第17話16 大聖女は祝福を受け取ります 下

 二人は箱を持って、イーリスの泉のほとりへ移動した。


「まずは開くかどうか、箱の状態を確認して・・・」


 セレスは箱を撫でながら、こっそりと神聖力を流す。予想通り、この箱は光魔法で封印されていた。ただ、このくらいの封印なら、セレスは難無く開けることが出来る。――――問題はフレドに気付かれないように開けなければならないということ。光魔法は一般的ではないからだ。


(フレドが私の魔法に違和感を持つ可能性は十分あるわ。そして、その源が神聖力と気付いたら・・・。そもそも神聖力を持っている人は少ない上、大体、大聖女や神官の職に就いているから、簡単に私の職業はバレてしまうでしょうね。だから彼の目の前で大掛かりな魔法は使いたくないのよ。ケーキを切るくらいなら、ともかく・・・。――――先程、転移して来たところを思い切り見られたけど、あれは発動後だったからセーフ?セーフよね??)


「フレドは何故、こんな早い時間にここへ来たの?」


(会話をしながら気を逸らしてみよう。上手く行くかな・・・)


「あ、ああ、それは・・・」


 フレドは成り行きで大聖女と婚約してしまったことを思い出し、言葉に詰まった。セレスへ経緯を説明しようにも、身分を隠して変装までしているという状況である。今更、『俺はこの国の皇帝だ!』と彼女に言っても『どうしたの、大丈夫?疲れているの?』と心配されて終わりそうだ。結局、セレスには何一つ本当のことは言えない。また嘘を重ねてしまうのかと罪悪感が湧き上がって来る。


(あっ、動揺している?理由は分からないけど、今のうちに封印を解こう!!)


 セレスは箱に神聖力を流し込む。一瞬で、封印は消え去った。


(よし!成功!!)


「――――徹夜でしないといけない仕事があって、それがひと段落したから休憩するために来た。ここで休むと身体が楽になるから」


 セレスはドキッとした。真実、彼の身体はここに来るたび回復している。その理由は、セレスが勝手に神聖力を彼の身体へ流し込んでいるからだ。それもかなりの量を・・・。


(私の仕業だと思われないよう、今後も慎重にしないといけないわね)


「フレドは本当に働き過ぎよ。私と箱を開けるより、少しでも寝ていた方がいいんじゃない?」


 セレスは天然のカーペット(草)を指差す。


「いや、寝ない。セレスの方を優先する」


 キッパリと言い切ったフレド。セレスは笑いが込み上げる。


「ウフフッ、ありがとう。では、開けますよ~」


 セレスはギシギシと錆びついた蝶番を小刻みに揺らしながら、蓋を開いて行く。


「・・・・・」


「セレス、これは・・・」


 箱を開けると中には繊細なレースで作られた真っ白なベールが入っていた。その上に白いカードが一枚乗せられている。


「これ、――――帳簿じゃないよね?」


「ああ、帳簿ではないな」


 セレスはカードを手に取る。見たことも無い文字が記されていた。


「――――古代文字か」


 フレドは横からカードを覗き込む。


「もしかして読めるの?」


「少しなら・・・」


(危なかった!フレドは文字が読める!!しかも、古代文字!?彼は何者なの。こんなに優秀な人が農園で見習い?一体、どんな農園!?――――もし、この箱の中身が帳簿だったら、私が大聖堂で働いているって、即座に知られるところだったわ。ふぅ・・・)


 『いやいやいや、農園の見習いが古代文字を読めるはずがないだろ!』とフレドは己に向かって、ツッコミを入れる。しかし、口に出してしまったからには、堂々としておくのが一番。幸い、古代文字を読めるとフレドが口走っても、セレスが怪しんでいる雰囲気はなかった。


 セレスからカードを受け取り、フレドは文字を読み上げる。


「『我がいとし子よ。婚約おめでとう。ささやかな贈り物。末永く幸せに。イーリス』と書いてある」


「――――どう見ても、かなり昔のものよね?」


「ああ、そうだろうな」


 セレスは背筋がゾワッとした。イーリスといえば、この泉の名にもなっている初代大聖女の名である。別名、大預言者イーリス。彼女は『イーリス記』という有名な預言書を残した。その『イーリス記』は、記されている未来の内容があまりにも正確過ぎると危険視され数百年前に禁書となった。もう見る事も叶わない幻の書だが、その存在はこの国の者なら誰もが知っている。


 そんな大預言者から、このタイミングで、『婚約おめでとう』なんて言われたら恐ろしくて堪らない。


(カードに星がひとつ描かれていたわ。――――気付きたくなかった・・・)


 これは間違いなく、セレスのミドルネーム『ステラ・星』のことだろう。


(私が大聖女であることも、死神皇帝と婚約したことも、フレドは知らないわ。この『我がいとし子』とか『イーリス』が何を指しているのかなんて、彼は想像も付かないでしょうね。――――それにしても怖っ、とにかく怖っ、時を超えての祝福なんて、そんなことある?しかも、イーリスさまは私と死神皇帝との婚約を祝福しているし・・・。出来ればフレドとのご縁を応援して欲しかったわ!!)


 セレスは何か考え事をしているようだ。フレドは箱の中のベールを慎重に取り出した。両手で広げ、宙に透かしてみると緻密なレースの柄が浮かび上がる。――――ああ、これは素晴らしい。長い年月を経たとはとても思えない。この柄は天体を模しているのだろうか?手触りも滑らかで最高級のシルクを使っている。例えば、皇族が結婚式で身につけるようなレベルの・・・。


 セレスが花嫁衣裳を着た姿を想像してみる。きっと女神のように神々しいだろう。――――そんなことを考えていると、この美しいベールを愛しい彼女の頭上につい被せてみたくなった。


 ふわり。


 何かを被せられたと気付いたセレスは徐に顔を上げる。彼女のプラチナブロンドの髪とベールが重なるとイーリスの泉のような七色の輝きを放ち出す。神々しいセレスを間近にしてフレドは息を呑んだ。あまりに似合い過ぎていて、このベールは彼女のために作られたのではないか?と勘違いしてしまいそうになる。


 上目遣いのセレスと目が合った。彼女の艶っぽいルビー色の瞳に吸い込まれていく。フレドの体の奥底から熱情が込み上げて来る。これは抗わなければならない感情だ。今の二人は友人なのだから・・・。『いや、そんなの無理だ!!もう我慢出来ない』と素直な心が言い返してくる。どうしたら良いのかが分からず、胸が苦しい。フッと僅かに気が緩んだ瞬間、理性のカギが粉々に砕け散る音がした。己の心はこんなに脆かったのかと負けを宣言しなければならない。


 セレスの頬へ手を添え、フレドは顔を近づけていく。互いの吐息を感じる距離に・・・。


「ストップ!」


 セレスは両手でフレドの口を塞いだ。フレドはハッとした。『今、何をしようとした!?』と己の身勝手な行動にショックを受ける。


「フレドー!ダメよ!!こういうことは恋人同士がすることなのよ!!」


「――――すまない。セレスが余りに美しくて・・・」


(そんな真っ直ぐに見詰めて、甘い言葉を吐かれても、私はもう応えられないのよ・・・)


 本音をいうなら婚約なんかしてなければ、フレドとキスしたかった。だけど、もう彼のことをどんなに好きになっても気持ちは伝えられないし、受け取れない。


「誉めてくれてありがとう。えーっと、このベールはどうしようかな・・・。帳簿じゃないのなら、雇い主を告発することも出来ないよね。持って帰って他の人に見られてもマズいことになるから・・・。もう一度、モリ―に・・・」


「セレス、これは俺に預からせてくれないか?古代の物に興味があるんだ」


 勿論、これは真っ赤な嘘だった。単純に中身を検証し、セレスの職場を割り出そうと考えているだけである。


「まあ、フレドなら信用出来るから・・・」


 セレスはベールを畳んで箱に入れると、蓋を閉めてフレドへ渡した。不審に思われないよう封印は解いたままにしている。


「責任を持って預かる。必要な時は言ってくれ」


「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします!」


 セレスはニコっと笑顔を見せる。フレドは先ほどの愚行を思い出してしまい、上手く笑顔を作ることが出来なかった。事情があるとはいえ、婚約者がいる身になったのである。軽率な行動をしてはならないと気を引き締めた。


「――――そろそろ戻る時間だから、俺は帰る。セレスは?」


「私も朝の仕事があるから帰るわ。次はいつ会える?」


 二人は次の約束を交わし、解散した。



 

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