第16話15 大聖女は祝福を受け取ります 上
朝霧に包まれたイーリスの泉のほとりでフレドは困惑する。しばらく待っているのに長老ウサギのモリ―が姿を現さないからだ。ここで待っていても埒が明かないので、周辺を見て回ることにした。
歩いていると先日、この森に侵入した五人組のことが思い浮ぶ。結論から言うと彼らは賊でも何でもなく、セレスとも全く関係なかった。
彼らの正体は、生物の生態に関する研究者グループで、近くの山間で光り輝く蝶が飛んで行ったという目撃情報が入り、調査目的で歩き回っていたのだという。そして、無意識のうちに禁足地ノキニアの森へ踏み入れてしまい、拘束魔法で縛られたらしい。
彼らは身元もしっかりしており十分に反省していたため、今回は厳重注意で終わらせた。皇帝陛下が話を聞いてくれるなんて!と彼らが驚いていた顔が印象的で忘れられない。別にフレドは誰も彼も殺すわけではないのに・・・。
太古よりノキニアの森は禁足地と定められている。この森の主が認めた者しか入ることが出来ない神聖な地。何がいてもおかしくはないだろう。ただ、それを調べる権利が人間側には無いということだ。
フレドはこの森の秘密やモリ―達の存在を深く追求するつもりはない。程ほどの関係が互いにとって丁度良いと考えているからである。考え事をしているうちに先日、セレスとモリ―が戯れ合っていた場所へ辿り着いた。
――――と、そこで目に入ったのは・・・。
「モリ―、何をしている?」
茶色い革張りの箱の上でモリ―が眠っている。フレドが声を掛けたので、彼はモゾモゾと身動ぎを始めた。
「――――。あ、あああ、皇帝陛下!!」
瞼を開けたモリ―は大声を出して、ピョンと高く跳ね上がった。
「ああ、驚かせてすまない。おはよう、モリ―」
「お、おはようございます?皇帝陛下。随分とお早い時間にお越しで・・・」
「それは何だ?」
フレドはモリ―の質問には答えず、彼の下にある箱を指刺す。
「これはセレスさまからお預かりいたしました」
フレドはもしかして・・・と閃く。――――「セレスは仲間と壁の中を調べたのか!」と。
「で、セレスは?」
「お急ぎとのことで直ぐに帰られました。私は言われた通り、こちらをお守りしております」
「なるほど・・・」
この箱に何が入っているのか、とても気になる。だが、勝手に見るわけには行かない。どうしようかと腕を組み、空を仰いだ。
その時、背後に気配を感じる。フレドがシュっと素早く振り返ると、セレスがフワッと着地したところだった。
「・・・・・・」
「――――あ、お、おはよう!フレド!!」
セレスは焦る。大聖堂に戻り、急いで箱を確認しようと戻って来たところだったからだ。
「セレス。転移魔法が出来るのか?」
(ああああ!見られてしまった!?これ下手に言い訳しない方がいいよね?)
フレドに両肩を掴まれ、逃げ場のないセレスは正直に頷いた。
「魔法は少しだけって言っていたから、驚いた・・・」
「うん、色々は出来ないのは本当よ。だけど、この時間に歩いて来るのは不用心だし」
「ああ、そうだな」
セレスはそこで彼の背後にモリ―がいることに気付く。
(えっ!?モリ―があの箱に座ってる。ということは、フレドも見たってことよね、この箱を・・・)
フレドの横を通り抜け、セレスはモリ―の前で膝を付いた。
「モリ―、おはよう」
モリ―はこくんと頷く。
「守っていてくれたの?」
今度は、二度頷いた。正解のようだ。
「ありがとう!!」
セレスはモリ―の頭をグルグルと撫でる。フレドはその様子をセレスの後ろから眺めていた。
「セレス、その箱は壁から取り出したのか?」
「――――そう。仲間たちが協力してくれたの。フレド、助言してくれてありがとう」
「いや、俺は何の役にも立ってないから」
フレドは本心を告げる。セレスはすくっと立ち上がり、フレドの方へ振り返った。
「違う!!役に立ってないなんて言わないで!私はフレドをとても頼りにしているの!!今までの私は職場に不満があっても、自分で改善しようと思わなかったわ」
彼女の勢いに押され、フレドは後退る。
「フレドがいっぱい話を聞いてくれて、的確なアドバイスをくれたから、これを手に入れることが出来たの!!だから、そんな顔をしないで!!」
セレスは背伸びをしてフレドの頬を両手で包み込んだ。フレドは手のひらから伝わってくる心地良いぬくもりに身を任せて瞼を閉じる。
(前回、フレドは私と一緒に行くと何度も言ってくれたわ。それがとても嬉しかった。もう十分、私を助けてくれているのに自分を責めないで・・・。それにしても、また疲れが溜まっているみたいね。気付かれないように回復を・・・)
フレドはセレスを抱き寄せた。彼女のぬくもりが疲れを癒していく。体力が回復するのはイーリスの泉のお陰ではなく、彼女の存在だったのかも知れないと気付いた。
フレドへ背後から声ではない声が聞こえて来る。
『皇帝陛下、私は任務が終わったので去ります。御用の際はお呼びください』
『分かった。モリ―、ありがとう』
フレドとモリーはセレスに聞こえないよう心の中で話した。
(フレドを回復させた後、あの箱はどうしようかしら。ここで開封する?帳簿が入っているだけなら、フレドが見ても別に問題ないわよね。流石に帳簿を読むなんてことは出来ないだろうし・・・)
帝国内で文字の読み書きが出来るのは約半数である。その読み書きが出来る者たちのほとんどは国の機関や学校、大きな商家や医療機関などで働く。農場見習いの彼が文字の読み書きを出来る可能性は極めて低い。
「セレス、モリ―は帰って行った。あの箱はどうする?」
フレドはずっと中身が気になっている。一刻も早く、彼女を苦しめる雇い主を懲らしめたいと思っているからだ。
「開けて中を確認するつもりよ。フレドも見る?」
「ああ、見たい」
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