八話・ジュニア君とお嬢様と睡眠薬と。

「はぁ...はぁ...はぁ...」


混濁した意識の中、唐突に聞こえたのは艶かしい吐息の音だった。

意識がはっきりせず、視界も少しぼやけてる。

これは...天井?


そう言えば俺はさっきまで桜坂さんの手作り料理をうまいうまいって食べてたはず...


「もう、やっぱやめた方がいいのかな...ううん、ここまでしちゃったんだしやめるなんてできない」


また俺の耳に吐息混じりの誰かの声が聞こえてくる。徐々に意識がハッキリしてきた、どうやら俺はどこか寝そべっているらしい。


けれど何かおかしい。薄暗く、ピンクの間接照明が少しだけついていて、変なくらい良い匂いがする。


俺は疑問に思いながらふと視線を落とす。


その矢先のことだった。


「あ、起きたんだ辻堂くん。ごめんね急にこんなことして、でももう、我慢できないの」


と、そんなことを言う桜坂さんの姿が目に入った。そして、俺がパンツ一丁でベッドに横になって四肢を拘束されていることも。


あれ...何これ。


「あ、あの、桜坂さんこれは一体...」


「放課後、辻堂くんとバッタリ出会したときから私、興奮しちゃって...それで料理に睡眠薬を沢山入れればって...」


おいぃいいいい。またこの展開なのかよ?!


し、しかも睡眠薬を盛ったのか、しかも沢山って...もう普通に犯罪だろ。


と言うか桜坂さんは柊澤さんや枢木さんとは違うと思ってたのに、やっぱりお嬢様っていうのはどこかブッ飛んでるのか...?


「本当、悪いとは思ってるんだ。でも、もうこの気持ちを止められなくて、だから...ね?」


「い、いや、あの、この気持ちって言われても何が何だか分からないからまず説明を...!」


俺は縛られながら声を上げたが、桜坂さんはベッドの横で立ち上がり、蕩けた表情をしている。


まずい、まるで聞く耳を持ってないぞ。縛られてるし、これは枢木さんの時とは比べ物にならないくらいマズイ!!


「それじゃ、いくよ...」


焦る俺をよそに、桜坂さんは呟きながら俺の胸へ手を伸ばしてくる。


その瞬間。


「ひゃぁんっ!!! こ、これが、男の人の身体っ...!!」


優しく触れてきた桜坂さんは甘い声を上げ、感動しているような目をする。


い、今の声、マズイぞ。何かされるのが怖いとかじゃなくて、今のを繰り返したら俺のジュニアが完全に倒立する...


「あの、桜坂さん落ち着いて! こ、こんなこと良くないって!!」


「分かってる。でも...辻堂くんの凄くて止められないよ...あぁんっっ!!」


マージでダメだこれ。こんなのに耐えられる訳ないだろ、というか桜坂さんは俺の身体に触れてるだけなのになんでさっきから声を...


考える間に桜坂さんはさっきよりも激しく俺の胸や腹、腕などを触ってくる。


最初は変な気分にならないようにと思っていたが、どこかその触りかたは妙な感じだった。


「本当、たくましいなぁ。これが男の人の身体なんだよね...」


言いながら桜坂さんは続けるが、別に変な気にもならないし、嫌な気もしない。


と言うか桜坂さん、さっきからピンポイントで俺の筋肉ばっかり触ってないか...?


「あの、もしかして桜坂さん筋肉に触りたかったの?」


問うと桜坂さんは視線をこっちに向けて深く照れたように頷く。


あぁ、なるほど。そう言うことか。


俺は何処かの二人とは別に桜坂さんには普通の目的があったことに安堵して息を吐く。


「私、スポーツしてるから分かるんだけど男の人と女の子ってやっぱり競技は一緒でも全然激しさとかスピードとか違うからずっと気になってたんだ」


「あぁ、そうだったんだ。でも、それならそう言ってくれたら良かったのに」


「そ、そんなこと言ったら嫌われちゃうかなって...今日出会ったばっかだし...」


はは。だからって睡眠薬を盛らなくても...まぁ、正直に言ってくれた訳だし、そこは一旦目を瞑っとくか。


俺はそう思い、桜坂さんに今一度声を掛ける。


「桜坂さんの気持ちは分かった、俺なんかの身体でよければいくらでも見ていいよ。だから、これ解いてくれない?」


「...嫌よ」


「へ?」


想定外の返事だった。あれ? 今いい感じに素直に話してくれていい感じに纏まったんじゃないの? え、嫌ってなあに?


俺が困惑していると、桜坂さんはまた息を荒くし始める。


「まだ、一番大事なところ、終わってないから...きっとここに、秘密があると思ってるの...」


「あ、あの、ちょっと、桜坂さん? そ、そこはダメだと思うなあ?!」


桜坂さんは頬を赤くしながら俺が履いているパンツのウエスト部分に指をかけている。


「そこには秘密なんてないんだ、そこには俺のジュニア君がしまってあるだけなんだ、だからやめてくれ桜坂さん!!」


「ジュニア?! やっぱり男の人には隠された秘密があるんだわ!!」


「ちがう!秘密じゃないんだ! ジュニアなんだ!!」


必死に叫んで説得するが、桜坂さんは止まることなく俺のパンツを下げていく。


そして、間も無く俺のジュニアがご開帳という時のことだった。


「ピーンポーンっ」


インターホンと音が鳴った。


すると桜坂さんは一旦手を止め、今居る部屋から急足で出て行く。


か、神様ありがとう...いや、まだ助かった訳じゃない、早くこの縄をどうにかしないと...


俺は手足を動かし、どうにかして拘束が解けないかと試す。


すると、部屋の外からさっき鳴ったインターホンに受け答えをする桜坂さんの声が聞こえてきた。


「はーい」


「こんばんは、桜坂さん。少しいいかしら?」


「会長、どうしたんですか。」


会長、つまり玄関のそとから桜坂さんと話しているのは枢木さんか?!


「実は、桜坂さんの部屋から妙な声がするって他の部屋の生徒から苦情が出ててね?」


おっと、待てよ今の聴き間違えじゃなければこれは助かったんじゃないのかぁ?! 


「別に何もしてませんけど、その人の勘違いなんじゃないですか?」


「うん、その可能性ももちろんあるんだけれど、苦情なんて滅多に出ないから念のため上がってもいいかしら?」


よしよし!! そのままだ枢木さん! 俺をここから助けてくれ!!


「いや、いきなりきてそんなこと言われても、本当に何もないですし」


「本当に何もないなら上がってもいいでしょ?

それにこれは生徒会長の私から貴方に言ってることなのよ桜坂さん。」


と、枢木さんが圧をかけるように言うと桜坂さんは押し黙り、その直後バタバタと俺が居る部屋に足音が近づいて来た。


「ご、ごめん辻堂くん、少し事情があってすぐに部屋から出てくれないかな!!」


「えっと、う、うん!?」


部屋に飛び入った桜坂さんは焦った顔で言いながら俺の縄を解き始める。


いやぁ、本当に良かった。ナイス枢木さんっ!!


あと少しで俺のジュニアが天高く聳えるとこだったからなぁ。


桜坂さんに縄を解いてもらった俺は、側にあった制服に急いで着替えた。


「ねぇ、桜坂さーん。早く入れてくれないかしらー。」


と、部屋の外からは枢木さんの冷たい声がインターホンから聞こえてくる。


ま、待てよ、ピンチから抜け出したのは良いけど、ここからどうやって部屋まで行くんだ?


枢木さんと正面から会ってしまったら苦情のこともあるし俺まで疑われるような...


「ご、ごめん、辻堂くん。ここからでもいいかな?」


申し訳なさそうに桜坂さんは部屋についていた窓を開けて言う。


う、うそだろ、ここからよじ登って自分の部屋に帰れってことか?


「ねー開けてよー桜坂さーん。黙ってるなら特別に許可を得て持ってきたマスターキーで中に入るわよー?」


「は、はやく辻堂くん! 会長が来ちゃう!!」


「そ、そんなこと言われても!!」


俺はそう言いつつ、とりあえず窓の外のベランダに出る。


ベランダから外を見ると、何とか登れそうな通気口の配管が見えたが、下を見て俺は思わず絶句する。


「や、やっぱ無理だよ桜坂さん、こんなのもし落ちたら...」


そう声を掛けようとするも、桜坂さんはそれを聞くどころか途中で窓をバタンと閉めてしまった。


う、嘘だよねえ。だって死ぬよコレ?落ちたら死んじゃうんだよ?


しかし背に腹は変えられなかった。やるしかない、俺には弟や妹、そして母さんが居るんだ。


それに、ここで落ちても枢木さんに見つかっても俺の甘い青春は今日で終わる。


なら、やるしかないだろ。


「こっ、怖えぇ。」


決心した俺は弱音を吐きつつも、ベランダの柵に登って立つ。


「家族のため、これは家族のため...そして、青春のためなんだぁ!!!」


声を上げた俺は勢いに任せて配管に飛び移り、そのまま下を見ないようにしながらその配管を思い切りよじ登った。


死ぬほど怖かったが、俺と桜坂さんの部屋の間わそれほど広くなく、割とすぐに自分の部屋のベランダまでやって来れた。


俺はそのまま今度は配管から伝うように自分の部屋のベランダへと飛び移る。


「だぁーーー!! 死ぬかと思ったあぁぁああ」


ベランダに横になりながら思わず叫ぶ。


本当、一日で何回事件が起こるんだよ。


こんな事が毎日あったら体が持たないぞ。


現に死にかけたわけだし。


文句を垂れつつ、俺はベランダに寝転びながら空を見上げる。


こうして、事件続きの俺の入学初日は命からがら幕を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る