第10話9 死神皇帝は新たな一歩を踏み出す

 今までフレドリックは側近を育てた方がいいと誰かに言われても、適当に聞き流していた。それは先に片付けないといけない大きな案件があったからだ。


――――しかし、漸くその件は片付いた。ガルシア王国の第三王子ライルから父親である国王へ、フレドリックの託した書類が手渡され、正式なお詫びと賠償金についての書状が届いたからである。


 国王からの手紙には、首謀者の第二王子ゼーランスから王位継承権をはく奪し、王宮にて生涯軟禁とする刑を下したと記されていた。既に彼と悪巧みをしていた帝国内の貴族たちは逮捕している。後は、裁判を待つだけだ。それは法で正しく裁くということ。フレドリックが適当に犯罪者を殺して終わらせるわけではない。


――――と言い訳するのは、一連の事件に振り回されている間に新皇帝フレドリックには『死神皇帝』という不名誉な二つ名が付いてしまったからである。


『死神』とは、生命の死をつかさどる神。冥府の魂を管理する者。魂を奪い去り、死を与えるもの。


 国のトップが人々に死を与えるというイメージは絶対に良くない。皇帝唯一の側近ミュゼは、主のイメージを少しでも良くするにはどうしたらいいのだろうか?と、日々、頭を悩ませていた。当の本人はあながち間違ってないと、気にしていないのだが・・・。


「ミュゼ、ここに書き出している者たちを至急、召集しろ。今夜七時から会議をする。数日は掛かる予定だ。相応の準備をしてくるように伝えてくれ」


「――――え?」


 ミュゼはチラリと時計を確認する。今は午後三時を過ぎたところだった。恐ろしいほどの無茶ぶりで頭が痛くなる。無意識に親指でこめかみを押していた。


「『え?』じゃない。急ぎで頼む」


 更に圧をかけてくるフレドリック。急げと言われても、まだ誰に連絡を入れるのかも把握していない。それに数日かかると言うことは、皇宮内に人数分の部屋を用意しておかなければならないということ。脳内で段取りを考えるだけで、遠い目になる。


 混乱しているミュゼに召集リストを押し付け、フレドリックは自分の机に戻った。嫌々ながらも、受け取った書類に彼は目を通していく。


――――リストに書かれている名前を見ると法務大臣、内務大臣、国防・・・。癖の強い重鎮ばかりじゃないか!と叫び声が出そうだった。ミュゼは今すぐ倒れて三日間くらい寝込もうかなと真剣に考え始める。


「急ぎで新しい政策を進める。詳細は会議で話す」


「――――進める?検討ではなく!?それは・・・、また、唐突というか何というか・・・」


「ああ、大きな案件が片付いたからな。これからは帝国民の生活が豊かになる政策を進めていく」


 帝国民の生活を豊かにするためと言われたら、仮病を使うわけにはいかない・・・。ミュゼは腹を括る。


「――――分かりました」


「側近候補のリストも作ってくれ。空いた時間で面談をする」


「はい!!承知いたしましたー!!」


 側近候補という言葉を聞いて、あからさまにミュゼの声色が明るくなった。フレドリックは、彼の労働環境も早めに改善しなければと心に留める。


―――――午後七時、皇宮の会議室にこの国の重鎮が集められた。内務省、財務省、法務省、国防省の各大臣と補佐官、そしてロドニー伯爵である。


―――――


「オイオイ、偽貴族の商売人ロドニー爺さんじゃないか。何故、ここにいる?」


 会議を始める前から、余計な一言を口にしたのは財務大臣のコンラッド侯爵である。


「ロドニー伯爵は偽貴族ではない。コンラッド侯爵、口を慎め」


 部屋に入って来ながら、低い声を出したのは皇帝フレドリックだった。会議室の空気がピリッとする。


「はっ、失礼いたしました」


 若造め!と心の中では思っていても、相手はこの国の最高権力者である。コンラッド公爵は無駄に歯向かうほど愚かではなかった。彼が直ぐにお詫びを口にしたことで、場は落ち着きを取り戻す。


 そこでタイミング良く「では、皆様。これより緊急会議を始めます」と、ミュゼが会議の開会を宣言した。


 静かな会議室で、フレドリックが話し始める。


「皆に集まってもらったのは、我が国の新しい政策を進めるためだ。この一年は国賊の掃討に時間を費やした。これからは帝国民が暮らしやすい政策を進めていく」


 フレドリックは一人ひとりの顔をゆっくりと視線で辿っていく。彼らは一年前に急死した前皇帝の時代を知っている。前皇帝は良く言えばお人よし、悪く言えば流され易い性格で、野心的な貴族の傀儡となり国を混乱させた。フレドリックは彼のことを良い父だったと思っている。だが『皇帝としての彼をどう思う?』と聞かれたら、早めに死んでくれて良かったと答えるだろう。


「今までの政策は貴族が原案を出し、審議を重ねた上で実行するというやり方だったが、今後は原案にすくい上げる対象を広げる」


「――――具体的には?」


 内務大臣のダイム伯爵が質問した。


「俺が魔法を使えるということを皆も良く知っているだろう?」


 フレドリックの問いかけに全員が頷く。皇家の血筋に魔法使いが多いというのは有名な話だった。


「今後、俺が市井におりて見聞きし、必要だと感じたことも議論の対象として入れていく。そして、平民からの要望も受け付ける」


「陛下自ら、市井に行かれるというのは危険なのでは?」


 国防大臣のボッツァ伯爵は難色を示す。しかし、フレドリックは堂々と言い放った。


「今までも俺は度々、姿を変えて市井に下りていたが、特に危険を感じたことはない」


 会議場内がザワっとする。度々皇帝が街に下りていたという言葉に反応したのである。皇家一族はこの国で一番尊い存在であり、滅多に人前には出て来ないというのが世間一般の常識だ。ましてや平民と皇帝が直接言葉を交わすということなど、今までの歴史ではあり得ないことだった。


 それをフレドリックは日常的にしていると宣言したのである。


「陛下、それは・・・」


 ボッツァ国務大臣が何か言いたそうな顔をして、フレドリックを見詰める。彼とフレドリックは十年来の付き合いがあるのだが、初めて聞いた告白に衝撃を受けているのは間違いなさそうだ。


「今後も公正を期すため、俺は姿を変え様々な場所へ足を運び、民の話を聞く。これは俺が皇帝で在り続ける間、続けていく」


「陛下が直接出向いて、原案となるものを市井から探してくるという話は分かりました。ところで、民から要望を聞くというのは、どのようになさるのでしょうか?」


 ダイム内務大臣は話を簡潔にまとめた上で、フレドリックに尋ねる。


「皇帝宛に陳情内容を手紙で送るという方法を考えている。受け取った手紙の選別は側近と俺がする。空席になっている側近は月末までに決める予定だ」


「陛下は貴族を信じていらっしゃらないということですか?」


 法務大臣のベルモント侯爵が嫌味を込めた言葉を吐く。ミュゼはこっそりため息を吐いた。彼はこの中で一番の曲者だからだ。


「いや、違う。お前たちが仕事に専念しやすくするためだ。自分の名を書かれた陳情を目にしたら、先に根回しをしたくなるだろうからな、ハッハハハ」


 フレドリックは豪快に笑う。ベルモント侯爵はあからさまに嫌そうな顔を浮かべていた。


「今回は労働環境を改善する政策を打ち出す。今後、帝国民だけではなく我が国に移住して、働きたいと考える者が増えるくらい魅力のある内容にしたい。雇い主と使用人両方の意見を聞き、雇用関係の枠組みを決める」


「長期的な計画になりそうですな」


 今まで黙っていたロドニー伯爵が口を開く。


「ロドニー伯爵。貴殿の商売手腕は折り紙付きだ。この政策の顧問に任命したい」


 フレドリックがロドニー伯爵をこの場に呼んだ意味を全員が理解した。基本的に貴族は領地経営で税金を集めて生活している。平民と一緒に商売をしているロドニー伯爵は希少な存在だ。この政策を練り上げていくうえで、間違いなく適役だった。


「恐れながら、陛下。私は少し年を取り過ぎておりますゆえ。お役に立てるかどうかわかりません」


「どこが!?元気そうじゃないか」


「いえいえ、夜は眠たくなります。無理は出来ませぬ。つきましては、我が孫トレイシー・ロドニーを顧問にし、私が顧問補佐とするというのは如何でしょうか?付け加えておきますが、息子は家業を任せておりますゆえ、難しいかと」


 ロドニー伯爵は堂々と、自分は老人だからと孫を売り込んで来た。この御仁は、フレドリックとトレイシーが学園の同級生で気安い仲であるということも絶対に計算している。ロドニー爺さんの余りの狸っぷりに、フレドリックは油断したら笑ってしまいそうだった。


「分かった。ロドニー伯爵令孫を顧問。ロドニー侯爵は顧問補佐とする。ところでトレイシーは今、屋敷か?ミュゼ、呼び出しを・・・」


「陛下。トレイシーは皇宮に連れて来ております。直ぐに呼んで参ります」


 ニコニコと笑みを浮かべ、席を立つロドニー伯爵。かなり曲者だなとその場にいた全員が心の中で呟いた。






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