九話・お嬢様達のゴメンナサイ。
聖クリスティ学園に入学して二日目。
早朝、俺は眠い目を擦りながら起きる。
昨日はあれから自分の部屋に戻り、疲れすぎてたのでそのままソファに寝っ転がった。
けれど、すぐ眠れた訳でなく、これから俺がこの学園で平穏に暮らす、謂わば生存戦略を練っていた。
もう包み隠さず言うことにしよう、きっとここに居るお嬢様の殆どが、ブッ飛んでいると。
俺は男一人、その中で生き残らなくてはいけない、そんなの対策なしでは無理だ。
「良し、行こう。」
そう呟いた俺は、気を引き締めてベッドから起き上がる。
******
そうして制服に着替え、登校する準備が整った俺は寮のエレベーターに乗っていた。
エレベーターはすぐ一階には行かず、俺の部屋の一つ下の階で止まった。
マ、マズイ。昨日の今日でもう桜坂さんに出会してしまう。
そう思う俺をよそに、エレベーターの扉は容赦なく開く。
「あっ、おはよう辻堂くん」
扉の向こうから可愛らしく少し笑いながら桜坂さんが挨拶をしてきた。
「え、えっと。おはよう、桜坂さん...」
「うんっ」
返事をした桜坂が乗り込むと、エレベーターは下の階へまた動き出す。
ど、どうしよう。昨日あんなことがあったって言うのに、桜坂さんめちゃくちゃ普通だ。
もしかして昨日のあれは夢か何かなのか? いや、そんな事はない。絶対に現実だ。
でも、何で桜坂さんはこんな普通に...
と、会話の無いエレベーターの中でそんな事を俺が考えた矢先のことだった。
「あの、さ。昨日はごめんね。私、我を忘れてあんなことしちゃって...」
俺の少し前でこっちには振り向かず、桜坂さんは背を向けながら話す。
...やっぱ昨日のは夢なんかじゃ無かったんだ。いや、そうじゃなくきちんと謝ってくれてるんだから何か言葉を返すべきだろっ
「い、いや、俺は大丈夫だよ。まぁ、ビックリしたけど桜坂さんのこと悪く思ってる訳じゃ無いし...」
「本当?!」
俺が言葉を返すと、桜坂さんは声を上げてこっちに振り返る。
「良かったぁ。昨日は本当、後々考えたら自分が自分じゃ無かったみたいで...嫌われたかなって凄い後悔してたし、でもそうじゃないんだ!」
「う、うん。嫌ったりしないよ」
もう一度いうと、桜坂さんは目をキラキラ輝かせ見ているだけで喜んでいるのが分かった。
まぁ、でも、嫌いにはなってないのは本当だけど、これからは気を付けよう。色々と...
そうこうしているうちにエレベーターは一番下の階まで行き、扉が開く。
桜坂さんは子供のように飛び跳ねながら開いた扉から出る。
「それじゃ、今日からまた仲良くしてね! 辻堂くんっ!!」
「あ、うん! またね桜坂さんっ!」
俺は言いながらそのまま駆け出して行ってしまった桜坂さんの背中に言葉を掛ける。
色々あったとは言えど、やっぱり悪いと思ってちゃんと謝ってきてくれるあたりは良い子なんだよな。
というか、昨日のアレを除けばとっても素敵な子なんだけど。
けれど、油断はダメだ。桜坂さんみたいな子でもあんな事があった以上、これからは気を引き締めていかないと。
俺はそう思い、先に行ってしまった桜坂さんの後に続く形で教室へ向かった。
******
そしてホームルーム。
生徒が揃い、チャイムと同時に鬼頭先生が教壇に立つ。
「よし、それではホームルームを始めるぞー」
と、鬼頭先生が言うと生徒達は全員視線を黒板の方へ向けた。
「...さん。辻堂さん。」
鬼頭先生が出席を取り始めたところで、小声で俺を呼ぶ声がすぐ隣から聞こえた。
ふと目を向けると、隣の柊木さんはこっちを見ていて、そして彼女の手に小さく折った紙が握られていた。
「これ、返事は良いから読んでおいて?」
柊澤さんはそう言うと、俺の机に持っていた紙を置き、何事もなかったかのように黒板の方へ目を向けた。
な、何だこの紙...言い方からして何か書いてあるのか? だとするならすっごい嫌な予感がするんだけど...。
俺はそんな事を思いながらも渡された紙を開き、中を見た。
するとその紙にはこう書いてあった。
「昨日はいきなりあんな事してしまってごめんなさい。良ければ今日からまた仲良くしてください」
と。あんな事っていうのは、机の足で俺の足に...健全な男の子目線で言えば謝ってもらうようなことでは無いのだけど、柊澤さんも桜坂と同じで冷静になったんだろうか。
んー。何かあんな事があった後だと、桜坂さんも柊澤さんもどっちが本音なのか分からないな、謝って油断させてまた変な事を...
いやいや、そんな事思っちゃダメだ。二人とも自分のした事を悪いと思ってわざわざ謝って来てくれてるんだから。
きっと昨日のは何かの間違いだったんだ。
俺はそう思い、しなくて良いと言われていた返事を小声で柊澤さんに返す。
「...こちらこそ宜しく、柊澤さんっ。」
柊澤さんは俺の言葉に少しだけ驚いた顔をしてからすぐに優しく微笑んで頷いた。
ほらね、やっぱり。本当、ここには見た目ばかりか中身まで清廉潔白なお嬢様ばかりなんだな。
それから午前の授業を終えて昼休み。
俺はクラスの女の子が場所を教えてくれた食堂へ向かっていた。
お嬢様学校の食堂はやっぱり豪華なのかと少し期待をしながら廊下を歩いていると、唐突にチャイムが鳴る。
「ピンポンパンポーン」
と、授業開始や終了のチャイムではなく多分これ何かの連絡のチャイムだ。
「生徒会長の枢木です。一年二組の辻堂要くんは至急生徒会長室まで来てください。」
「お、俺?!」
呼ばれるなんて思ってなかったので俺は思わず声を上げてしまった。
周りの女の子達がジロジロと俺を見てくる。まぁ、男は俺しかいないしすぐ分かるよなぁ。
と言うか、枢木さんから呼び出しってまた何か嫌な予感がとんでもなくするんですけど。
俺はそう思いながらも、期待していた昼飯を諦めてすぐに生徒会長室へ向かった。
******
「どうぞ、かけてください要くん」
「あ、あの、アリス会長。これはどういう...」
生徒会長室に着いてすぐ、アリス会長に会った俺はその異様さに驚いていた。
真っ白なテーブルクロスの上に豪華な料理が並び、そこは初めて来た時の生徒会長室とは全く違う空間になっていた。
「お詫びですよ、昨日は色々とご迷惑をかけてしまい、申し訳ございませんでした。この料理はその想いを込めて用意いたしました」
「そ、そうなんだ...」
料理だけでなく、食器やナイフにホークも全てピカピカに輝いていて、高級なレストランみたいな雰囲気だ。
桜坂さん、柊澤さんに続いて枢木さんまで、皆んなどうして急にって言ったらおかしいのかもしれないけど、こんなに一斉に謝られるなんて口裏でも合わせてるみたいだ。
「どうしたんですか? もしかしてお肉はお嫌いでした?」
と、俺が考えを巡らせていると、不思議そうにアリス会長が声をかけてきた。
「い、いや、そんなことは! む、むしろ肉は大好物だよ!」
「そうですか、では食べましょう? 私も一緒に昼食を摂るの楽しみにしてましたからっ」
「う、うん。」
そうは言いつつも、俺は目の前の料理に手を付けられずにいた。
理由は昨日の桜坂さんのアレがあったから。ここで何かまた盛られていたら次は助からないかもしれない。
そんな事を思う俺をよそに、アリス会長はただ笑顔でこっちを見てくる。
今のところ桜坂さんや柊澤さんはただ謝ってくれただけで何も無かった。なら、アリス会長だってただ俺にキチンと謝りたくてこの場を用意してくれたんじゃないんだろう。
そう思うことにした俺は、意を決して出された料理を思い切り頬張る。
「うっっっまっ!!! な、何だこの肉、美味すぎる!!」
「あら、お口にあったようで良かったですっ まだまだありますから、どんどん食べてください要くん」
そう声を掛けてくれるアリス会長をよそに、俺は目の前の料理を一口、また一口と頬張り続ける。
あぁ、これが金持ちの味なのか、同じ人間なのに普段から彼ら彼女らはこんなものを口にして生きているのか、最高すぎる。あぁ、この学園に来て良かった、本当泣きそうだ。
と、俺は昨日の出来事などとうに忘れてテーブルの上の料理を喰らい尽くした。
美少女とこんなご飯を食べれるなんて、あぁ、ありがとう神様。
「では要くん、これから色々と宜しくお願いしますね?」
「ん? い、色々と?」
料理を完食した後、アリス会長に掛けられた言葉に俺は少し疑念を持ちながら問い返す。
「色々は色々ですよー? 私はもう、要くんのものになってしまったんですからっ」
ア、アレ。謝って全部終わったんじゃ無いの。
こ、これは、マズイ気がするぞ。
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