った通り、僕は自分の命と引き換えに最後の実験を開始した。自分と同じ姿のアンドロイドを作るなど準備にはかなりの時間がかかったが、実験には成功した。その証拠に私はこの場にいて発表会もなんのトラブルもなく、進められている。本当に私がアンドロイドなのかこの場で証明することは難しいが、いずれ分かることだろう。これによって、人類は永遠の命・永遠の愛を手に入れることができた、人類の夢が叶ったのだ」
信じられるはずがない。脳をコピーし、人類が永続的に生き続けるなんて起こるわけがない。もし、そんなことが叶ってしまったら、たぶん、渾身の恋愛映画の反応が悪かったから、盛り上げるためにわざと言った偽りの言葉だろう。
「そんな言葉信じられるはずがないだろう。なんだよ、永遠の命って、馬鹿げてるにも程がある。もし、本当のことだったとしても再現性がなければ、失敗も同然だぞ」
「そんなに申すのなら、ご紹介いたしましょう。私の好きだった人もとい正規品第一号」
その言葉を発した瞬間舞台裏から一人の女性が出てきた。彼女は、間違いなく動画内で亡くなってしまった、小鳥遊優奈だった。
「これを見たら、流石に信じないといけないだろう。ただ、彼女の場合は戸籍上も死んでしまっているため、バレてしまっては面倒だ。だから、わざわざこんな辺境の地で研究を進めていくしかなかったのだ。彼女の脳をどうやって手にしたか気になるだろうが単純なことだ。先程も言った通り、私はこの業界では、名を馳せている、病院の先生で私のことを知らないものはいない、そして、彼女の母も私にかなりの信頼をおいてくれていたようで、優奈の脳だけは頂けないかと懇願したところ、すんなりと手渡してくれた。それじゃあ、優奈、自己紹介と最後の準備をよろしく頼む」
彼の言葉の後、彼女が話し始めたが、そこからの記憶がどうしても思い出せない。
「どうも皆様初めまして、ご紹介にありました。加賀美博士の妻の加賀美優奈というものです。それでは、最終実験のフェーズに移行しましたので・・・」
夢への研究 夕玻露 @Yuhatuyu
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