第33話32 聖女たちは新たな道を歩み始めます
月に一度の休館日。セレスティアは五人の聖女を大聖堂の一室へ呼び出した。今後の指針を決めるためにも、そろそろ神聖力の件をハッキリさせておきたかったからである。
(全員、快く集まってくれて良かった。今日の本題は神聖力の有無だけど・・・。もし、全員が神聖力を持っていなかった場合・・・、今後の方針はどうしようかな・・・。深刻な問題だわ・・・)
「皆さん、休日を返上させてしまい申し訳ありません。どうしても確認したいことがあり、この場を設けました。どうぞよろしくお願いします」
セレスティアは彼女たちの表情を一人一人確認しながら話し始めた。
(何となく皆さんの表情が硬い気がする。もしかして、私が何をしようとしているのか察している!?)
「今回、確認したいことは神聖力です。あなた方は神聖力をお持ちですか?以前、五人が光魔法を使えないという話を聞きましたが・・・」
「セレスティア様、私は自分が神聖力を持っているのかどうかを調べたことがありません。神聖力の有無はどのようにして判定するのですか?」
サーシャはセレスティアに尋ねる。セレスティアが他の聖女たちへ視線を向けると彼女たちも頷いた。これは全員が同じ気持ちだということだろう。
(神聖力があるかどうかが分からない!?ということは、大神殿に見習い聖女として入る際に教団側が確認していないということよね?一体、どういう基準で見習い聖女を集めていたのよ。――――ベリル教団、杜撰過ぎ・・・。まぁ、そんな事は今更な話だけど・・・。仕方ないわね、彼女たちの神聖力の有無は私が確かめよう)
「では、私があなた方に神聖力があるかどうかを確認します。サーシャさん手を貸してください」
「はい」
サーシャはセレスティアに向かって手を差し出した。その手をセレスティアは両手で柔らかく包んだ。次にセレスティアは自分の神聖力を彼女に流し込み、彼女の体内に流れている気を辿りながら確認していく。――――しかし、そこに神聖力と呼べるものは見当たらなかった。
(こ、これは本当に・・・、何も無いわね。――――神聖力が無いのかも知れないと予想はしていたけど、本当に無いとは・・・)
セレスティアは周りには気づかれないよう冷静な態度を心掛ける。だが、心の中では酷くガッカリしていた。今後、大聖堂で聖女たちの扱いをどうすべきか・・・。――――聖女に神聖力が全くないという現実を突き付けられ、目の前が真っ暗になってしまう。
「うわぁ、これが神聖力なの!?セレスティア様、お身体の周りがキラキラしていて、とてもきれいです!!」
セレスティアが落ち込んでいることを全く知らない最年少のリナは手を胸の前で組んで、セレスティアを羨望の眼差しで見詰める。
(ああ、ダメダメ。落ち込むのは後にしないとダメだわ。他の聖女たちの神聖力も確認しないと・・・。――――リナさん、そんな綺麗な瞳で見つめられたら恥ずかしいわ。それと・・・)
「――――キラキラ?」
セレスティアはボソッと呟いて、小首を傾げた。
(――――キラキラって何?光魔法を使うと白い光が出るのは知っているけど・・・)
「セレスティア様が神聖力をお使いになるとお身体の周りがフワッと輝きます。その後、キラキラと光の粒が消えていくような残像が見えました。この現象は神聖力を使ったからですか?それならば、私達(聖女)に神聖力は無いと思います。今初めて目にしましたから」
アメリアは状況を分かり易く説明してくれた。
(アメリアさんの話が本当だとすると、私が神聖力を使って治療や加護を施した時は毎回身体の周りにキラキラが出ていたということ?――――もしそうだとしたら既に信者さんは彼女たちと私の癒し方が違うということに気付いている可能性が・・・)
「アメリアさん、詳しい説明をありがとうございます。一先ず、サーシャさんには神聖力はありませんでした。しかし、それで聖女全員が神聖力を持っていないと決めつけるわけにはいきません。念のため、他の方々も確認させてください」
こう説明して、セレスティアは他の四人の身体も調べてみたのだが、誰一人として神聖力を持つ者は居なかった。
「――――残念ながら聖女の皆さんには神聖力がありませんでした。そこで皆さんに一つお聞きしたいのですが、信者さまはあなた方が神聖力を持っていないことに気づいていたと思いますか?」
仕事中、大聖女と聖女たちは別の部屋にいるため、セレスティアは細かな状況が把握出来ていない。だからこそ、今後の参考になるような話がないか彼女たちに聞いてみることにした。
「私のところへ来られる信者様は神聖力という言葉を使われたことはありませんが、大聖女様と聖女たちは別物だと思っていらっしゃる御方が多かったです。あるお客様は大聖女様と聖女では『癒しの力』が全く違うと言われていました。そして、大神官が求める『寄付の額』も全く違うと・・・」
ルーチェは『寄付の額』と『癒しの力』という言葉を強調する。セレスティアは寄付の額が違うことは把握していたのだが、癒しの力が違うという話は初めて聞いたので少し驚いた。
(癒しの力が違うとは、一体・・・)
「あなた方は信者様を癒す時はどのような方法で回復を促しているのですか?」
恐る恐るセレスティアが質問を口にすると、サーシャが口を開いた。
「私は何もしていません。お話を聞いて励ますだけです」
「・・・・・」
その場がシーンとする。――――聞いてはいけない話を聞いてしまったという雰囲気が漂う。
(何もしていない・・・?それは流石にマズいでしょう!?――――今後、絶対そのようなことがあってはならないわ)
「セレスティアさま、私は回復魔法を使っています!!」
気まずい沈黙を破ったのは最年少のリナだった。
「私も回復魔法を使っています」
ルーチェとアメリアも手を上げる。
(ああ、三人は回復魔法を使えるのね。少し安心したわ・・・)
「すみません。私も何もしていません。お話を聞いてお菓子を手渡しています」
(マリアンナさん、お菓子・・・。何もしなかったというよりは評価しないといけないけど・・・)
「セレスティア様、私達は新体制に移行する際、解雇されるのでしょうか?」
アメリアはセレスティアへ瞳を揺らしながら質問してくる。かなり勇気を振り絞って口に出したようだ。
(回復魔法で癒せる人たちはセーフだけど、何もしていない人を聖女と呼ぶわけにはいかないわ。冷たいようだけど、信者を騙すわけにはいかないもの・・・)
セレスティアは聖女たちにどう説明しようかと考え込んでいるとサーシャから声を掛けられた。
「セレスティア様。私、本当は文官になりたいのです。――――解雇していただいても構いません」
「それは・・・。サーシャさん、余計なお世話かも知れませんが、解雇された後はどうするつもりですか?」
「はい、転職しようと思っています。出来ればセレスティア様に皇宮へ紹介状を書いていただけるともっと嬉しいです」
サーシャはちゃっかりとセレスティアにお願い事を投げつけ、話を続ける。
「私の実家はレヴァン伯爵家という代々文官を務めている家門です。兄が二人おり、両方とも皇宮で働いています。私もいづれは父や兄のように皇宮で働くのだと考えていました。ところが私は父の意向で大聖堂に入れられたのです。正直なところ、兄たちより私の方が勉強も得意だったので、ずっと納得出来ず悔しかったのです。今回の改革はいい機会だと思いました。私は自分の意志でここを出て、これからは皇宮で帝国民のために働きたいのです」
(他にしたいことがあるということね。ここを出て行きたいだなんて、少し前の私のようなことを言うのね。私は出て行くどころか主になってしまったのだけど・・・)
「分かりました。では、サーシャさんは聖女を辞職し、皇宮で働くことを希望しているということですね。ご希望に添えるかは分かりませんが皇宮へ打診してみましょう」
「ありがとうございます」
いつもはクールなサーシャが嬉しそうに微笑んだ。
「私も希望があります!!」
次はマリアンナが手を真っ直ぐに上げる。セレスティアは何となく彼女のしたい事は想像出来たのだが一応、聞くことにした。
「私は現在ロドニー伯爵様が計画している自然食レストランのプロジェクトに参加しています。私の希望は大聖堂を退職し、その自然食レストランで働きたいということです」
マリアンナの決意を聞いて、リナは彼女に飛びつく。
「私、マリアンナさんのお料理が大好きです!!だから、レストランでお仕事を始めたら絶対に食べに行きます!!」
「リナ・・・」
リナの言葉を聞いたマリアンナの目じりにうっすらと涙が滲んで来る。
「分かりました。マリアンナさんの希望に関しては、ロドニー伯爵と相談して決めます」
「セレスティア様、ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
マリアンナは一筋だけ落ちた涙を拭いながら、セレスティアへお礼を告げた。――――マリアンナの腰元にリナがいる。ルーチェとアメリアもマリアンナの頭に手を伸ばして撫でまわし、サーシャも彼女の背中を優しく摩っていた。聖女たちはとても仲がいい。セレスティアは彼女たちが羨ましかった。
(いいなぁ、五人とも仲良しで!!私は大聖女という立場上、一人でしないといけない仕事が多くて全然、仲間なんて出来なくて・・・。今思えば、教団は意図的に私を孤立させていたのかも知れないわね。他の誰かと結託されたら困るから・・・)
「他の方々は何か希望とかありませんか?」
セレスティアはアメリア、ルーチェ、リナへ向かって問い掛ける。サーシャとマリアンナの希望を聞いたので、他の三人にも公平に聞いておこうと思ったのだ。
「私はこの仕事が好きなので、これからもセレスティア様と一緒に働いて行きたいです」
リナが元気に答えるとアメリアとルーチェも頷いた。
「では、リナさん、アメリアさん、ルーチェさん、私と一緒に今後も大聖堂で頑張っていきましょう。サーシャさん、マリアンナさん、ご希望に添えるよう、私も頑張りますね」
セレスティアの言葉を聞いて、「はい、ありがとうございます」とマリアンナは微笑み、「はい、よろしくお願いいたします」とサーシャは目礼をする。
始めは神聖力を持っているかどうかを調べようと彼女たちを呼び出したが、思いがけず彼女たちの希望を聞くことが出来て本当に良かった。このまま、何となく流されていくよりもしたいことがあるのなら、チャレンジした方がいいに決まっている。あとはセレスティアが上手く立ち回って、彼女たちの希望を叶えるだけだ。
――――その後、サーシャは皇宮の財務部へ事務官見習いで採用されることになった。この採用は彼女は優秀であると証明されたから決まったのである。皇宮で行われた筆記試験で高得点を取ったとフレドリックがセレスティアへこっそり教えてくれた。そして、フレドリックの配慮で彼女の配属先は彼女の父親と兄がいない部署が選ばれたのである。
――――マリアンナがレストランで働きたいと希望している旨をロドニー伯爵にしたところ『いい人材なので、いつ引き抜こうかと考えていました』と彼は言い放った。商売人の顔をして豪快に笑うロドニー伯爵を前に、セレスティアは苦笑する。ということで、マリアンナの就職もすんなり話が進んだ。
そして、セレスティアはマリアンナとサーシャの新たな門出が輝かしい未来への一歩となりますようにと祈りを捧げるのだった。
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