第2話1 大聖女は退職を希望しています
「陛下、戻られていたのですね」
「ああ、ミュゼ。他に怪しい行動をしていた者は居なかったか?」
「はいはい、チェックしております。こちらをどうぞ」
側近のミュゼは一枚の紙をフレドリックへ渡す。内容を確認すると副官メルビンと繋がっている家門のリストだった。
「今夜、このリストにある家門の当主たちを連行しろ。明朝、俺が直接尋問する」
「陛下、誰かに任せたらどうですか。お疲れでしょう?」
ミュゼは皇帝フレドリックが一年前に即位してから、昼夜を問わずに働き続けていることを心配していた。このままでは妃を娶る前に我が主は神の国へ旅立ってしまいそうだと。
「いや、まだダメだ。不正に手を染めている者の摘発がまだ終わっていない。誰かに任せて逮捕したら、いつの間にか釈放されているなんて間抜けな話になるぞ。そんなことになったら、ますます皇家を舐めてかかるヤツらの思う壺だ。信頼できる側近を揃えることも出来ていないこの状態では俺が無理をするしかない」
「確かにその通りですが・・・。ええっと、ここから言うことは親友として言わせてもらう。フレド、お前そんな生活をしていたら死ぬぞ!!少しは休め!!」
ミュゼが大声を出したので、フレドリックは目を大きく見開いて驚く。そして、ふぅと息を吐いてからこう言った。
「お前、彼女と同じようなことをいうのだな」
フッと笑みを浮かべるフレドリック。
「は?彼女!?何だよ、それ。お前とうとう幻でも見るようになったか?この宮には年配の侍女しかいないだろ。お前が使用人たちを一斉に解雇したことを、もう忘れたのか?」
「ああ、覚えている。お前が言うように幻でも見ていたのだろう。聞き流してくれ」
「はあ????大丈夫か、お前?」
混乱するミュゼを前にフレドリックは楽しそうにしていた。
―――――――
この国の大教団、ベリル教団の本拠地である大聖堂。ここはお金が全てだ。ご寄付の金額によって、お客様への接待方法もガラリと変える。
セレスことセレスティアはこの教団の大聖女だ。彼女は教団で一番の神聖力を持っている。だから、彼女に祈りを捧げてもらうには、それ相当のお金を積まなければならない。
「大聖女セレスティア、この後、カーブス商団のライル様がお見えになります。沢山のご寄付とご加護をお願いしますね」と、大神官のナイルが言う。
(何がご加護よ。お金をむしり取れということでしょ!)
「大聖女セレスティア、ライルさまの部下のナディアさまに第二祈禱室で祈りを捧げるようにとお口添えを・・・」
(出たわ!色狂いの大神官アマル。ナディア嬢をあんたなんかの生贄にすると思うの?案内なんて絶対しないわよ!!ああ、気持ち悪っ!!)
「大聖女セレスティア、何だ!その表情は私を誰だと思っているのだ。今月のノルマもこなしていないくせに偉そうにするな」と、大神官ユーティス。
(うっわー、神聖力も無い癖にプライドだけは高くて、ムカつく!!)
セレスティアは毎日この大神官三人からのウザい指令を聞かなければならないのである。これが苦痛で何度、聖女を辞めたいと思ったことか。本来、大神官は聖女たちのお世話をする立場なのに、彼らはそれを分かっていないのである。当然の如くセレスティア以外の聖女たちも、日々命令ばかりして来る彼らのことを嫌っていた。
(いつか絶対こんな仕事なんか辞めてやる!!ああ、フレドに会いたい。会ってあの穏やかな笑顔に癒されたいわ・・・)
脳内で現実逃避をして、今日も嫌味は乗り越えた。後は・・・。
―――――一時間後、大聖堂にカーブス商団ご一行が到着した。
「ごきげんよう。大聖女セレスティアさま」
黒髪を後ろで一つに束ねた精悍な顔立ちの青年が恭しく跪く。
「ごきげんよう。ライル団長さま。いつも、ベリル教団への多額のご寄付をありがとうございます。西の砂漠は如何でしたか?」
セレスティアは笑顔を張り付けて、語り掛ける。
「はい、セレスティアさまのご加護のおかげで今回も無事に旅を終えることが出来ました。本日はそのお礼とこちらの国の皇帝陛下に会いに行く前にご加護を賜りたく・・・」
「こ、皇帝陛下・・・ですか」
「はい、死神皇帝ことフレドリック皇帝陛下に謁見する予定です。どうぞ上手く行くようにお祈りしてくださいませ」
ライルは微塵も不安な素振りは見せず、笑顔でセレスティアに言う。死神皇帝と言えば、気に入らない者をその場で切り捨てるということで有名な怖い皇帝だ。世間に疎いセレスティアでもそれくらいは知っている。そんな危険人物の元へ何も知らなさそうな商人(お得意様)を向かわせても良いのだろうかと複雑な気分になってしまう。
(でも、私が引き留めるというのもおかしな話になってしまうし、ライル団長には今まで多額のご寄付をいただいてお世話になったけど・・・。もう二度と会えなかったり?いやいやいや、それは無いわね・・・。いや、あるかも???)
ここで突然セレスティアの脳裏に悪い考えが浮かんで来た。彼が皇帝に斬られて二度と会えなくなる可能性があるのなら、ここから逃げるためのアイデアを聞いてみても良いのではないかと。
(私が彼に聞いたという証拠を残さないためにも、死神皇帝に斬ってもらった方が都合が良いと言うか・・・。これって・・・、大聖女として、いいえ、人として失格と言っていいレベルの発想だわ)
「あの、お祈りの前に少しお話をしても宜しいでしょうか?」
「あ、はい。セレスティアさまからお話をしていただけるだなんて、光栄です!!」
(ああ、そんな澄んだ目で見ないで!!死ぬなら聞いてみようなんて思った私・・・。本当にクズだわ)
セレスティアは心の中で目の前の信者へ全力で懺悔する。しかし、聞きたいことは聞いておかなければならない。
「あの、わたくしの聖女仲間の話なのですけど・・・」
「はい、お仲間の方がどうかされましたか?」
「ここの仕事を辞めたいと相談されたのですが、過去に聖女が教団を辞めたという話を私は聞いたことがなくて。神官に相談すると不味いことになりそうですし、物知りのライルさまでしたら、何かいいアイデアをお持ちではないかと・・・」
セレスティアの相談を聞いたライルは、この相談は彼女の悩みだな?と勘づく。
「その相談者はこちらの聖女さまなのですよね?どこかの有力者に嫁ぐという方法は如何でしょうか?」
「嫁ぐ?」
「はい、嫁いだら聖女の仕事は出来ませんから」
(なるほど、聖女の乙女という条件が婚姻を結ぶことによって失われるということね。確かにいい方法だとは思う。だけど、その相手をどうやって見つけたらいいのかが分からないわ)
「分かりました。仲間に伝えておきます。いいアイデアをありがとうございます」
「いえ、良いお相手が見つかりますように」
「ありがとうございます。では、ご加護を施しますね」
お礼を告げた後、セレスティアはいつもの通り、ライルへ加護を与える。
彼らが去った後、いつもよりも多額のお布施をいただいたと大神官ナイルが小躍りしていたので、セレスティアはイラっとした。
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