第29話28 大聖女は教皇の秘密を知ります

 教皇ブロストは皇宮の北棟の地下にある一室で軟禁している――――ベリル教団幹部たちを逮捕した一連の事件の参考人として。


 フレドリックとノルトが部屋へ入ると教皇はベッドの上で眠っていた。その傍らで、護衛二名と皇宮の侍医シェスターマンは何やら考え事をしている。彼らはフレドリックが静かに入室したことに気付いていない。


「遅くなった。三人とも黙り込んで、どうかしたのか?」


 突然、フレドリックに話し掛けられ皇宮の侍医シェスターマンはビクッとする。


「へ、陛下、急に話し掛けないでいただきたい。わしは年寄りじゃからこんな風に驚かされたら心臓が止まってしまう」


「あ、ああ、それはすまなかった。それで何か気になることでもあるのか?」


「それはじゃな・・・」


 侍医シェスターマンの話によると護衛に呼ばれてこの部屋に入った時、教皇は床の上で血を吐いて悶え苦しんでいた。その際、胸を両手で押さえていたため、呼吸器系か胃の不調なのだろうとシェスターマンは当たりを付ける。ところがベッドに彼を寝かせ、胸に聴診器を当てるも鼓動どころか何の音も聞こえてこなかった。――――その後、痛みや吐血もおさまり本人は眠ってしまったが、ある疑念が心の中で渦巻いている。


「陛下。この方は人間なのじゃろうか?それとも・・・」


 シェスターマンの一言で、護衛達の顔色が一気に悪くなった。


『この男は人間なのか?』


 それは彼らも感じていたことで、人でなければ何なのかということである。


「まさか幽霊・・・」


 ノルトが背後で呟く。


「いや、幽霊ではないだろう。目の前に身体があるじゃないか。ノルト、動揺するな。しっかりしろ」


 フレドリックはノルトに声を掛けた後、腕を組んで考え込む。大聖堂に気味の悪い紫色の鎖で結界を張り、こいつは何がしたかったのだろうか。


 また、日頃から教皇が大聖堂に全く顔を見せず、様々な女と遊び暮らしているというのは有名は話だ。今回の不正事件にも絡んでいるのか絡んでいないのか未だにハッキリしない。狡猾な男であることは分かっている。だが、余りにも不可解な点が多過ぎる人物だ。


 その上、セレスティアの放った聖なる光の矢でこういう状況になったのなら、大問題だろう。どう見ても呪い返しを受けたような状態なのだから。


「シェスターマン。教皇の身体に変わったところがないか、もっと詳しく調べてくれないか?」


「承知いたしました」


 フレドリックの指示に従い、シェスターマンは教皇の身ぐるみを剥ぐ。多少、動かされても教皇は全く目覚める気配が無かった。


「陛下、腰に紋章が刻まれておる。これはまさか・・・」


 シェスターマンは教皇の腰を指差し、その場にいた全員へ見せた。フレドリックはその紋章を見てゾッとする。良く知っている紋章だったからだ。


「ああ、そのまさかだろう。この身体は別人の物だ。教皇に乗っ取られている。ノルト、ミュゼを今すぐ連れて来い。それから、エクソシス・・・いや、それは俺が手配するからいい」


 ノルトはミュゼを呼びに行った。フレドリックの脳裏にはセレスティアと長老モリ―が浮かんでいる。二人を連れてくれば何とかなるだろう。だが、セレスティアは良いとして、長老モリ―は皇宮へ来ることを承諾してくれるだろうか?――――しかし、今は悩む時間も勿体ない。教皇が目覚めないうちに急いで対処しなければ。


「陛下ー!」


 程なくミュゼが寝間着姿で部屋へ駈け込んで来た。フレドリックもガウン姿なので似たようなものだが。


「ミュゼ、詳細はシェスターマンに聞いてくれ。俺は必要な人員を連れて来る。教皇が暴れ出したりしたら無理をせず、全員この部屋から退出しろ。部屋には結界を施してあるから教皇が外に逃げ出す心配はない。では、行ってくる」


―――――――


「セレス、セレス、起きてくれないか?」


 フレドリックはセレスの肩を揺らす。しかし、彼女はなかなか目覚めてくれない。もうこのまま担いで連れて行くかと諦めかけた、その時。


「――――ん?んんん?」


(誰かが私を呼んでいる?あれ?私は今、何をしているのかしら・・・)


「セレス、目覚めたか?急ぎの案件があって来た。起きてくれ」


(――――起きてくれ?ああ、寝ていたのね・・・。あれ?この声は・・・)


「ん?その声はフレド?--――急ぎって、今何時?」


 瞼を閉じたまま、セレスティアはボソボソと話す。


「今は午前二時半過ぎだ。頼みがあって来た。一緒に来て欲しい」


(まだベッドに入って、一時間も経ってない・・・)


 フレドリックはまだ寝ぼけているセレスティアの背に腕を回し、無理やり起こした。上掛けが床に落ち、彼女の姿が露わになる。


「な、何て格好で寝ているんだ!!」


 フレドリックは顔を逸らした。


(はっ!?嘘!!)


 セレスティアはフレドリックが慌てた声を出したところで、漸く目が覚めた。身に纏っているのは薄いスリップのみ。そう、ほとんど裸である。だが、既に見られた後なのでどうしようもない。


「あああ、ごめんなさい。――――お見苦しいものを見せてしまいました」


「別に見苦しくはないが驚いた。その恰好で寝るのは不用心じゃないか?」


「ここは女性しか暮らしてないから何の問題もないわ」


 セレスティアはキッパリと言い切った。フレドリックは今後、自分はここへ頻繁に転移して来るのだが・・・と言い掛けて止める。


 彼女はベッドから降りると椅子の上に置いていたワンピースを頭から被り、靴を履いた。


「はい、準備完了!!それで何処へ行ったらいいの?」


「俺とノキニアの森へ行って欲しい」


「分かった」


 フレドリックの返事を待たず、セレスティアはノキニアの森へ転移した。彼女が今の今まで立っていた場所には光の粒がいくつか残っていて、キラキラと輝いている。


「光魔法は痕跡も美しいな」


 彼はそう呟くと彼女の後を追った。


―――――――


「――――それでね。ここに来たのよ」


 フレドリックがノキニアの森に到着すると長老モリ―にセレスティアが話し掛けているところだった。


「セレス、置いて行かないでくれないか?」


「ごめんなさい。急ぐと聞いて焦ってしまったの」


 セレスティアは謝りながら、横に来たフレドリックの腕にしがみ付く。


『皇帝陛下、こんばんは!!』


『ああ、夜分にすまない。頼みがあって来た』


(あら、二人とも黙り込んでしまったわ。会話でもしているのかしら?私に聞こえるように話してくれたらいいのにー!!)


『モリ―、単刀直入に聞く。教皇の正体を知っているのか?』


『はい、存じております』


『あいつを封印するのを手伝って欲しい。今すぐ皇宮まで一緒に来られるか?』


『はい、協力いたします』


 フレドリックの問いかけに長老モリ―は大きく頷きながら答えると、その場でピョンと跳ねあがって身を翻す。――――彼の姿はウサギから人へと一瞬で変化した。


「えええええっ!?モリ―が、モリ―が・・・・。どうして!?」


(嘘―っ!!モリ―が人になっちゃった!?えええ、ウサギさんじゃなかったの!?)


 セレスティアは慌てる。



(まさか、モリ―がこんなに大きな秘密を抱えているなんて。しかも、その姿は・・・。冗談でしょう!?)


「セレスさま、この姿でお会いするのは初めてですね」


「ええ、そうね。モリー、人の姿なら私とお話が出来るのね」


 モリ―は頷く。そして一番驚いたのはモリ―の姿が、セレスティアが知っている人に瓜二つだったことだ。ただ、その身に纏うオーラはあの人とは全然違う。


(どうしてモリ―が、教皇さまと同じ姿をしているの?こっちが本物であっちが偽物とか?それとも双子なの?だけど、それだと年齢が合わないわね。えーっ、全然分からない!!――――どういうこと?)


「モリ―、教皇は今のお前と全く同じ姿をしているのだが・・・」


 セレスティアと同じくフレドリックも動揺していた。彼もモリ―の真の姿を見たのはこれが初めてだったからだ。


「あれは私の双子の弟の屍を使っているのです。弟は若くして天へ召されましたから」


「――――屍を乗っ取りか。やはり、あいつは・・・」


「ごめんなさい。もう少し簡単に説明してくれないかしら。今一つ話が見えないのだけど」


 セレスティアが混乱しているので、フレドリックは簡潔に事の顛末を説明する。


 少し前、教皇が突然苦しみ出し、吐血して倒れた。そこで皇宮の侍医が彼を診断したところ、心臓が動いていないことが判明する。眠っている教皇の身体を調べると腰にノキニア家の紋章が刻まれていた。


(教皇さまが吐血した!?私があの紫の鎖を神聖力で作った光の矢で消滅させたから?――――それが原因なら、あの紫の鎖はやはり禍々しいものだったということね)


「ノキニア家の紋章というのはどういうこと?」


「セレスさま、ノキニアの森という呼び名はノキニア家が守る森という意味なのです。この森は女神様から我が家の祖先が管理を託されたものです。ここは別名、死者の森、または楽園と呼ばれることもあります。言葉の通り、生きている方が入ってはならない禁足地なのです。皇帝陛下と大聖女さまはノキニア家と同じく女神様と深い縁があるので入ることを許されています」


(ノキニアの森にはそういう意味があったのね。確かに楽園のように美しいところだけど、死者の森と言われたら少し怖いわね。そして、モリ―は私が大聖女だと最初から気付いていたのね)


「分かったわ。それから、教皇さまの心臓が動いていないというのは?」


「セレス、モリ―の弟の遺体を乗っ取っているあいつ(教皇)の正体はヴァンパイアだ。俺は奴を封印する」


「ヴァンパイヤ!?かなり前に絶滅したのではないの?」


(教皇さまがヴァンパイア!?そんなバカな・・・。あの人、つい先日まで大聖堂のトップだったのよ?でも、年を取らないし。女性が好きだし、大聖堂にはほとんど現れないし・・・。――――確かに・・・・、それらしい行動をしているわね・・・)


「細かな話は後だ。先ずは皇宮へ向かうぞ。モリーは俺が連れて行く」


「陛下。よろしくお願いいたします」


 セレスティアはもう少し詳しく説明して欲しいと思ったが、時間がないと言われては仕方ない。渋々、二人の後を追って皇宮へ転移した。


 

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