第28話27 大聖女はやっぱり教皇が嫌いです
今夜は激しい雨が降っている。フレドリックは久しぶりに寝室へ戻り、ベッドへ横になった。こんな生活がいつまで続くのだろうか。もしかして、死ぬまで続くのか・・・と考えたところで夢の谷へと落ちて行った。
―――――――
セレスティアは女神像を見上げていた。大聖堂内に灯されたろうそくの焔がゆらゆらと揺れて影を動かし、女神の表情を変えていく。
(ふと見た時に怖い顔だった日はゾッとするけど、今夜は穏やかに微笑んでいるみたい。――――女神様がご機嫌なようで何よりです)
だが、今回の目的は女神の顔色を窺うのではなく、この大聖堂に施された結界を解析すること。日中は多くの人々が大聖堂を訪れていたため、セレスティアは真夜中に作業をしようと待っていた。今は誰もいないから何をしても問題なし。好きなようにさせてもらう。
「さて、大聖堂の結界に何人の人が関わっているのかを、まず確認しましょうね」
セレスティアがこの大聖堂に結界を張ったのは八年前だった。そう、大聖女の代替わりの時である。これまで大聖堂は大聖女が代替わりする度に前任が張った結界を外し、当代が張り替えるという作業をしてきた。
当時、前任の大聖女は『どういう結界を張るのかはあなたが勝手に決めていいのよ』と、セレスティアに言った。僅か十一歳の少女にである。今更ながら管理体制が杜撰なのは昔からなのかもと知れない思った。
(複数の結界が重なっていそうだなとは感じていたけど、これを機にハッキリさせておいた方が今後のためにもいいわよね。よし、しっかりと調べて、教皇さまが何か変なものを追加していないか確かめよう)
セレスティアは瞼を閉じると腕を大きく前へ伸ばし、両手のひらを上に向け。神聖力を開放する。大聖堂の広大な敷地を包み込む半円型の結界が脳裏に浮かんできた。――――淡いブルー、薄いピンク、薄い黄色、薄オレンジ、紫、赤の合計六色のうち、紫以外は織物の目のように規則正しく重なっている。
一つ目は淡いブルー。これは女神像と紐付いていた。恐らくこの建物が建てられた時に施された結界だろう。疫病を防ぐ効果が施されている。
(当時、ロードス帝国は疫病が流行っていて、ここは病院のような役割も果たしていたということかしら。だけど、この結界はもう限界ね。効果は期待出来ないレベルだわ)
二つ目の薄いピンク、三つ目の薄い黄色、四つ目の薄いオレンジは床下と紐づいている。恐らく亡くなった大聖女が施した結界だ。本人が突然死した場合、こういう状態になる。この結界はかなり弱弱しい。見た目通り、効果はないと言っていいだろう。
残る二色のうちの一つは鮮やかな赤である。これは当代の大聖女セレスティアが施した結界だ。悪意のある者がここへ侵入するのを阻む効果がある。正直なところ役に立つ結界は彼女が張ったものだけだった。
「私が張った結界は特に綻びも無いし、このままで問題ないわね。早速、フレドが通り抜けられるように彼の魔力を組み込もう」
セレスティアはフレドリックが纏うオーラを思い浮かべ、魔法文字に変換していく。次に真っ赤な結界にその文字を転写。最後にフワッと魔法文字は発光して結界の中へ溶け込んだ。これでフレドリックの転移魔法がこの結界に弾かれることは無くなった。
「だけど、問題はこれね・・・」
頭上に紫色の鎖が何本もユラユラと浮遊している。
(ヘビみたいで気持ち悪っ!!)
これは明らかに侵入者を捕縛するための結界だ。趣味の悪さからして、現教皇が施したものと見て間違いないだろう。しかも、本人(皇宮に軟禁中)と紐づいてもいない。狡賢くて呆れる。
(本当に悪趣味な魔法だわ・・・。一応、破壊しておこう。仮に現教皇じゃない人が施したものだとしても、もう死んでいるだろうから問題ないだろうし・・・)
指先を絡め、神聖力で聖剣を権現させた。彼女は聖剣を握り直し、紫の鎖に向けて一振りしてみる。グオーという風を切る音と共に衝撃破が飛び、一つ目の鎖は粉々になった。
(おおおお!ヨミが当たった。鎖だから切った方がいいような気がして、何となく聖剣が効きそうだと思ったの。よし、この調子で切っていくわよ!!)
セレスティアは浮遊している紫の鎖を次々に切って砕いていく。しかし・・・。
「待って!!このペースじゃ全然減らないのだけど!!ああ、もう面倒だわ」
手に持っていた聖剣を宙に投げ、夥しい数の光の矢に変化させた。彼女はそれを紫の鎖へ一気に放ち、次々と命中させていく。――――光が降り注ぐように放てる矢は、剣で斬るよりもかなり効率が良かった。その結果、紫の鎖はすべて消滅。大成功だ!
(光の矢、我ながらいい考えだったわ。これで結界に関する問題は解決したから、フレドへ『転移魔法で大聖堂と行き来出来るようになりました』って、お手紙を飛ばしておこう)
セレスティアは閉じていた瞼をゆっくりと開けると、フレドリックへ送る手紙を書くため、足早に大聖堂を後にした。
―――――――
「陛下、至急の連絡があります!!」
部屋の外から声がする。深い眠りに落ちていたフレドリックを夢の谷から引き上げたのは第一騎士団の団長ノルトだった。
――――フレドリックはガウンを羽織り、ドアへ向かう。
「何が起こった?」
ドアを開けながら、ノルトへ問う。
「お部屋に入っても?」
ノルトの一言で口外出来ない案件だと気付く。――――フレドリックは彼を部屋へ入れて、ドアを閉じた。
「陛下、現在時刻は午前二時を過ぎたところです。今回の・・・・」
彼が報告を始めたところで、部屋に閃光が走った。二人で身構えると一通の手紙が宙から舞い降りて来る。
フレドリックが警戒しながら、床に落ちた手紙を拾うと封筒の裏にセレスティアと書いているのが見えた。これは後で構わないだろうと一旦、テーブルへ置く。
「この手紙は危険なものではない。報告の続きを」
「はい、先ほど皇宮に軟禁している教皇が苦しみだしたと護衛から連絡が入り、確認して参りました。私が到着した時には吐血しており・・・」
「ちょっと待て、どういうことだ!?病気か?」
「いえ、まだ原因は分かりません。ですが、かなり苦しんでいらしたので皇宮の侍医を呼びました。いま治療に当たっていると思います。陛下、様子を見に行かれますか?」
ノルトはフレドリックの返事を待つ。フレドリックは嫌な予感がした。――――
不自然なタイミングで手紙が届いたからだ。しかも送り主はセレスティアである。教皇と何か関係があるかも知れない。
「ノルト、少し待ってくれ。今届いた手紙を確認する」
「はい」
フレドリックはセレスティアから送られて来た手紙の封を切る。驚くことに強い防御魔法が付与されていた、これはフレドリック以外の者が中を見ようとしても決して叶わないだろう。
彼女の底知れない能力に少し動揺したが、先ずは内容を確認しなければならない。便箋を開いて、文面を辿っていく。
「―――――ノルト、教皇が苦しんでいる理由が分かった」
「はい?」
「内容はまだ言えないが様子を見に行く!」
フレドリックはガウン姿のまま、ノルトと共に教皇の部屋へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます