第12話11 死神皇帝は我に返ります

 彼女の背を優しく撫でながら、諭すように語り掛ける。


「セレス、一人で怪しい壁の中を調べるなんて、無茶をしたらダメだ。どうしても行くと言うなら、俺が一緒に・・・」


 いざとなったら、この姿(変装している)のままで彼女に同行しようと、フレドは覚悟を決めた。


「――――うううん、大丈夫。無茶はしないと約束するわ。フレドは話を聞いてくれるだけで十分よ」


「いや、俺もついていく!」


「え、ええっと、本当に大丈夫だから!」


(フ、フレドを大聖堂に連れて行くわけにはいかないわ!?どうしよう。目が本気っぽい・・・)


 彼は真剣な顔でセレスを見詰めている。このままでは断り切れなくなりそうだ。


「それなら、君の雇い主が誰なのかを教えてくれないか?」


 フレドはセレスに顔を近づけ、少し動いたら鼻と鼻が触れてしまいそうな距離で聞いて来る。圧が凄い!!


(うわ~!?近い、近いっ!!あああ、ドンドン深みにハマっていく感じがする。本当にどうしよう。この状況でどんな説明をしたら納得してもらえる?でも、嘘を吐くのはダメだわ。取り返しがつかなくなってしまいそうだから)


「――――それは事情があって言えないの」


 セレスは嘘偽りない理由を口にした。これ以上ないくらいの本音である。


「事情か・・・。ならば、セレスの周りに信用出来る仲間は?」


 フレドの質問を聞いた瞬間、セレスの脳裏に聖女マリアンナたち(五人の聖女)の顔が思い浮かんだ。


(あの五人の聖女たちが私のことを仲間だと思っていてくれたら嬉しいのだけど、今まで、彼女たちと私的な交流をほとんどしてないから良く分からないのよね。そういえば先日、マリアンナさんは私のことを応援するって、励ましてくれたわ。多分、嫌われてはないと思うのだけど、どうかなぁ~)


「あのね、信用出来る仲間は五人いるわ。相手が私のことをどう思っているのかは分からないけど・・・」


 セレスは語尾を濁す。彼女は相手から自分がどう思われているのかを気にしているようだった。しかし、フレドはそんなことは気にしなくていいと思っている。普段、皇帝として部下に仕事を任せる時、相手が自分をどう思っているのかということより、自分がその相手を信じられるかどうかを大切にしているからだ。


「その中で魔法が使える者は?」


「―――――全員使えると思うわ」


 聖女たちは魔法使いと同じようなことが出来る。ただし、聖女たちは魔力ではなく神聖力を使う。


(これ、説明しなくてもいいよね?神聖力なんて言葉を出したら、直ぐにベリル教団の関係者だとバレてしまうもの)


 フレドはセレスの仲間が全員魔法を使えると聞き、全く別のことを考えていた。


 貴族が使用人として多くの魔法使いを雇う場合、いくつかの理由が考えられる。身辺警護が必要な身分の高い家門。国宝級の家宝などを所有する歴史のある家門。当主が国防などの任についており、敵が多い家門。はたまた、謀反を考えている奴らなど・・・。


 いずれにせよ、守りが堅い家門なら、セレスが雇い主の名を口に出せないというのも理解出来る。ただ、彼女の雇い主が国に対する謀反を考えている奴だった場合は、皇帝として無視するわけには行かない。


「セレス、その仲間たちは手を貸してくれそうか?」


「それは話をしてみないと分からないわ」


「――――そうか。もし、手伝うと言ってくれたら、一緒に壁の中を調べるといい。五人いれば見張りも立てられる」


 フレドリックはセレスの目を見て、ゆっくりと語る。――――犯罪になるから、事務室に忍び込むのは止めておけと彼女へ言わない自分に半ば呆れながら・・・。


「それに給金のことは使用人全員の問題でもあるだろう?一緒に行動した方が、話が早い」


「――――他のみんなの給金も銀貨一枚の可能性があるってこと?」


 セレスは自分のことしか考えてなかったので、フレドの発想に驚く。


(マリアンナさんの給金が銀貨一枚!?いつも可愛い私服を着て、お化粧もきちんとしているし、アクセサリーも・・・。それは無さそうな気がするわ)


 セレスは眉間に皺を寄せる。どう考えても、セレスより聖女たちの方がいつも小綺麗にしているからだ。


「どうした?」


「うーん、他の人の給金に問題が無かった場合はどうしようかなぁと思って」


「それはそれで大問題だな。その場合、雇い主はセレスだけを不当な条件で働かせているということになる」


「あああ、なるほど、そういうことになるのね」


(――――そこまで考えてなかったわ。聖女たちは可愛いからいいとして、三大神官の給金が多かったら、許せないかも)


 セレスは三大神官の顔が脳裏に思い浮かんで、イラっとした。


「分かった。仲間と話をしてみるわ」


「この件は今後も途中経過を教えて欲しい。気になるから・・・」


 セレスは大きく頷いた。フレドは二つ目のフロランタンを彼女から受け取り、ザクっと齧る。キャラメリゼの部分が香ばしくて旨い。何個でも食べられそうな気がする。


「セレス、今の職場に改善の見込みがない時は俺が仕事を紹介する。とにかく無理だけはしないようにして欲しい」


 フレドが願うことは一つだけだ。それはセレスが無事であること。


 変な職場に振り回されて酷い目に合わないよう、本当はそばで守りたい。だけど、セレスはそれを嫌がる。ああ、もどかしい。いっその事、今すぐ、彼女を皇宮に連れて帰り、皇宮の奥に閉じ込めてしまおうかと真剣に考えた。


「うん。沢山、心配してくれてありがとう!もし、今の職場を辞めるときは是非よろしくお願いします」


 自分勝手なことを考えていたフレドはセレスの言葉を聞いて、我に返る。彼女にとって、フレドはただの友人だ。出過ぎたことを考えるのは止めよう。彼女の希望することを手伝う。それでいいと己に言い聞かせた。


―――――


 セレスティアはその晩、マリアンナの部屋へ向かった。大聖堂付属のこの寮は三階建てで、大聖女セレスティアの部屋は一階にある。五人の聖女たちは二階。その他の見習い聖女たちは三階で暮らしている。大聖堂と同じく年季の入った石造りの建物で、夏でも夜は涼しい。


「なっ!!セレスティアさま、どうされたのですか!?」


「突然、ごめんなさい。少しお話があって来ました。今はお忙しいかしら」


 こんな時間(日付が変わりそうな時刻)に大聖女セレスティアが話をするために来たということは、一大事に違いないとマリアンナは慌てる。


「他の四人を起こしてきます!!」


 セレスティアの返事も待たず、彼女は廊下へ飛び出していった。


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