第31話30 死神皇帝と大聖女は似た者同士みたいです

「フレド、三十分だけ、ここで休んでいかない?徹夜で疲れたでしょう?」


 フレドの袖をセレスが引っ張って誘う。


――――少し前、モリ―の弟ジョルジュの亡骸を森の奥深くにあるノキニア家の館へ運んだ。墓地は屋敷の裏手にあったので、ジョルジュの棺を掘り起こし、亡骸を中に収めてから再度、埋葬した。

 この後、モリ―は墓石に花を飾ってから、祈りを捧げるのだという。彼から弟とじっくり語り合いたいという気持ちが伝わって来たので、セレスとフレドは気を利かせて早めに切り上げて来た。


 そして今、二人はいつもの場所、イーリスの泉のほとりにいる。


「――――三十分か。もう一層のこと今日一日ここで眠りたい・・・」


 疲れが溜まり過ぎて、フレドの口から本音が漏れる。


「あらら、フレド、重症みたいね。ああーっ!!夜に雨が降っていたから、草が濡れているわ」


 セレスは草の上に座ろうとしたところで大きなミスに気付く。これでは座れない。横から、何やらボソボソと呟く声がした。


(ん?フレド、何か言った?)


 不意にフワッと温かな風がセレスの周囲をクルリ、クルリと撫でつけて去っていく。


「魔法で乾かした。もう座れる」


 フレドは素っ気ない口調で言った後、草の上へ倒れ込んだ。セレスは慌てて、声を掛ける。


「ねぇ、大丈夫!?癒すから、元気出して!!」


 セレスは彼の肩に手を乗せ、神聖力を一気に流し込んだ。


(こんなに疲れ果てて、頑張り過ぎだわ。――――疲労が溜まっている身体に睡眠不足が追い打ちをかけたのね。大丈夫よ、直ぐに楽にしてあげるからねー!!)


「――――セレスこそ大丈夫なのか?あんなに力を使ったのに」


「あれくらい大したことないわよ。普段から多くの人に神聖力を使っているもの。それに最近はロドニー伯爵と経営のお勉強をしてるから、余りお客さまと会う機会もなくて。ただ、聖女たちは解呪や解毒、加護の付与が出来ないから、そういうことを求めるお客様が来たら、容赦なく呼び出されるのだけどね」


「セレスと同じようなことを全員が出来るわけではないのか・・・」


「うーん、先日知ったのだけど、大聖堂では私しか光魔法を使えないみたい。だけど、よく考えたら回復魔法を使えば、光魔法が使えなくても体力を回復させたり、怪我の治療も出来るでしょう?だから、誤魔化そうと思えば誤魔化せるのよ。困ったことにね・・・」


 セレスはマリアンナと話した時のことを思い出す。彼女は聖女五人は光魔法を使えないと言っていた。そのあとのドタバタで話が曖昧になってしまったが、彼女たちが神聖力を持っているのかどうかはしっかり確認した方がいいだろう。今後の方針を固める前に。


「最悪、神聖力を持っているのはセレスだけという可能性もあるのか?」


「――――そうね。残念ながら、その可能性が高いと思っているわ」


 フレドは鉛のように重くなった身体が一気に軽くなっていくのを実感した。また、文字を追い過ぎて渇きを感じていた目も潤いを取り戻していく。


「よし、終わり!!調子はどう?良くなった?」


 セレスはフレドの横に寝転がった。そして、フレドの方へ身体を向けると彼の腕にギューッと抱きつく。フレドリックは固まった。セレスの胸が腕に当たっていると自覚してしまったからだ。


(あれ?フレド、もしかして、ガウンの下に何も着ていない!?)


 セレスはフレドリックのガウンの前がはだけていることに気付いた。そして、その隙間から鍛え上げられた筋肉が見えた。


(うわー!?スゴい!!筋肉が盛り上がってる!?こんなの初めて見たわ。どうしよう。胸がドキドキして来た!!)


 何となく恥ずかしくなって来て、セレスはフレドの上腕に顔を埋める。


 彼女の挙動不審な行動が気になり、何処を見ていたのか視線で確認してみると・・・。ガウンがはだけて、胸や腹が露わになり、裾も膝上まで捲れ上がっている。ただ、ガウンの紐をしっかり結んでいたお陰で、大切な部分だけは何とか布に守られていた。


「あーっ、寝ているところをノルトに叩き起こされて、そのままだった。――――ブッ、アハハハ。酷い格好だな。皇帝がこれでウロウロしているのに誰も注意してくれないとは・・・。皆も他のことで一杯一杯だったということか」


「そうね。私も今の今まで気が付かなかったわ」


 セレスは顔を上げる。二人の視線がバチっと合う。


(金色の瞳、キレイだわ。辺りは暗いのに輝いている。吸い込まれてしまいそう)


「そう言うセレスも自分の服装を確認した方がいいと思うぞ」


 フレドは視線を合わせたまま、フッと表情を緩める。セレスは言われた通り、自分の着ている服を見た。


「うわっ!!はっ!?私、正気!?装飾でギリセーフ??嘘でしょう・・・」


(えええっ、何で下着を付けて無いの!?スリップの上に薄いワンピースだけとか、あり得ない!!胸元の刺繍でトップは透けて無いよね?いや、どう見ても透けて・・・。それどころか、バッチリ盛り上がっているじゃない。――――ああああ、皇宮は男の人ばかりだったのに、こんな格好で何しているのよぉ!!無様過ぎる!!!)


「セレス、その件に関してひとつ報告がある。俺にご褒美をくれないか?」


「ご褒美?」


 何故かご褒美をくれと言われて、羞恥心で興奮していたセレスは我に返る。――――フレドは淡々と話し始めた。


「大聖堂の私室から出発する前にセレスの衣服へ認識阻害の魔法を掛けた。だから、他の奴らにその姿は晒されていない」


「嘘!!本当に!?フレド、あなた天才じゃない?」


「俺が起こした時、かなり寝ぼけていただろう?正直、薄い服を頭から被って、準備完了!と言われたときは困惑した。あのままでは目のやり場に困る。だから魔法を掛けたのは俺のためでもあった」


 セレスはフレドリックに飛び掛かり、彼の上に覆い被さる。


「あー本当にありがとう!!もう少しで大聖女は痴女って噂が流れるところだったわー!!」


「まぁ、それもあながち間違ってないけどな、アハハハ」


 楽しそうな笑い声を上げるフレドへ、セレスは身を少し起こして尋ねた。


「で、ご褒美は何がいい?」


「それは・・・」


 フレドの視線はセレスの顔から胸元へ下がっていく。


「本気で?」


「徹夜明けだから、ハイになっている自信はある」


「大歓迎よ!!!」


 まだ夜も明けぬイーリスの泉のほとりで、二人はまた一歩、仲を深めたのだった。


―――――――


「セレスティアさま~!!おはようございます!!」


 背後から急に声を掛けられ、セレスはビクッとする。


(まだ、四時半なのに!!何故、ここにいるの!?)


「あら、あらあらあら!!朝帰りですか?いいですね~!!素敵な婚約者がいるなんて羨ましい限りです!!これから湯浴みですか?」


 セレスティアに声を掛けて来たのは聖女マリアンナだった。彼女とはこういうタイミングで遭遇することが多い気がする。


(うーん、ご遺体の埋葬もしたから、湯浴みより聖泉で水浴びをした方が身を清められていいかも・・・)


「いえ、これから聖泉で水浴びをしようと思っています。マリアンナさんは朝食当番も無くなったのに随分早起きですね?」


「実はロドニー伯爵にお願いして、皇都にオープンする自然食レストランのメニュー開発のメンバーに入れてもらったんです。ということで、早朝の厨房をお借りして考案したメニューを試作します」


 お料理が大好きなマリアンナは満面の笑みを浮かべて語る。


(マリアンナさん、新しいことを始めたのね。生き生きしていて、とても素敵だわ)


「マリアンナさんの調理は手際が良くて大好きです。新メニュー期待しておきますね!!楽しみだわ!!」


「ああ、なんてお優しい!!セレスティアさまのお言葉で元気が出ました。今日もいい日になりそうです!!頑張ります!!」


 彼女は軽く会釈をして厨房の方へ去っていく。それを見送った後、セレスは用意を整えて聖泉へ向かった。


 聖泉は大聖堂の裏手にあり、泉の周りは高い壁で囲まれている。脱衣所でワンピースとスリップを脱ぎ、沐浴着を羽織った。正直なところ、この沐浴着は薄すぎてスケスケなのであまり意味がない気がする。ただ、ここは女性専用なので、まだ困ったことはない。


「セレスティアさま、おはようございます!!」


(えっ、サーシャさんまで!!こんなに朝早いのに!?聖女の皆さんは、もしかして日頃から早起きなの?)


 聖泉に聖女サーシャが浸かっていた。彼女はセレスににっこりと微笑んだ後、視線を少し下に落としたところで顔を背けた。不審に思ったセレスは自分の姿を確認する。


「あっ!?」


 セレスの胸元に真っ赤な痕が三つ付いていた。スケスケの沐浴着の下にも怪しげなものがいくつか見えている。


(こ、これは・・・。所謂、そういう痕???うわーっ、生々しい。フレドのバカ!!迂闊過ぎるでしょう!!)


「大丈夫です。私は何も見ておりません!!ご心配なく!!」


 サーシャはそのままクルッと左に回って、背を向けた。セレスは静かに水の中へ入っていく。


「――――気を遣わせてごめんなさい。以後、気を付けます」


「いいえ、気になさらないで下さい。お二人の仲がいいのは、この国にとって良い事なのですから」


「うううう、恥ずかしい・・・。サーシャさん、朝から不埒なものを見せて本当にごめんなさい」


(あああ、本当に近々、大聖女は痴女とか肉食とか言われ出したらどうしよう・・・)


「―――――――ブッ、クッ、もう無理!!アハハハ!!不埒って!?ウフフフ・・・・、そんな簡単に認めないで下さいよ!?イヒヒヒヒ・・・・」


 背後で慌てふためくセレスの様子が面白くて、サーシャは笑いを堪え切れず大笑いしたのだった。

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