第32話31 死神皇帝は部下を慮ります
「陛下、『雇用に関する調査』の結果が上がって来ました。こちらをどうぞ」
フレドリックはミュゼから書類を渡される。直ぐにパラパラと紙を捲りながら、視線で数字を追っていく。調査書には各都市の職業別に平均勤務時間、月給、休日が記されていた。
「都市部の給金が高く、田舎が安いというわけではないのだな・・・」
「そうですね。主要産業がしっかりしている地方は給与も手堅いようです。一方、大都市は同じ職種でもかなり格差がありますね。陛下、ロドニー伯爵令孫から次回の会議には各業種の代表者を呼んでみてはどうかという意見がありました」
「各業種の代表者?」
書類から顔を上げ、フレドリックは首を傾げる。
「ええ、例えば、帝国内で一番野菜を生産しているルノール地方の農園主や、帝国一の漁獲量を誇る港街ペトロデーニの漁師、更に国で学園都市ウェルパスシードにあるロードス・アカデミアの学長もしくは人事部・・・」
「ちょっと待て。仕事の内容が違う者をランダムに皇宮へ呼んで話を聞くと比較しづらいし、キリが無い。そのやり方は却下だ。――――次回は産業の区分分けをし、各担当者を決める。そして、その担当者が受け持った産業内の職種を細分化して統計を取り、それを元にたたき台とする数字を決めていく。トレイシーには担当者たちの取り纏め役を任せる」
フレドリックは先日『雇用に関する調査』のためにトレイシーを地方へ送り出した。やたらとセレスティアに会いたがるトレイシーを、フレドリックは彼女に近づけたく無かったので、これでしばらくは大丈夫だろうと安心していたのだが・・・。
残念なことに、トレイシーは仕事を早々と片付け、皇都へ戻って来た。――――口は軽いが、やはりトレイシーはロドニー伯爵家の子(仕事は出来る)だったということである。
「陛下、ロドニー伯爵令孫へかなり重要な仕事を回すということですね」
ミュゼはトレイシーのことを全く信用していないため、フレドリックが彼に重要な仕事を回すことを良く思っていない。今もあからさまに嫌悪感満載の顔をしている。
「あいつは仕事をさせておかないと碌なことをしないタイプだ。それに馬鹿正直で思ったことを直ぐ口に出すから、不正に巻き込まれる可能性も低い。――――言い包め難い人間だからこそ、まとめ役には適任だ。間違いなく経営者たちは『国が雇用のルールを定める』と知ったら一度は反発して来る。だが、トレイシーは何を言われても気にしないし、相手を慮ることもないだろう。また、彼にはしっかりとした後ろ盾もあるから、多少脅されたとしても密かにやり返すくらいの力は持っている」
「そもそも、あの性格では脅されていると気が付かないのでは?」
「――――そうかもしれない」
フレドリックは苦笑した。ミュゼはフレドリックが彼のことを認めているのだとしても、あの雑な感じはどうしても好きになれない。その点、ロドニー伯爵は隙のない狸爺(たぬきじじい)なので、安心感がある。
「ミュゼ。そんなに嫌そうにするな。仕事は一人では出来ないのだから。お前も早く新人に仕事を割り振りして毎週必ず休日を取り、残業も減らしていけ。部下を上手く使えないと今後、首が回らなくなるぞ」
痛いところを突かれたとミュゼは感じた。
皇帝陛下の側近は二名補充され現在は四名になっている。また側近たちには正式な役職名も付いた。宰相はルモンド侯爵(ミュゼ)、秘書官はバルマン侯爵令息ブルックリン、管理官はラングストン伯爵令嬢ヒルデ、補佐官はアーロン公爵令息・キリアンとなった。
――――今回、補充されたのはヒルデとキリアンだ。ヒルデの家系は学者を多く輩出しており、ヒルデも数学と外国語が得意ということが評価され採用となった。キリアンはフレドリックの従兄弟(前王弟の息子)だ。彼は裏方志向が強く、表に立つことを好まない。だが、フレドリックに兄弟がいないため、彼にも皇位継承権があり、幼少期からそれなりの教育を受けて来た。それ故、キリアンは国を運営するために必要な知識を十分に持っている。即戦力になると判断したフレドリックが嫌がるキリアンを口説き落として・・・、否、無理やり連れて来て側近にした。
――――新人たちが入って来て今、一番ミュゼが頭を悩ませているのはヒルデが口を聞いてくれないということだ。彼女はミュゼをあからさまに嫌っており、彼と会話する際はブルックリンかキリアンを必ず挟んでくる。
「彼女に嫌われている理由が分からないので、対処のしようがありません。誰かを間に挟めば今のところは問題なく・・・」
「ダメだ。今後二人で取り組むような問題が発生した場合はどうする?早めに打ち解けておいた方がいいだろう。俺の介入が必要か?」
「いえ、もう少し努力してみます」
ミュゼは渋々、ヒルデと一度話し合ってみようと腹を括った。
――――――――
フレドリックは休憩時間になったので皇宮の図書館へ向かう。皇宮図書館の館長ヴォイジャー伯爵に会うためである。
先日、あの箱を図書館の準備室で保管することを許可した。当然、持ち出しは不可だが。――――何故、許可することになったのかと言うと『あのベールにはまだまだ多くの謎が秘められています。是非、研究させて下さい』と、ヴォイジャー伯爵が何度もフレドリックへ訴えに来るので根負けしてしまったのである。なお、この事はセレスティアにも了承を貰った。元々、あの箱は彼女の物だからだ。
「ヴォイジャー伯爵。進捗具合はどうだ?」
「陛下!?急にお見えになるとは思いませんでした。あ、君、お茶を頼む!!」
ヴォイジャー伯爵は背後を通り過ぎようとしていた司書に声を掛けた。嫌そうに振り返った司書はフレドリックの姿に気付くと血相を変えて飛び上がり、慌ててお茶の用意のために走り去った。
「怯えていたな・・・」
フレドリックはボソッと呟く。顔に恐怖を浮かべて走り去った司書を見て、何とも言えない気持ちになる。――――司書はフレドリックのことを死神皇帝だと思っているのかも知れない。だから粗相をしたら命が無くなると思っているのだろう。本当のフレドリックは些細なことで人を斬ったりはしないのに・・・。
「陛下、一つ気になることがあるのでベールのこちらを見ていただいても宜しいですか?」
ヴォイジャー伯爵は机の上のベールを指さした。――――現在、ベールは検証している際に汚れないよう、ガラスの板で挟み込んで、大きな机の上に広げられている。
「前に双子座がここにあると申しました。そして、その隣にあるのが蛇つかい座です。蛇つかい座は死者を蘇らせるという意味があり、何故ここにあるのかが分からず・・・。陛下のお子様が双子だと考えると少し不吉な話になってしまいそうで・・・」
ヴォイジャー伯爵は言葉を濁す。彼は未来の皇子たちに良からぬことがあるのではないかと懸念しているようだった。しかし、フレドリックは双子座と死者を蘇らせる蛇使い座が並んでいると聞いて、ピンと閃いた。これは皇家の未来の皇子たちのことではなく、ノキニア家の双子のことではないだろうか?と。
「双子座と蛇使い座については先日、それらしき事件があった。申し訳ないが機密扱いのため詳細は伝えられない。だが、一つだけ言えるのはその双子座は私の子のことではないと思われる」
「そうなのですね。陛下の御子様ではないと聞いて安心しました。ただ、このベールの刺繍はやはり預言の可能性が高いですね。――――噂には聞いていましたが大預言者イーリスは恐ろしい方です」
「恐ろしいと感じるのなら、因縁付けなどしなければ良い。ヴォイジャー伯爵、研究するのは構わないが、余り深読みするのは止めておけ、疑心暗鬼になると碌なことにならない」
フレドリックは謎解きに熱中し過ぎているヴォイジャー伯爵へ釘を刺す。
「分かりました。疑心暗鬼・・・、確かに自分を見失いそうになっていたかも知れません。今後は素材や時代背景を調べるだけに留めます」
「ああ、そうしてくれ。あと問題はこれを婚儀で使うかどうか・・・か。大聖女と相談して決めようとは思っているが、見た目に反して余り気味の良いものでは無さそうだ」
「ええ、同感です」
最初は嬉々としてベールを調べていたヴォイジャーだったが、段々このベールに気味の悪さを抱き始めていた。どうしたら、劣化もせずに数千年の時を超えられたのだろうかという疑問に明快な答えが出せていないからである。封印していたとしても、数千年は長い。どう見ても新品にしか見えないベール、謎は深まるばかりだ。
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