第13話12 死神皇帝は大聖女に興味がないようです
夕刻の執務室。休憩を終えて戻って来たフレドリックの様子がおかしい。机に頭だけを乗せてブツブツ何かを呟いている。
「陛下、お伝えしたいことが二件あります」
「・・・・・」
「陛下。大丈夫ですか?」
フレドリックは僅かに頷いた。上司の謎に満ちた態度。これは一体、何事なのだろうか?だが、それよりも急いで伝えないといけない案件がある・・・。ここは心を鬼にし、側近ではなく友人としてハッキリと言うしかない!!
「ああもう!!フレド!!何なんだ!?グダグダせず、しっかりしろ!!急ぎの案件が入っているんだよ。このまま話していいか?」
「―――――頼む」
「はあ~、何があったのかは知らないが、新しい側近が入って来たら、こんな態度は絶対したらダメだからな。それと会議で自分のことを『俺』って言うのは辞めろ。バカにされるぞ。ちゃんと『私』と言え!!」
「――――分かったから、急ぎの案件・・・」
注意をしても聞いているのだかどうだか分からないが、ミュゼは報告を始めた。
「先ほど、ベリル教団の金銭に関する摘発書類をロドニー伯爵が持って来た。摘発書類の作成者はペイトン侯爵とロドニー伯爵の連名になっている。中にはザクセン伯爵、ムルチェスク子爵など多数の貴族の情報が書かれていて・・・。ほら、サッサと顔を上げて、内容を確認してくれ!!」
机の上にバン!とミュゼは書類を叩きつける。「分かった・・・」とフレドリックは気だるげに顔を上げた。
フレドリックは書類を手に取り、目を通していく。
ペイトン侯爵とロドニー伯爵が取り纏めた書類には多くの貴族の署名があった。内容は昨年一年間に、各々がベリル教団へ寄付した額の記載とこの合計が毎年、教団が国へ報告している寄付額を遥かに超えていることを指摘するものだった。
加えて、内部告発により不当な給金で働かされているという証言も得ているとのこと。ここまで証拠が揃えば、幹部が金銭を横取りしているのは間違いなさそうだ。目星を付けていたとはいえ、予想通りの展開と結末を迎えそうで虫唾が走る。
「どいつもこいつも、雇っておいて不当な給金か。酷い話だな。―――それにしてもロドニー爺さん、この人数から寄付額を聞き出したのか?大体、貴族が貴族に大聖堂へいくら寄付したとか、プライドがあるから中々教えてくれないだろうに、凄いな・・・」
フレドリックはボソボソと呟く。
「えっ?何?」
「いや、何でもない。第一騎士団にベリル教団幹部の一斉捜査をする許可を出そう。壁の中まで調べろと伝えておけ」
調べるというフレーズで、ついセレスのことが思い浮かんだ。『壁の中』云々は念のために付け加えておく。
「壁の中?何か意味があるのか?」
「見える場所だけとは限らないからな」
「分かった。伝えておく」
ミュゼはサラサラとメモを取り、自分の机に置いた。
「急ぎはこれだけか?」
「いや、もう一件ある。多分、こっちの方が厄介・・・」と言って、ミュゼは一通の手紙をフレドリックに手渡す。
「あーあ、これは・・・」
上質な紙で出来た封筒を裏返すと見覚えのある紋章が押された封蝋が目に入る。フレドリックは引き出しからべーパーナイフを取り出し、ザクっと切って開けた。
手紙はガルシア王国の国王からだった。『我が息子、第三王子ライルがカミーユ・ロードス帝国の大聖女殿を娶りたいと言い出した。しかし、この件を私は許可しないと断言する。安心して欲しい。ところがひとつ問題が起きた。最近、大聖女殿に想い人がいるといううわさが巷で流れ、それを知ったライルが私を振り切って昨日、王宮から飛び出して行ってしまったのだ。後のことはフレドリック皇帝陛下へお任せする。ライルは好きなようにしてもらって良い。いつも愚息たちが迷惑をかけてすまない』と書いてあった。
フレドリックは内容が酷すぎて、頭痛がして来る。説明するのも面倒くさい。ミュゼにそのまま「読め」と言って便箋を渡した。
手に持った便箋の文字をミュゼの視線が辿る。だんだんと表情が険しくなっていく。
「後のことはよろしくお願いしますだと?はぁ?何、言ってんだ!?バカじゃ・・・・」
ミュゼがキレる。彼がキレてくれたお陰で、フレドリックは冷静さを取り戻した。ミュゼは一通り暴言を吐いた後、大きな深呼吸をして心を整える。
「――――これはいつ届いた?」
「小一時間前です。最速で明日には皇都に辿り着きますね。第三王子殿下は・・・」
「思ったより早いな・・・」
「そうですね。で、我が国の大聖女様はどうします?」
『大聖女様をどうします?』も何も、今は教団の不正を暴くことで忙しいのにどうしろというのか。フレドリックは窓の外から遠くの山を眺める。あの山のふもとはノキニアの森。山肌が赤く染まり、夕暮れの時を迎えている。セレスは無事に帰ったのだろうか。仲間と上手く話が出来るといいのだが・・・。
「殿下、一番簡単なのは横槍を入れておくことです。そもそも、大聖女様が結婚出来るのかどうか僕は不勉強で存じ上げませんが、取り敢えず、皇帝が婚約の申し込みをしている状態にしておけば、隣国の王子が求婚することは出来ません。陛下、この件は私が上手くやります。任せてもらっても良いですか?」
脳裏にセレスがチラつく。付き合っているわけでもない彼女に対して何故か、罪悪感が湧いて来る。
「俺は大聖女と婚約するつもりはない」
「もう、頭が固い!形だけだよ!!ライル王子殿下を国に追い返し、ベリル教団の不正を全て暴いた後、婚約破棄したらいいだろ!!時間がないんだ。僕に任せてくれ!!」
「――――分かった。任せる」
返事をしながら、ライルの怒り狂う様子が目に浮かんだ。別に結婚したいなら、周りに迷惑を掛けないよう王子の身分を捨てて好きにすればいい。正直なところ、フレドリックは大聖女に全く関心が無かった。ただ、この件も上手くやれば隣国にまた一つ貸しを作ること出来る。それはそれで悪くない。
その上、大聖女と婚約すれば、ガルシア王国の第二王女から付きまとわれる可能性も無くなる。そうだ!国王に第二王女を至急、他国へ嫁がせろと指示しよう。これでチャラにしてやると・・・。
黙り込んだ上司がニヤリと笑ったので、ミュゼはゾクッとした。この顔をしている時のフレドリックはロクなことを考えていないと知っている。
「陛下、どうします?いっそのこと、二つの件を同時に片付けちゃいましょうか?」
「ああ、それもいいな。結婚の申し込みで幹部を本部へおびき出してから突入させるか?」
「ええ、良いと思います。それにしてもベリル教団は皇帝から大聖女様へ結婚の申し込みが来るなんて、寝耳に水でしょうから物凄く焦るでしょうね」
ミュゼはクスっと笑う。
「よし、同時に片付けよう。第一騎士団と作戦会議をするぞ!」
「はい、承知いたしました」
――――午前0時、皇帝の使者と代理人が皇都にあるベリル教団の本部に赴き、皇帝が大聖女を妃に選んだと伝えた。その場で代理人が婚約に関する契約書へのサインを教団側へ求める。慌てた教団職員は幹部を呼び出した。
教団本部に幹部が集結した未明、第一騎士団による『ベリル教団幹部宅一斉捜査』が始まった。
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