研究発表②(後編)
ディスティニーのゲート前には、構内とは比べ物にならない数の人が列になって並んでいる。そんな信じがたいような様子に呆気を取られていると、
「ディスティニーは、スタートダッシュが大事だから早く並んじゃお」
と彼女が言い、子どものように列へと走っていった。僕もついていくように列に並んだが、重大な問題に気がついた。目の前のゲート、一見は現実とディスティニーをつなげるにふさわしいメルヘンチックなものだが、きっと金属探知機であろう。今、僕が持っているのは、金属製のビデオカメラ。ディスティニーでは、ネットに動画を上げられることを防ぐため、園内やアトラクション内の撮影を徹底的に禁止している。スマホの場合は、うまく説明したら通してくれそうだが、ビデオカメラはどう説明しても通してくれることはないだろう。こんな仕掛けがあるとは知らず、対策を考えてこなかった。僕がどうしようかと頭を悩ませている間に、ゲートが目の前にやってきている。もう、動画は諦めるしかないと思っていたとき、彼女がキャストさんに話を通してくれた。
「えっ、ビデオカメラ通してもらえたの?どうやって?」
「いやー、もしかしたらいけると思ったんだけど、ほんとにいけるとは思わなかったよ」
彼女は、なんで通してくれたのかは、教えてはくれなかったが、彼女と一緒にいることを条件に園内での撮影許可を得たらしい。彼女は、かなり弁が立つのか、それとも彼女の親はここの主要株主であったりするのだろうか。真意はわからずとも彼女には感謝しなければならない。
「ほんとにありがとう、お礼をしたいからあそこのお土産屋さんで好きなものを買おう」
「いや、大したことじゃないから別にいいよ。けど、せっかくだから今日一日は夕斗って呼んでもいい?」
「そんなことでいいなら、全然いいけどほんとにそれでいいの?」
「じゃあ、私のことも優奈って読んで」
「わかった、優奈」
彼女の願いはほんとにこれでいいのかと不安を感じていたが、彼女のどこか嬉しそうな笑みを見て、安心した。
それから園内に入った僕たちは、待ち時間を見て、《オーシャン・クルーズ》に乗ることにした。オーシャン・クルーズとは、一隻の船に乗り、船長の話を聞きながら、未知の海へと航海をするアトラクションである。
「オーシャン・クルーズ、結構楽しみなんだ。知ってる?オーシャン・クルーズって船長によって話す内容が変わるんだよ」
「へぇ〜、そうなんだ。僕は初めてだから変わったところとかわからないけど、前回はどんな話しされたの?」
「えっとねー、確かこの海の奥にはクラーケンが住んでいて、ここを訪れたものは帰ってこれないとかなんとか」
「でも優奈は、帰ってきてるじゃん」
「私は、運がいいからね、けど今日は夕斗がいるから死んじゃうかもしれない」
「なんでだよ」
こんな感じで会話は、想定していたより弾んだ。不思議と彼女と話していると自然と会話が出てきて、話題に困ることがなかった。これならスマホにメモしておいた会話デッキは使うことはなさそうだ。オーシャン・クルーズに乗り終わった僕たちは、お腹が空いてしまったので、チュロスを買いに行った。彼女か言うには、ここのチュロスは絶品らしく、一本食べるだけで今日一日は活動できるそうだ。そう言われると、ハードルが上がってしまう。本当にそんなに美味しいのかと、疑いつつ、チュロスを手にした。確かにチュロスの味は絶品だった。だが、それ以上にそれを食べている彼女の方が絶景で、味はあまり思い出せない。
チュロスを食べたあと、僕たちは、次のアトラクションに向かった。次に乗るボーンテッドレジデンスは、ディスティニーでも珍しいホラー作品であり、アトラクションもお化け屋敷風になっている。その上、シーズンごとにアトラクション内の環境が変化することもあって、一度行ったことがある人でも十分楽しめる内容になっている。彼女は、一度入ったことがあるからか、僕の驚いている姿を見ようと意気揚々としているが、あえて僕はそのことを伝えず、吊り橋効果の恩恵をしっかりと受けようと思う。そのためには、僕もホラー耐性がないといけないが、この数週間でボーンテッドレジデンスの原作も読み漁ったのだ。こんなにも完璧な状況、運命がこちらに味方をしてくれている、待ち時間も彼女はこちらがどんな表情で怖がるかの話題で持ちきりだ、怖がるのはそちらとも知らずに。僕は、彼女がどんな表情で驚くのかがだんだん楽しみになってきた。そして、ふたりとも自信満々な状態で、ボーンテッドレジデンスに入っていった。
「ぎゃーーー!」
アトラクション内からは予想通り、外にも聞こえるほどの叫び声が聞こえた。
「あはは、夕斗ったら、あんなに大声で叫ぶなんて。その叫び声でビビっちゃったよ」
「いやだって、現実のお化け屋敷があそこまで怖いとは思わなかった。なんで、優奈はそんなに平気なんだ」
「なんでって、言われても夕斗の驚くところ見ようと思ったら、ずっと夕斗に意識がいっちゃって、夕斗が叫んでから、私もお化けに気づくような状態だったし」
まさか、現実のお化け屋敷があそこまで怖いとは思わなかった。流石はディスティニー、小説からは伝わりづらかったレジデンス内の様子や幽霊の容姿が鮮明としていて、怖さが倍増していた。こんな姿を見せてしまっては、吊り橋効果を失敗させてしまったどころか、彼女に恥ずかしい姿を見せてしまったではないか、なんなら今日一日恥ずかしいところしか見せていない気がする。だが、次はパレードの時間だ、ここで僕の完璧な計画を披露し、頼れる姿をアピールしていこう。
「そういえば、そろそろパレードの時間だね」
「そうだね、私ね、ディスティニーのパレード、ほんっとに大好きなの」
「あっ、、そうなんだ」
「あれ、もしかしてパレードとか苦手なタイプだった?それとも、この時間を利用して人気アトラクションを制覇していくタイプ?
夕斗にとっては初めてのディスティニーだから、夕斗の思う通りに動こうよ」
「いや、パレードは好きだし、夕奈とならどこへでもついていくよ」
「じゃー、私、いい場所知ってるから着いてきて」
そう言うと、彼女はすぐ振り返り、足早と目的地へと歩いていった。夕日と彼女が重なって、彼女の頬が赤く染まっていた。
「早く来ないと見失っちゃうよー」
「今すぐ行くよ」
彼女が連れて行ってくれた場所は、メインストリート沿いにある2階建てのレストランのテラス席だった。
「ここなら、マニアなゲストしか知らないし、そういうゲストはだいたいマナーがいいからね。ここは完璧なスポットだよ」
彼女の言葉にはかなりの自信が込もっており、可愛いドヤ顔も披露していた。だが、ここはほんとに完璧な場所だった、僕の計画が恥ずかしくなるほどに。誰にも邪魔されず、普段は見るはずのできない位置からパレードを見ることができる。それから数分後、パレードが始まった。次々に現れる乗り物の数々、周りを踊るキレッキレのダンサー達、キャラクター達のファンサービス、全てにおいて完璧だった。ただ、僕はこのパレードを見て、無邪気に喜んでいる彼女の姿をずっと見ていたかった。パレードは、閉園の30分前に終わり、ゲスト達は帰る準備をしている。僕も彼らにつられて、帰る準備をしていると、
「そういえば、夕斗はアトラクションに乗りたいんだっけ?たぶんヒューズファイヤーマウンテンでしょ」
「えっ、なんでわかったの」
「だって、ディスティニーのメインと言ったらあそこでしょ、そんな君に朗報です。今から走って向かえば、人が少ないから、ギリギリ閉園時間までに乗れる。そうと分かれば、今すぐ向かうよ」
「はっ、はい」
パレード見た後に、走ってマウンテンに向かう彼女の姿。さっきからずっと目を逸らしてきたことだったけど、やはり彼女は、僕なんかよりよっぽど頼り甲斐があり、優しい。女性が「ドキッ」とする理由がわかった気がする。ただそんなことより、今は走るべきだ。そんな矢先。
「あっ」
転んでしまった。せっかくの彼女が導いてくれた道なのに、また僕は情けない姿を見せてしまった。その間にも、後ろから同じ考えの人たちが僕たちを追い抜いてゆく。
「夕斗、大丈夫?急に走ったらついてこれないよね」
「ごめん」
「ん?」
「僕のせいで、思い通りいかなく。君の示してくれた道でさえまともについていけなくて」
「全然いいよ、また今度行けばいい話じゃん」
「そんなことない、君は優しすぎるんだ。誰がどんな失敗をしたとしても、笑って励ましている。僕はそんな君に…」
ここで、言葉に詰まった。せっかくのチャンスを僕は逃してしまった。彼女の足を引っ張り、情けない姿しか見せず、大事な場面で勇気すら出せない、そんな自分に嫌気がさしてきた。
「そんな落ち込まないでよ、私は今日、そんな夕斗といたんじゃない、誰にでも優しく、人一倍努力をしてきて、時にはものすごい勇気を発揮する夕斗といたんだよ。そんな夕斗に惚れたんだよ」
「えっ、今惚れたって」
「うん、言ったけど、、えっ、もしかして気づいてなかったの!てっきり、今回はデートのお誘いをしてくれたのかと思ったのに」
「いや、そうじゃなくて、僕も今日は君に告白するつもりでいたけど、今日一日あんなに恥ずかしい姿を見せていたのに君はまだこんな僕に失望してなかったの」
「当たり前じゃん、誰にでも恥ずかしいところはあるし、君は今日初めてのディスティニーなんでしょ、ミスなんて気にしないよ。なんなら、今日の君もいつも通り、優しい言葉を私にかけ続けてくれたじゃん、そんな言葉に惚れない女性なんていないよ。最低限、私の恋はそれで直感から確信に変わったんだから」
「ほんとに?君が優しすぎるんじゃなくて」
「うーん、どうやって証明しようか、そうだ。どうか私とお付き合いしてください!」
急な告白だった。僕は頭がパニック状態になって、何も考えることができなかった。ただ、おかしなことに口が勝手に動いていた。
「こんな僕でよければ」
《ドーンッ》
閉園を告げる大きな花火と共に、僕の戦いも終わりを告げた。
こんな展開、誰にでも読めたのかもしれない。しかし、恋は盲目。僕には一切読めなかった。今までの読んできた恋愛小説の知識はなんだったのだろうと思うほどに、この展開を読むことができなかった。
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