大聖女セレスティアは腹黒教団から逃げて自由を手に入れたい!!(目の前で素朴な青年のフリをしているのはこの国の死神皇帝です)

風野うた

第1話0 プロローグ

 若葉がサワサワと柔らかな風を受けて囁く。陽の光がイーリスの泉の水面を七色に輝かせ、ここは異世界のような雰囲気を醸し出している。この場所はこの国のベリル教団が管理している禁足地・ノキニアの森の奥深くにあった。


「あー、折角アップルパイを持って来たのにー!!フレド、今日来ないのかなぁ・・・」


 白いエプロンドレスを着て、ポニーテールに赤いリボンを結んでいる若い娘、セレスは口を尖らせている。フレドと言うのは、ここでお喋りを良くする男友達のことだ。


 初めて会った時、フレドはリスと話していた。彼は動物と意思疎通が出来るという特技、いや特殊能力を持っているのだと言う。


(動物と話しているのを見た時は本当に驚いたわ。あれはどういう能力なの?魔法?それとも精霊使い?だけど、普段のフレドは口数が少なくて、私が質問してもあまり答えてくれないのだもの。でも、仕事はしているみたいなのよね。あの調子で一体、どんな仕事をしているのかなぁ・・・。謎過ぎる)


 セレスはゴロンと芝生に転がって、流れていく雲を眺める。いつの間にか眠気に襲われて、夢の世界へ入っていった。





―――――その頃、この国(カミーユ・ロードス帝国)の皇宮では軍議が執り行われていた。電光石火で容赦の無い裁きを加えるため死神皇帝と言う二つ名を持ち、民から恐れられている皇帝フレドリックが今、まさに使い慣れた大剣を副官メルビンへ突き付けているところである。


「陛下、どうか、どうかお静まり下さい!!そして、俺の話を聞いて下さい!!」


「・・・・・・」


 異国の間諜を招き入れたことが発覚した第二帝国軍の副官メルビンは地面に頭を擦りつけ、最後の言葉を振り絞った。しかし、皇帝フレドリックは高く振り上げた剣を無言で振り下ろす。


 ドスッ。


 重い音が室内に響く。皇帝の非道さに軍の重鎮たちは音を立てないよう息を殺す。この場面で迂闊にため息でも吐いたら、次は我が身が危ない。


「片付けろ。第一騎士団長ノルト、報告の続きを」


「ハッ!教団の裏金調査の件ですが、こちら側の協力者が消されました。そのため、見込んでいた期間よりも・・・」


「もういい。その件は来週の火曜日に改めて、会議の時間を設ける。それまでに協力者の確保と送金先を調べ上げろ」


「御意」


 団長ノルトは胸に手を当て敬礼した。それに合わせて、その場にいた部下たちも一斉に敬礼をする。皇帝フレドリックは彼らを一瞥すると硬い表情を緩めることもなく部屋を後にした。


「ああ、怖かった・・・」


「俺、自分が斬られたような気分だったよ」


「あの金色の瞳と目が合うだけで魂が抜かれてしまいそうだよな」


 騎士たちボソボソと恐怖を呟く。まだ皇帝フレドリックの側近ミュゼが部屋に残っているとも知らずに・・・。



―――――


「セレス、セレス・・・」


 肩を揺さぶられ、セレスの意識が浮上していく。


「ん・・・・。その声は・・・」


(フレド・・・?)


 声の主を確認したくて、瞼を開けようとするのに陽の光が眩しくて、なかなか開くことが出来ない。それに気付いたフレドは気を利かせて、背で光を遮ってくれた。


「あー、眩しかった!!ありがとう、フレド。私、いつの間にか寝ていたのね・・・」


「――――セレス、遅くなってごめん」


 ボソボソと小声で謝るフレド。セレスは慌てて起き上がると彼の手を自分の手で包み込んだ。


「良いのよ。フレドこそ、大丈夫?今日は悪い雇い主に怒られたりしていない?」


 セレスの心配する言葉にフレドは小さく頷いた。


(良かった。何か仕事で失敗して、悪い雇い主から折檻でも受けているんじゃないかって、心配したのよー!!)


「あ、そうだ!今日はアップルパイを焼いて来たの。一緒に食べない?」


 セレスはバスケットから折り畳んだクロスを取り出して広げる。次にワックスペーパーで包んだアップルパイとマグカップ二個を、クロスの上に置いた。そして、水筒に入っている紅茶をマグカップへ注ぐ。


「アップルパイは半分ずつね」


 セレスは人差し指でアップルパイを上から切るような仕草をした。一歩遅れて白い光が現れ、セレスの指先と同じ動きでアップルパイの上を通り過ぎていく。


(よし、ワックスペーパーごとキレイに切れたわ!!フレドの分はこっち・・・)


 アップルパイをペーパーに包んだまま、フレドに渡す。


「――――ありがとう。セレス」


「どういたしまして!」


 最初はセレスの出す白い光に驚いていたフレドも、今はすっかり慣れてしまい、多少のことでは驚かなくなった。


(フレドに少し魔力を持っていると説明したことがあるけど、それ以上何も聞かれなかったのよね・・・)


 しかし、それは大嘘だった。セレスの使う力は魔力ではなく神聖力。彼女の正体はベリル教団のたった一人しかいないの大聖女なのである。


 セレスは労働させるだけさせて、お給金も雀の涙以下のベリル教団に不満しかなかった。いつか逃げ出してやるとそればかり考えていた。


 この泉に来て息抜きをするようになったのは数か月ほど前。誰も寄り付かない森の奥で溜まりに溜まったうっぷんを自作のお菓子を頬張りながらボヤいてやる!と足を運んだら、フレドが居た。


 フレドの話では、彼は前からこの泉に来ていたのだと言う。寡黙な彼から聞き出すのは大変だったが、フレドも悪い雇い主に苦しめられて、ここへ息抜きに来ているのだとか。


(あの話を聞いてから急に親近感が湧いてきたのよね。互いに職場に対する不満があるってことで)


 それからはセレスがお菓子を作って来て、二人でのんびりと過ごすことが増えた。


 一緒にいると彼はボソボソと少ない口数ではあるが、セレスが求めているような言葉をくれる。普段、どんな生活をしているのかは全く知らないけれど、彼は信頼出来る人物だと思った。


 本当は教団から逃げるために何かいいアイデアはないかとフレドに聞いてみたい。だが、そうしてしまうとセレスが大聖女であるということが彼にバレてしまう。


(私が大聖女だと知ったら、きっと今のような関係じゃなくなってしまう・・・)


 セレスはそんな相談事で彼との楽しい時間を終わりにしてしまうのは嫌だった。



―――――お礼をボソボソと言った後、フレドはアップルパイへ噛り付いた。ザクっといい音をさせている。美味しかったのか、フレドは一瞬で食べきってしまった。


「セレス、美味しかった・・・」


「あ、気に入ってくれた?じゃあ、これも少しあげる」


 一口だけ齧ったアップルパイをセレスは差し出した。フレドはセレスの大胆な行動に戸惑う。


「大丈夫よ。私、変な病気なんて持って無いから!ガブっと食べて!!」


 彼女の押しの強さに勝てず、フレドはセレスのアップルパイを一口齧った。


「あらら、頬にパイがついているわよ」


 セレスはフレドの頬についているパイを指先で取って、パクっと食べた。フレドは驚いて、目を丸くする。


「お行儀が悪いって?気にしない、気にしない!!ここには私達しかいないのだから」


 コロコロと楽しそうに笑うセレス。フレドも彼女に釣られて、柔らかな笑みを自然と浮かべていたのだった。

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