第30話29 大聖女と死神皇帝と守り人はタッグを組みます

 皇宮の執務室に戻ったフレドリックたちは教皇が眠る部屋へ向かった。真夜中の皇宮内はしんと静まり返っている。それ故、三人のカツカツカツという足音が想像以上に響き渡ってしまう。


(いつもモリ―はピョンピョンと可愛く跳ねているから、成人男性の姿で歩いていると不思議な感じがするわ。まぁ、ウサギが人になったという時点でかなりおかしいのだけどね。そういえば、モリ―が教皇さまと同じ姿になった時、フレドも少し動揺していたわね。モリ―の本当の姿を知らなかったのかしら)


 フレドリックは教皇を封印する方法を考えていた。昔、『魔族の封印術』を防衛魔法の授業で習ったことがある。あの基礎的な方法で果たして大丈夫だろうか。――――だが、その不安分はモリ―とセレスティアがきっとカバーしてくれるだろう。何故なら、ヴァンパイアなどの魔族が使う闇魔法に対抗するには光魔法が最も有効とされているからだ。しかも、今現在、この帝国と周辺諸国で大聖女セレスティア以上に光魔法を使える者はいないだろう。そして、ノキニア家のモリ―も魔法に長けているのは間違いない。


 それにしても、その神聖力に溢れた大聖堂を禍々しいヴァンパイアが牛耳っていたというのは未だに信じられない。しかし、これは現実である。教皇は今まで誰にも疑われることなく逃げ果せていた。奴は間違いなく頭脳派だ。最後まで油断してはならない。


――――二人の後ろをモリ―は黙ってついていく。


 教皇を軟禁している部屋の前には誰もいない。幸い彼が目覚めて暴れ出すということもなかったようだ。フレドリックはドアを軽くコンコンと叩いた後、返事を待たずに部屋へ入る。


 室内の状況はフレドリックが出発した時と変わってない。――――しかし、フレドリックたちを待っていた五人はモリ―を見るなり目を見開いた。声は殺しているが、かなり驚いているのが分かる。それはそうだろう。モリ―とベッドの上で眠っている男が瓜二つなのだから。


「皆に紹介しよう。彼はモリ―、俺の友人だ」


 フレドリックの友人と聞いて、五人は表情を緩めた。


「初めましてモリ―さん。私は陛下の側近をしておりますルモンド侯爵家の当主ミュゼです。そして、彼は侍医のシェスターマン、窓辺の三人は第一騎士団の団長ノルト卿とその部下のアシュレイとバートンです」


 ミュゼの紹介に合わせ、彼らは軽く会釈をした。モリ―も会釈を返す。


「わたくしはモリ―・ラヴィ・ノキニアと申します。よろしくお願いいたします」


 モリ―の挨拶は丁寧だった。それにより、場の雰囲気は一気に和らいだ。


(流石、聖なる場所で守り人をしているだけのことはあるわ。団長さんたちの緊張も解けたみたい。――――同じ顔でも教皇さまは普段から本当に嫌味で感じが悪かったわ。それにしてもヴァンパイアだなんて・・・)


 セレスティアはここへ来るまで、教皇がヴァンパイアだという説に半信半疑だった。だが、彼がベッドに横たわる姿と隣に立つモリ―を交互に見ていると、これは事実であると認めざるを得なくなった。


(弟さんの遺体を奪った上、好き勝手に使われるなんて、モリ―の気持ちを考えたら胸が張り裂けそうだわ。教皇さま、私は絶対に許しませんからね!!)


「それから、闇魔法には光魔法が一番有効だ。我が婚約者セレスティアも連れて来た」


(わ、我が婚約者!?ドキッとしたわ。――――その言い方、破壊力があるわね!)


「こんばんは、皆さま。大聖女セレスティアです。この度、皇帝陛下から教皇が実はヴァンパイアだったと聞いてお手伝いにやって来たのですが・・・。結構、この現実にショックを受けていまして、何と言えばいいのか・・・。しかしながら、大聖堂の代表として責任を持って祓います!!」


――――大聖女の言う『はらう』とは、何のことだろうか?と、モリ―以外は脳内に疑問符が浮かぶ。


「セレス、『はらう』とは、どういうことだ?」


 代表してフレドリックが彼女に問う。


「ヴァンパイアは封印してもまた復活してしまうわ。だから、祓うの。ええっと、簡単にいうなら消滅させるということね。その方法ならご遺体も損傷しなくて済むのよ。だって、封印は胸に魔力で練り上げた杭を打ち込む必要があるでしょう?」


 フレドリックは『祓う』という方法を初めて聞いたので、それがどんなものなのか良く分からなかった。


「悪いがその方法は初めて聞いた。どういう手順を取ればいい?」


「大丈夫。今からして見せるわ。皆さん、壁際に避けて貰ってもいいかしら?」


 彼女の指示に従い、六人の男たちは壁際に並んだ。


「よ~く見ていて。今から教皇さまの本体を力業で剥がします」


 セレスティアは横たわる教皇の胸に手のひらを置いた。ブワッと強い光が教皇の身体を貫く。


「貴様!何をした!!」


 教皇の身体から何かが宙に飛び出す。この声は馴染みのある声だ。うっすらと浮かんでいる姿は魔物そのもの。一言でいうなら禍々しくて醜い。――――壁際に並ぶ男性陣もヴァンパイアの姿を目の当たりにして、顔を歪める。


「教皇さま、いえ、ヴァンパイア。あなた、かなりの悪事を働きましたね?」


「うるさい小娘。私がお前を見つけ出して大聖女にしてやったんだ。少しは感謝しろ」


「いいえ、全く感謝はしておりません。どちらかというと銀貨一枚で長年、搾取されていたことを恨んでおります」


 セレスティアは魔物を真っ直ぐ見据える。――――フレドリックはあまりに順調で逆に不安を覚えた。――――こういう時こそ、緊張感を持たなければならない。

 念のため周囲に不自然な点が無いかを調べてみる。案の定、気になる反応があった。天井に少し歪みを感じたのである。もしかするとヴァンパイアが逃げ道を開こうとしているのかも知れない。即座に天井の歪みを強固な保護魔法で塞いだ。すると、隣に立っていたモリ―もベッドの下へ手を翳し、何かを発動した。


(あら、逃げ道でも開こうとしていたのかしら、生意気ね!)


「セレス、諸々は俺たちが何とかする。そのまま進めてくれ」


「ええ、援護してくれてありがとう。では、ヴァンパイアを消滅させます。強い光が出るので、皆さん、目を瞑っていた方がいいかも」


 セレスティアはヴァンパイアに向かって殲滅の光を放った。


――――殲滅の光は彼女が軽く口にした『目を瞑っておいた方がいいかも』というようなレベルではなく、目を閉じていても眩しく、身体も建物も透過してしまうくらい強烈な光だった。だが、そんなに強い光なのに熱は一切感じられない。


 自然界(太陽)の光とは全く性質が異なる聖なる光。


 フレドリックは何の詠唱も無く、こんなに強い光(光魔法)を平然と繰り出すセレスティアにゾクッとした。――――『彼女は人間なのか?』とその場に居合わせた男たちの心に疑問が生じる。


「皆さん、もう目を開けても大丈夫です。ヴァンパイアは消滅しました。モリ―、弟さんのご遺体も傷一つなく無事よ。ノキニアの森へ連れて帰るのでしょう?」


 彼らの疑問はセレスティアの明るい声にかき消された。


「はい、連れて帰って我が家の墓に埋葬します。セレスさま、ありがとうございました」


 モリ―は弟の遺体へ歩み寄り、その手を握り締める。彼の目から静かに涙が零れ落ちた。


「モリ―どの、弟どのの名は何と申されますかな?」


 シェスターマンが尋ねると、モリ―は声を震わせながら答える。


「ジョ、ジョルジュ・ディア・ノキニアです」


「では、皆でジョルジュ・ディア・ノキニアどののご冥福を祈ろう」


 シェスターマンの提案にその場の全員が同意し、ベッドを取り囲む。皆は静かに両手を組み、祈りを捧げた。


(長い間、ヴァンパイアに大切な身体を好き勝手にされて、さぞ辛かったことでしょう。あなたさまにもう二度と魔の手が及びませんように。そして、ご家族のもとで安らかに眠れますように大聖女セレスティアがお祈りいたします)


――――ここで、「教皇は持病の悪化で亡くなった」とフレドリックが宣言する。


(ということは、ヴァンパイアの件は無かったことにするということね。そうしてもらえると大聖堂としても助かるわ)


 シェスターマンは死亡証明書を用意すると言って、一足早く下がった。ミュゼはシェスターマンの書類が出来上がり次第、密葬完了の手続きを進めるとのこと。また、第一騎士団の三名はこの件を口外しないという書類にサインをする必要があるらしい。


――――そして、フレドリックはモリ―を、キレイなシーツで包まれたご遺体はセレスティアがノキニアの森へ運ぶことになった。


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