十三話・二人だけの大冒険。

「かなめー!! 早くこっち来て! 綺麗な小川が流れてるんだ!!」


「分かったからもう少し落ち着いてくれ、間違って足滑らしたら怪我するぞー」


そう言いながら、俺ははしゃぐエドの後に続く。

あれからと言うもの、エドに連れ回されるまま山道を進んでいるのだけれど、気が付けば獣道しか無いような場所まで来てしまっていた。


幸い来た道はある程度覚えているし、まだ午前中で日が出ているから遭難する事は無いだろう。


しかし、


「オイ、川に入る気なのか? やめとけって、もし足でも滑らしたら...」


と、俺が靴と靴下を脱ぎ、小川に足を伸ばすエドに注告しようとしたその矢先のことだった。


ザバッ!!


俺の注告に聞く耳を持たなかったエドは思いっきり足を滑らして川の中で尻餅をつく。


「オイ!! 大丈夫か!!」


俺が声を上げながら駆け寄ると、エドはどこか痛むのか苦悶な表情を浮かべている。


慌てて靴のまま川の中に入り、エドを勢いのまま抱き上げて岸に上げる。


「...痛っ!!」


「大丈夫か? って、怪我してるじゃないか」


目を向けると、エドの右足首は赤く腫れ上がっている。

ったく、だから怪我するって言ったのに。けれどしてしまったものは仕方ない、なんとかするか。


「ほら、怪我したとこ見せてみて」


「う、うん。ごめんね要...」


「相当腫れてるな、これ、痛むか?」


「ううん、平気。でも多分歩く時は痛むと思う。」


と、試しに足へ力を加えた俺にエドは申し訳なさそうに話す。


折れては無さそうだな、まぁ帰り道も覚えているしキャンプ場からは体感でそれほど離れていないからなんとかなるだろう。


「よし、行くぞ」


俺は言いながらしゃがみ、背中をエドに向ける。


「えっ、おんぶ? いや、そんなの申し訳ないよ! 僕が勝手に転んだだけなのに!」


「いいからほれ、服も濡れてるだろ? 早く戻らないと風邪引くぞ」


「いや、でも...」


「足の怪我なら動くのは無理でもまだこの校外学習には参加していられる。だけど風邪引いたらきっと帰されるぞ?」


その場合、きっと行きで乗ったバスなんかよりももっと凄い送迎車なんだろうなあ。


俺の言葉を聞いたエドはすぐ返答せず、何処か恥じらうような顔をしている。


「おいどうした? 早く...」


「...要だったら良いかもしれない!」


と、言いかけた俺の言葉を遮るようにエドは突如声を上げた。


そしてゆっくり身体を起こしながら俺の肩に手を掛ける。


「あ、あの。宜しくお願いします、要。」


「あぁ、任せとけ! これでも一応忍耐力は人一倍あるんだ!」


「そ、それって僕が重いってこと?!」


と、背中でエドは怒ったように言うので俺は少し笑いながら歩き出す。


勿論重くなんてない、同じ男だとするなら少し軽いくらいだ。それに、雰囲気と同じで柔らかい。


いや、なんだ? なんなんだ? 出会った時も思ったけど、なんで俺はエド相手にドキッとしてるんだ?


相手は可愛いお嬢様じゃなくて男だぞ?


「ねぇ、本当に重くない? 大丈夫?」


「あ、あぁ、大丈夫だ」


「そっか。良かったっ」


と、余計なことを考える俺とは対照的にエドは安心したように返事をする。


マジでなんなんだ、さっきまでと違って凄い甘い声で話して...それに、今気が付いたけどコイツお嬢様達と同じでとんでもなく良い匂いがするぞ。


出会った時にも思ったが中世的な顔立ちと気さくに振る舞う人格、これはまさにアレだ、男が惚れる男と言うやつだ。


と、俺がそんなことを考えているとエドがまた声を掛けてくる。


「ねぇ、要はさ、普段女の子に囲まれてどんな感じ?」


「なっ、何だよいきなり、そんな質問して...」


「良いじゃん答えてよ!! 大事なことなんだから!」


「痛っ! や、やめろ、分かったから!」


俺は声を上げながら肩を思い切り抓ってくるエドに必死で訴えかける。


ったく、どんな感じって言われてもな...


「まぁ、結論から言うと良く分からんって感じだ。生まれてから女の子の中に一人ってのも初めてだし、ましてやお嬢様だなんてな」


「ふーん? エッチなこと考えてるんだ!」


「どうしてそうなる?!」


「えぇ? だって女の子の中に男一人だよ、健全な男子ならねぇ?」


「うう...まぁ、そう言われたら正直に言うしかなくなるか」


俺がしどろもどろになりながら言うと、エドはクスッと笑う。


「やっぱそうなんだあー要のエッチ〜」


「うるせっ あんな中に居たら仕方ないだろ!悪いのは俺じゃなくて俺を入学させた学園側だ!」


「すっごい人のせいにしてるけど要の境遇の場合だと確かにって感じだね。でも...やっぱり女の子が良いよね」


「ん? そりゃそうだろ?」


「あっ、いや何でもない! 最後のは気にしないでっ」


そんなエドの言葉を不思議に思いながらも俺は特に聞き直したりせず足を進める。


何だぁ? もしかしてコイツはその、まさかだけど男が好きなのか?


******




怪我をしてしまったエドをおぶって下山すること小一時間。


途中で切り株をベンチ代わりに一休みしたりしたが、ようやく元居たキャンプ場へ辿り着けた。


「コラ! 辻堂!! お前は一体どこで何をしていたんだ!!」


「あっ、ええっと。はぐれちゃいまして...」


「はぐれただぁ?! 山吹先生からはぐれたと連絡があったのはお前達が出発してすぐのことだったが?! 何故すぐ戻らなかった!」


「す、すみません...」


と、キャンプ場に戻ってすぐ字の通り鬼のような顔の鬼頭先生にドヤされたが、俺はそれどころではなかった。


軽いと言っても人一人おぶって山を降りるっていうのは結構身体に堪えるらしく、お陰で膝が大爆笑だ。


山吹先生ってのはきっと俺達と山に行った永徳学園の教師のことだろうな、気が付いてすぐに連絡してくれていたのか。


「あ、あの、要は悪くないんです!! はぐれたのも怪我したのも全部僕が悪くて...」


「はぁ?! 怪我しただとお?! オイ辻堂、お前自分が一体何をしでかしたのか分かってるのか...?」


「えぇ?!俺ですか?!」


い、今エドの口から悪いのは俺じゃないって言ってくれてたよね?!


俺のそんな思いなど尻目に鬼頭先生は眉間にシワを寄せて詰め寄ってくる。


「お前はなぁ、我が校だけでなく、永徳学園の生徒にも迷惑をかけたんだよ...そして一番の罪は部屋でくつろいでいた私の邪魔をしたことだ」


「あっ、えっと...いや、そんなぁ」


「そんなもクソもあるか!! 一歩間違えて居たらお前達は遭難してたかもしれないんだぞ!!」


一見理不尽に怒られているのかと思ったが、鬼頭先生は俺とエドのことを心配して言ってくれていたらしい。


この人怖いけどとっても良い先生なんだ。


「すみませんでした!!!」


俺は思いっきり頭を下げて鬼頭先生に謝罪した。


「ぼ、僕も!すみませんでした!!!」


「ったく、もう良い。山吹先生の方には私から連絡しておく、お前達は他の生徒が戻るまで待ってろ」


エドも続けて謝ると少しだけ鬼頭先生の表情が柔らかくなった。


「辻堂、彼を医務室へ運んでやってくれ。きちんと処置すれば歩けるだろうからな」


「は、はい! 分かりました!」


俺が返事をすると鬼頭先生は頷きながらその場を後にした。いや、良い人だなぁ。最初は怖すぎてちびるかと思ったけど...


と、俺がそんな事を考えているとエドが苦笑いをしながら声を掛けて来た。


「ごめんね要、僕のせいなのに。」


「いいや、これに関しては俺がお前を止めなかったせいだろ。それに、途中から俺も楽しかったしな、小学生の頃みたいな気分になってたよ」


「ふふ、だね。ダメなことしてるって分かってたけど要と二人になって、本当に楽しかった」


エドははにかみながら言うと、とても嬉しそうな、なんとも言えない表情をしていた。


「まぁ、あんなに怒鳴られるのはもうごめんだけどな。ほら、医務室行くぞ」


「えぇ、良いよ、もうさっきよりだいぶ良くなったし、一人で行けるよ」


「良いから、本当は肩ぐらい貸さないとまだ一人じゃ歩けないだろ」


言いながら肩に腕を回すと、エドは少し不貞腐れたような顔になった。


「そうだけど、誰かにこんなとこ見られたら恥ずかしいじゃんっ」


「そうか? ただ男どうしが肩組んでるだけだろ」


「もう! 要には分かんないよ!」


「はいはい、分かったよ」


「何その反応!! そっけな!!」


と、よく分からないとこで怒るエドに肩を貸しながら、俺は医務室に向けて歩き出す。


ともかく、巻き込まれる形ではあるが、突然始まった俺とエドの大冒険はこうして一旦幕を閉じたのであった。

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