第14話13 大聖女は五人の聖女に感謝します
「大聖女セレスティア!!教皇様からお呼び出しだ!!」
「大聖女セレスティア!!何処にいるのです!!」
「大聖女セレスティア!!寝ているのですか!!」
聖女たちが暮らす石造りの寮に男たちの大声が響き渡った。言うまでもなく、耳障りな三大神官の声である。
(こんな真夜中に呼び出し??一体、何事なのよ・・・。あーっ、もしかして!?)
セレスティアはこの箱を石壁から取り出したことが原因かも知れないと閃いた。
「大神官たちが来たのは、この箱を持ち出したのが原因かも知れません。皆さん、急なお願いだったのにお手伝いしてくれてありがとう。どうぞ急いでお部屋へ戻ってね。私は安全な場所に箱を置いてから、私室へ戻ります。では、おやすみなさい」
一方的に伝えたいことを早口で捲し立て、セレスティアは五人の聖女の前から姿を消した。
「えっ、セレスティアさま!!」
「マリアンナ、声・・・」
ルーチェは慌てて彼女の口を手で塞いだ。今、この瞬間も三大神官の叫び声が辺りに響き渡っている。大聖堂の森に囲まれているため、周辺に迷惑を掛けるということはない。しかし、三階で生活をしている聖女見習いの耳には彼らの声がしっかり届いていることだろう。そろそろ、何事だろうかと寝台から起き出して、様子を窺いに来る者がいるかも知れない。
「セレスティアさまの指示通り、私達は部屋へ戻りましょう。リナ行くわよ」
サーシャは一番年下のリナの手を握って足早に歩き出した。
「そうね。あいつらのことだから建物の中へ入って来るかも知れないわ。急ぎましょう」
アメリアも同意し、マリアンナ、ルーチェと共にサーシャたちを追った。
―――――
セレスは箱を抱えたまま、ノキニアの森へ転移した。いつもの場所に降り立つと即座にうさぎのモリ―がピョンと現れる。やはり、このウサギは只者ではない。
(フレドと仲良しな上、この森で一番賢いウサギさんだから、信用していいわよね?)
「こんばんは、モリ―。こんな真夜中にごめんなさい。お願いがあって来たの」
モリ―は大きく頷いた。
「ええっと、この箱を預かって欲しいの」
セレスはウサギの前に箱を置く。モリ―はピョンとその箱の上に飛び乗るとセレスに向かって二回頷いた。
「ありがとう。急いでいるから、もう戻るわね。おやすみなさい」
手を伸ばしてウサギの頭をやさしく撫でた後、セレスはその場から姿を消した。
―――――
セレスティアが私室へ戻ると、ドアが激しく叩かれていた。
(ああ~、とうとう待ち切れなくて、建物の中に入って来たのね。この寮は男子禁制なのに・・・)
「大聖女セレスティア!!!着替えているのか?」と、大神官アマル。
「大聖女セレスティア!私たちを待たせるとは何様だ!」と、大神官ユーティス。
「大聖女セレスティア、教皇様に反抗するのですか?」と、大神官ナイル。
三大神官たちセリフを聞いて、セレスティアはドアを開けるのが心底嫌になった。しかし、彼らがここに来た理由が分からない以上、いつも通りの対応をするしかないだろう。セレスはドアをゆっくりと開いた。
「――――こんな真夜中に何事でしょう」
眠そうな声を演じる。
「教皇様があなたをお呼びです。私達について来てください」
「明日の朝ではダメなのでしょうか・・・」
目を擦りながら抵抗してみた。
「いいえ、今すぐ皇都の本部へ向かわなければなりません。いますぐ私達と一緒に来なさい」
大神官ナイルは笑みを浮かべている。目が笑ってないのが怖い。
(――――仕方ないわね。行きますか・・・)
セレスティアは無駄な抵抗はせず、三大神官の後についていった。そして、大聖堂の前に用意されていた馬車へ乗り込んだ。大神官アマルが言うには皇都の教団本部で教皇がセレスティアを待っているらしい。
(何故、この三人と一緒に馬車で行かないといけないの・・・。しかも、教皇様が私を呼び出した理由も知らないみたいだし)
セレスは窓側にもたれ掛かり、目を閉じた。彼らと会話をするのは苦痛だからだ。すると、心地よく訪れた眠気と共に先ほどの出来事が脳裏へ浮かんでくる。
―――――
真っ暗な部屋に人影が三人。既に日付は変わり、建物の中はしんと静まり返っている。気を付けないと足音どころか衣擦れさえも響いてしまいそうだった。
――――ほんの十分ほど前、セレスティアはマリアンナの部屋に集まった聖女たちにお願い事をした。「事務室で発見した怪しい壁を調べたいの。皆さんの力を貸してくれないかしら?」と。すると彼女たちは理由も聞かず、二つ返事で了承してくれた。話が予想よりも早く進んでしまった結果、セレスティアは自分の給金が銀貨一枚だという話をするタイミングを失ってしまう。
(仲間としっかり話しなさいってフレドに言われたけど、全然上手く出来なかったわ。だけど、細かなことは抜きにして聖女たちが協力するって言ってくれたのはとても嬉しかった。こんな面倒なことに巻き込んでしまって本当にごめんなさい)
一方、五人の聖女たちは憧れの大聖女セレスティアが自分たちを頼ってくれたのが嬉しかった。だから今、やる気満々でこの場に立っている。
以前から、五人の聖女たちはセレスティアのことをいつも見ていた。彼女がベリル教団からいい様に使われているということも知っている。だからこそ突然、真夜中に現れた大聖女セレスティアが口にしたこのお願いにはきっと深い意味があると彼女たちは察していた。
「セレスティアさま、怪しいのはどの辺りですか?」
マリアンナが小声で聞く。真っ暗な室内にいるのは彼女とサーシャとセレスティアの三人だ。先程、移動中にサーシャは貴族なのだとマリアンナが話してくれた。サーシャはレヴァン伯爵家のご令嬢で兄が二人おり、父親は皇宮で文官の仕事をしているのだとか。また彼女は五人の聖女の中で一番賢く世間のことにも詳しいのだという。
「あの本棚の裏なのだけど・・・」
「本棚を動かしますか?」
サーシャは本棚の右に回り込み、ギューっと力を込めて本棚を動かそうとしたが、ビクともしなかった。
「とても重いです。動かせません」
弱気な声が暗闇から聞こえて来る。
(そうね。これを力技で動かすのは無理だと思うわ)
「私が神聖力で持ち上げるから、手前に誘導してくれる?」
「――――え?神聖力!?」と、サーシャ。
「セレスティアさま、神聖力でそんなことが出来るのですか?」
マリアンナが怪訝そうな声で聞いて来る。
「ええ、出来るけど・・・。もしかして、私がおかしいのかしら?」
「はい、私達はそんな芸当は出来ません」
サーシャが力強く答えた。少し声が大きくてヒヤヒヤする。
「サーシャ、声っ!!」
マリアンナは透かさず注意を入れる。事務室から大声がしたら、廊下で見張りをしている三人が心配して飛び込んで来るかも知れないからだ。
(うーん、神聖力を持っていても、人それぞれなのね)
「では、今から本棚を浮かすわね、ふたりとも見ていて」
セレスティアは指先から淡い光を帯びた神聖力を放ち、本棚を包み込んだ。そして、その場でふわりと浮き上がらせる。サーシャとマリアンナは各々、本棚の両サイドを手で持ち、空いている場所へふわふわと浮いている本棚を押して移動させていく。
置き場が定まったところで、セレスティアがゆっくりと音を立てないように本棚を床へ下ろしていく。作業が終わるとマリアンナが興奮しながら、セレスティアに囁きかけて来た。
「キレイですね!キラキラ光る神聖力なんて初めて見ました!!」
「え?」
(初めて見た?ええっと、マリアンナさんも普段、使っているのでは?)
セレスティアは困惑する。光らない神聖力を見たことがないからだ。神聖力を使った魔法を光魔法という学者もいるし、古代より書物にも記されている。自分の認識がおかしいということはないと思うのだが・・・。
「マリアンナ、それを言ったら・・・」
サーシャが、ボソッと呟く。
「サーシャ、いい機会だから、カミングアウトした方が良いと思うわ!!セレスティアさま、私達聖女五名、そして、聖女見習い十名は誰一人、光魔法が使えません!!」
「え、ええええ――――!!!」
セレスティアの大声が廊下へ響き渡る。とても信じられない話だった。出来れば嘘だと言って欲しい。
(というか、光魔法が出来ない聖女ってどういうこと?神聖力が少ないってことなの?確かに私は神聖力が強くて大聖女に選ばれたけど、そんなに差があるものなの!?)
頭の中でグルグルと疑問が渦巻く。
「大丈夫ですか?」音を立てずにドアを開け、最年少聖女のリナが入って来た。
「アメリアとルーチェが見て来なさいっていうから・・・」
小柄なシルエットの彼女はか細い声を出しながら、暗闇を見回しているようだ。セレスティアは自分の出した大声が原因だと、そこで気付く。
「ごめんなさい。少し取り乱してしまいました。アメリアさんたちに大丈夫だと伝えてください」
「――――分かりました」
リナは再び音を立てずに部屋から出て行った。
「ごめんなさい。再開しますね。本棚の壁の裏に空間があるので、一時的に穴を開けます」
「一時的に壁に穴を開ける?」
サーシャが呟いた声が聞こえたが、セレスティアは返事をするのは後にし、壁に手のひらを当てて空洞の場所を探る。
(ここから幅一メートルくらいね。奥行きも結構ありそうだわ)
暗闇に光り輝く長方形が石壁に描かれた。切り取った壁は当然石なので重い。音がしないよう、ゆっくりと浮遊させて床へ下ろす。壁の中を照らすため、指先に明かりを灯した。その腕を伸ばして、中を照らすと・・・。
「何かあるわ。――――これは箱?取り出して見るわね」
セレスは壁の中にあった空間から一つの箱を取り出した。両手で持てるくらいの大きさでそんなに重くはない。
「まさか、呪いの箱とかじゃないですよね?」
マリアンナが声を震わせる。
「大丈夫よ。そういう気配は感じなかったから」
安心させようとセレスティアが答えると同時に入口のドアが勢い良く開いた。
「外から声がしました。撤収した方が良さそうです!!」
アメリアの声・・・。
――――と、そこで肩を強く揺さぶられた。
「大聖女セレスティア、本部へ到着しました。起きて下さい」
いつの間にか眠っていたようだ。セレスティアはゆっくりと瞼を開け、のんびりと伸びをしたところで大神官ナイルに急かされる。
「早くしなさい。教皇様がお待ちなのですから!!」
「――――はい」
セレスティアは三大神官以上に曲者の教皇様と会うのは億劫だなと思いつつ、馬車から降りた。
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