七話・美味い飯には裏がある。
「ほら、ここ今朝入学式の前に体育館へ行く道、もう教室までは分かる?」
「うんうん!凄く助かるよ、桜坂さん!」
と、俺はここまで案内してくれた桜坂さんに頭を下げる。
本当、この学園はデカいし建物が多いから迷路みたいなんだよな。あのまま一人だったらマジで迷ってた。
俺はそう思いつつ、桜坂さんに声を掛ける。
「本当、ありがとう桜坂さん。ランニングの途中だったのに」
「ううん、いいの! ランニングって言ってもただの暇つぶしだったし! 辻堂くんと色々話せたのも良かったよっ」
「だね、俺も良かったよ。俺は荷物を取ったら寮に戻るけど桜坂さんはどうするの?」
なんの気無しに問うと、桜坂さんは少しの間考えると思いついたように話す。
「私も戻ろうかな? 結構走ったし、教室に着替えもあるからその方が都合良いんだよね」
「そっか、なら一緒に行こうかっ」
そう言うと、桜坂さんは快く頷いてくれた。
そうして俺と桜坂さんは目前にしていた教室の方へ歩いて行く。
「いやぁ〜汗かいたーまだ春だって言うのに結構暑いよね?」
「あぁ、そう言えばそうだね。今日は雲一つない晴天だったし」
と、教室の中へ入った俺は自分の机まで行き、スクールバックを手に取りながら背後の桜坂さんに返答する。
「本当勘弁して欲しいな〜私、小さい頃からスポーツしてるけど暑いの苦手なんだぁ」
「えっ、そうなの? それは少し意外かも」
と、そんな返事をしながら桜坂の方へ向き直った瞬間、俺は思わず目を丸くしながら声を上げた。
「ちょ、ちょっと、桜坂さん!! な、何でそんな格好に!!」
俺は自分の目を手で覆いながら焦って声を掛けた。
さっきまで普通に話していたはずの桜坂さんが少し目を離した隙に上下黒の下着姿になっていたのだ。
一拍置いて桜坂さんは俺の言葉に反応する。
「え? 何でって着替えるって言ったじゃん。辻堂くんこそどうしたのそんな取り乱したみたいに」
「い、いや、普通女の子が男の前で着替えたらいけないんだよ! 恋人どうしとかならまだしも、俺なんかの前でダメだよ!」
「そ、そうなの?! 着替えたりするのって付き合ってる人の前でしかダメなの?!」
何処となく勘違いしているようだけど今は別にいいだろう。何とかして早く服を着てもらわないと...!!
「じ、実はそうなんだよ!! だから桜坂さん早く服を!!」
「う、うん! 分かった!!」
返事をした桜坂さんはそれからガサゴソと急いで服を着ているんであろう音を立てる。
俺が目を覆ったまま内心ドキドキして待っていると、少しして声を掛けられる。
「辻堂くん、もう良いよ。制服に着替えたから」
「う、うん...」
俺は恐る恐る目を覆っていた手を下げ、前を見る。
すると、桜坂さんはしっかり制服に着替えていて束ねていた髪を下ろしてこっちを見ていた。
「あの、ごめんね辻堂くん。私さ、本当スポーツ馬鹿だからそういうの知らなくて」
「い、いや、分かってくれればいいんだよ桜坂さん」
人前で下着になってはいけないっていうのはスポーツ馬鹿でも知ってそうな気がするけどまぁ、良いだろう。
一瞬桜坂さんが柊澤さんや枢木さんみたいに少し変なのかと思ったけれどただの天然だったみたいだしな。
「それじゃ、行こうか桜坂さん。寮に戻るんだよね?」
「あ、あぁ、うん! 辻堂くん...」
そう答えた桜坂さんの顔は少し赤くなっているように見えた。しかし俺はそこまで気に留めず、そんな桜坂さんと一緒に教室の外へ歩き出す。
******
そうしてまた俺と桜坂来た道を戻り、寮まで戻るとエレベーターに一緒に乗り、途中で別れる。
偶然にも桜坂さんの部屋は最上階である俺の部屋の一つ下で、今朝から心細かった気持ちが少し和らいだ。
俺は玄関から部屋に入ると、一直線に寝室へ駆け込んだ。
「あぁー疲れたぁ。まだ入学初日だってのに...」
そのままベッドにダイブした俺は独り言を吐きながら天井を眺める。
まぁ、無理もないよな。今朝からあんなことがあったんだから。
最初は、と言うか今もだけど本当に映画みたいな出来事ばかりで何が何だか流れに流されるままって感じだったなぁ。
我ながらではあるけど俺、良くあの状況から今まで適応してるよな、いや、するしかないんだけれど。
そんな事を思っていると、唐突に「ピーンポーン」とチャイムが鳴り、俺はベッドから飛び起きる。
「はーいっ」
自然と返事をしつつ、リビング行くとインターホンモニターには、さっき別れたはずの桜坂さんが映っていた。
どうしたんだろう、何か言い忘れたことでもあったんだろうか?
そう思いつつ、俺は玄関まで行って扉を開く。
「あっ、桜坂さん、どうかした?」
「辻堂くん、本当に上の部屋なんだね。えっとね、お腹が空いてると思ってこれ、持って来たんだけど」
話しながら桜坂さんは手に持っていた紙袋を俺の前に出す。
「あの、これは?」
「私さ、部活してるしそれで結構食にも気を使ってるんだよね。だから作り置きとかしてて、これはそのお裾分け」
「て言うことは、これ桜坂さんが手作りしたご飯...?」
問い返すと桜坂さんは明るく笑いながら頷く。
な、なんて優しい子なんだ。今朝出会ったばかりなのに...ちょうど昼飯も腹減ってたんだよなぁ。
「あの、それじゃあ良かったら上がってってよ、寮なのにこんなこと言うのおかしいかもだけど」
「本当? ありがとう辻堂くん、それじゃあお言葉に甘えてお邪魔するね?」
「こちらこそありがとう桜坂さん、どうぞあがって」
そうして俺は料理を持って来てくれた桜坂さんを部屋に招き入れた。
部屋に入ると桜坂さんはすぐにキッチンに立ち、持って来ていた紙袋の中からエプロンを出して制服の上から着る。
更に紙袋に入っていた料理を手際よく皿に盛っていく。
「本当に普段から料理してるんだね、というかこんなに何種類も良いの?」
「はりきって多めに持ってきちゃったんだ、余ったのは冷凍して明日にでも食べてくれる?」
か、家庭的だ、まだ入学したての同じ高校一年生だって言うのに、きっと桜坂さんは良いお嫁さんになるだろうな。
「はいっどうぞっ」
と、俺が桜坂さんのエプロン姿に見惚れている間に料理の用意ができたらしい。
肉に野菜、そして魚も色とりどりの料理が皿に盛られていて、どれも美味しそうだった。
俺はダイニングテーブルに並べられた料理を眺めつつ、桜坂さんに声を掛ける。
「いやぁ、本当に凄いね桜坂さんは。あの、早速だけど食べて良いかな?」
「えへへ、嬉しい。どうぞ食べて食べて〜」
と、桜坂さんから返された言葉を聞いた俺はすぐに箸を取り、出された料理に手を付ける。
「うっまぁ!! これ、本当に桜坂さんが一人で??」
「うん、私ね良いお嫁さんになれるようにって小さい頃からお母さんに口うるさくしながら料理を教えてもらってたのっ」
「そうなんだ! 絶対に良いお嫁さんになれるよ!」
「そ、そうかな、そこまで言われると照れるってっ」
桜坂さんは微笑みながら言い、俺はそれを聴きながら更に料理を口に運ぶ。
いやぁ、本当にどれも美味しい。それもそうだけど、女の子が自分の部屋に来て料理作ってくれてって、こんなのイケメンかモテるやつにしか経験できないだろ。
あぁ、本当に猛勉強してきた甲斐があった。
と、そんな事を思った矢先のことだった。
「ドンっ!!」
俺は落ちるように額をダイニングテーブルに打ちつけた。
さっきまで正常だった意識が突然酩酊したようになり、顔を上げようとしても身体が言う事を聞かない。
視界はぼやけ、どんどん意識が遠のく。
「ごめんね、辻堂くん。すぐ起きれると思うから許して...」
と、遠のく意識の中、そんな声が俺の耳に届く。
この声は確かに桜坂さんの声だ。そんな事を思う俺の意識はそのまま吸い込まれるように暗闇の中へ落ちていった。
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