第3話2 死神皇帝は癒しを求めています

 まだ夜も明けぬ暗闇の中、皇宮地下の牢獄では厳しい取り調べが執り行われていた。


 連れて来られた貴族は五名。いずれも隣国の間諜を皇宮に引き入れるという大罪に手を出した者たちである。この事件に関して彼らから言質を取り、他に余罪がないかどうかを確認していく。そして、これが終われば、即位してから一年に及ぶ腐敗政治を先導していた貴族たちとの戦いが終わる。


「黙っている者は生きて帰れぬと思え。お前たちは帝国民を何だと思っている?己の懐に金が入ればそれで良いと言うのなら、この国にお前たちは不要だ。俺は帝国民を蔑ろにしたお前達を決して許すつもりはない」


 愛用の大剣を軽々と片手で握り、彼らの前へと突き付けた。手足を拘束され、床に転がされている貴族たちはフレドリックの迫力に怯えているような素振りを見せている。その様子を壁際から、ミュゼが厳しい表情で見詰めていた。怯えているフリをして、相手が油断したところで隙を突いて来るというのは悪党たちの常套手段だ。だからこそ、ミュゼは彼らがおかしな行動をしないよう見守っている。


 また五家門の当主を皇宮に連行した時点で、彼らの仲間がここへ踏み込んでくることも予想していた。後がない彼らの仲間が、逆に皇帝を亡き者にして自分たちの手柄にしよう考えることぐらいお見通しだ。


 それも踏まえて、皇宮は侵入者が入り込みやすいようにワザと警備を緩めている。そして、あらかじめ配備しておいた三つの騎士団は息を潜めて、敵が皇宮の中へ攻めて来るのを今か今かと待っていた。


「お前達、ガルシア王国の第二王子ゼーランス。かの者を知っているか?」


 フレドリックが黒幕の名を口にすると、床に転がされている全員が見事に視線を明後日の方向へ外した。彼らの行動は面白い。実にバカげてる。


 彼らはここでゼーランスの名が出ても、まだ自分たちが隣国の王子に騙されているとは全く疑っていない。彼の言うことを聞いていれば、のちに自分たちがこの国を動かせると何処までも信じているのである。


 その前にこの国が無くなるという考えはないのだろうか?


 フレドリックは心底呆れていた。油断するとため息が出てしまいそうである。しかし、ここで気を抜いて彼らに舐められるわけには行かない。今一度、気を引き締める。


「全員知っていると言うことだな。ミュゼ、記録しておけ」


「はい」


「お前達は俺が何も知らないと思っているだろうが、ここへ連行した時点で証拠は揃っている。後は自白して減刑を訴えるしかないということを把握しておいた方がいいだろう」


「くっ・・・」


 フレドリックの言葉に反応を見せたのはドルフシュタイナー伯爵だった。


「どうした。何か言いたいか?」


「―――――私の家の二階の衣裳部屋の一番奥の棚板・・・」


「止めろ!!」


 ドルフシュタイナー伯爵の言葉をカーリット公爵が遮る。


 ドスッ。


 バン!!


 フレドリックはカーリット公爵を横から蹴り飛ばした。彼は宙を舞って壁に激突し、気を失う。


「続きを!」


 フレドリックは表情一つ変えず、ドルフシュタイナー伯爵へ話の続きを促す。


「――――棚板を外すと奥に金庫があり、その中に証拠書類が入っています。私は命乞いをするつもりはありません。真実を暴いて下さい」


 彼は話し終わると首を切ってくれと言わんばかりに頭を垂れる。


「お前は馬鹿か、そんな簡単に殺してなどやらぬ。苦しめ」


 フレドリックは右腰に佩いた細身の剣を左手で鞘ごと引き抜いてドルフシュタイナー伯爵を横から殴った。彼は横に倒れ、頭を床に打ち付けて気を失った。ミュゼは手に持った紙に、この一部始終を記録している。


 残された三人は顔も上げず、床に視線を落としていた。


「何故、俺がドルフシュタイナー伯爵を殴ったのか教えてやろう。あいつが俺に教えたのは重要な種類の入った金庫ではなく爆弾の起爆装置だ。保身のための大嘘をこいつは吐いた。その言葉を馬鹿正直に信じて扉を開けば皇都が吹っ飛ぶだろう。だがな、俺はそんな嘘には騙されない。お前たちを連行した時点で爆破処理班がドルフシュタイナー伯爵の屋敷に入っている。最初に言っただろう?全ての証拠は揃っていると。嘘を吐いたらどうなるか、これで分かったか?」




 ―――――結局、残りの三人が互いを罵りながら支離滅裂な話を始めた頃、皇宮へ敵の一軍が乗り込んできて、騎士団との交戦が始まった。そして、全てが終わったのは朝日がすっかり昇った後だった。



「ミュゼ、が来る前に終わったな」


「ええ、無事に陛下の皇位を簒奪しようと画策していた貴族たちの取り締まりはこれで終わりです。陛下、長い闘いお疲れさまでした」


「ああ、お前の方こそ良くやった。今日くらいは二人で素直に喜ぼう」


「はい、また明日から新しい問題が山積みですからね」


「ああ、そうだな」


 フレドリックとミュゼは肘と肘を打ち合わせる。これは昔から二人で何かが上手く行った時の合図だ。


 今、この瞬間、フレドリックは無性にセレスと会いたくなった。彼女の明るくて心地よい声を聞きたい。しかし、フレドリックは彼女の素性を何一つ知らなかった。それ故、連絡先の一つも知らない。


 だが、皇帝という特権を駆使すれば、彼女の身元を探ることなど容易いことである。それでも、フレドリックは彼女のことを調べようとは思えなかった。それは自らが身元を明かすどころか、変装をして彼女を欺いていることに罪悪感を持っていたからである。


 彼女はフレドリックが悪い雇い主に雇われて苦労していると思っており、会う度にいつも心配してくれる。やはり、今のままでいい。フレドリックの正体が悪名高い死神皇帝だと知れば、きっと彼女はもう会ってくれなくなるだろうから。


「やはり、知らない方が互いの為・・・」


 ボソッとフレドリックは呟く。


「陛下、何か?」


「いや、何でもない」


「では、少し休憩を挟みましょう。陛下、午後二時に此処へお戻りください」


「分かった。お前も少し休めよ」


「はい」


 フレドリックはセレスに会えるという確証はないが、イーリスの泉へ行ってみることにした。

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