三話・初めましてお嬢様達。
流れに流されるまま、制服に着替えた俺が生徒会長室から出ると、外には枢木さんが待機していた。
「あら、早かったですね。というか正直逃げ出してしまうかと思っていましたっ」
「まぁ、そうしたいとこだけど、これは家族のためだから。とは言ってもまだ何が何だかって感じがあるのは否めないけどね」
「そうでしょうね、ですが辻堂さんが前向きになってくれて私共としては大変助かります」
目、目が笑ってない、顔はすごい笑顔なのに...きっとこれは素直に受け入れなければどうなるか分かってるよな? ってことだろう。
枢木さんはもう一度軽く「ふふっ」と笑みを浮かべつつ、歩き出す。
「行きましょう辻堂さんっ きっと楽しくて忘れられない日々になりますよっ」
「あ、あぁ。うん。」
枢木さんの言葉を聞いた俺は自分の表情が自然と強張るのを感じた。
もう色々と別の意味に聞こえちゃうよ...
******
それから聖クリスティ女学園の中を一通り歩いた後、一年生の教室へたどり着いたらしく、枢木さんは足を止めた。
「...ここが今日から俺のクラス?」
「えぇ。一年生の中でも優秀な生徒達が集められたクラスですので、頑張ってくださいねっ」
「ま、まぁ、何を頑張ったら良いのかも分からないけど、ありがとう枢木さん」
俺が返事をすると枢木さんは「はいっ」と笑顔で返す。
大丈夫だ、勉強だけは人一倍やってきたんだから...それに他の子達もお嬢様だけど同い年なんだし、心配することはない。
「・・・・・・したがって、今年度より試験的に男子生徒が入学することになりました」
と、己を鼓舞する俺をよそに、教室の中から担当教師のものであろう声が聞こえてくる。
他の子達は既に俺がこの学園に来る事を知っているのだと思ったけれどそうじゃなかったみたいだ。
誰から伴く、教室の雰囲気がざわつき始めるのが外からでも分かった。
「説明も済んだようですし、そろそろ入りましょうか、辻堂さんっ」
「えっと、うん。分かった」
とは言っても、緊張してきた、だってここ女学園だろ? この扉を開いたら女の子しか居ないわけだろ? その中に男一人って一体どうなっちゃうんだ?
俺はそう思いながらも、扉に手を掛けた枢木さんの後に続く。
「失礼致します。お話にも上がった通り、今日より特別に入学した男子生徒をお連れしました」
「あっ、あぁ、どうも...」
先に教室へ入って全体に声を掛けた枢木さんに続き、俺も一言挨拶しようとしたが、途中で言葉に詰まる。
だってそこには想像以上の光景が広がっていたから。
普通の教室にあるようなものではなく、もっと上品な造りの机と椅子に可愛らしい制服を着た女の子達がずらっと並んでいる。
そして彼女達はまるで生まれて初めて見るかのような瞳で俺に注目している。
思った以上だった。ここに居るのは映画やドラマに出てくるような本物のお嬢様達なんだ。そして皆んなめちゃくちゃ可愛い、あとなんか分からないけど良い匂いする。
「それでは私はこの後の入学式で生徒会の仕事がありますので失礼します、鬼頭先生。」
「あぁ、ありがとう枢木。ここまで彼を案内してくれて」
と、教師の鬼頭先生と言葉を交わした枢木さんは俺の顔見て微笑んでから教室を後にする。
他の生徒達は変わらず俺をぎゅっと見つめてきていて落ち着かない。
と言うか担任の...鬼頭先生だったか? 美人でスタイルも良いし、何より色気が凄い。学校の先生じゃないみたいだ。
そんな時、鬼頭先生が改まったように教室全体に声を掛ける。
「彼が先程話した今日から特別にこの学園に入学した生徒だ。男子だが新入生なのは皆と変わらない、仲良くしてやってくれ」
鬼頭先生がそう言うと、誰から伴く拍手が起こり、女の子達は俺を笑顔で眺めている。
「それじゃ、自己紹介をしてくれるか?ちなみに私はこのクラスで担任を務める鬼頭だ」
「あ、あぁ、はいっ...鬼頭先生。」
黒く長い髪を流し、凛とした目で鬼頭先生に言われた俺は内心少しドキッとしながら返事をする。
一度息を大きく吸い、吐くのと同時に女の子達の方へ視線を向けて声を上げる。
「えっと、今日からこの学園でお世話になる事になりました、辻堂要ですっ! まだ色々と分かって無いんですけど、少しでも皆さんと仲良く過ごせたら、と思います!その、よろしく!」
「・・・・・・・・・・・・」
見事なまでの沈黙だった。
俺の自己紹介、おかしかったか? 確かに緊張で少し変だったかもしれないけど、ここまで無反応って.....もしかして歓迎されてない?
いや、そうだよな急に来た男でしかも御曹司でも何でも無い俺が...
そんな事を思った矢先の事だった。
「よ、宜しくお願いします!あ、あの、もし良ければ後で私とお茶でも!!」
と、俺が予想もしない声が女の子達の中から上がったのだ。
「あの!私も! 宜しければ後でお話しでも!」
「お昼休みは私とご一緒に昼食を摂りませんか!」
「あの、私も!!」
初めに上がった声に続き、女の子達は俺に対して続々と声を掛けてくる。
な、何コレ。可愛い女の子達が俺を取り合うように声を上げてる。これは夢?もしかして黒スーツの連中に連れ去られたところから全部夢なの?
「まぁ、落ち着け。興味があるのは分かるがこの後は入学式がある。辻堂と話がしたいのなら皆んなその後だ」
諭すように鬼頭先生が言うと、沸き立っていた女の子達の声が徐々に静まっていく。
「よし、それじゃ自己紹介も済んだ事だし辻堂、お前も席につけ。えぇっと、お前の席は〜あそこの窓際で一番後ろの席だな」
「はい、分かりました。」
返事をしつつ、俺は鬼頭先生が指した席の方へ向く。ズラッと並ぶ女の子達の中、そこの席だけぽっかり穴のように空いている。
俺がその席まで行くと、隣の席の子がじっとこっちを見てきた。
その子は他の女の子達と比べても異常なほど可愛かった。茶色い髪に透き通るような白い肌、そして何よりこっちを見る瞳には吸い込まれそうだった。
「あ、あの、隣失礼するね...」
「はいっ、どうぞ」
と、今出会ったばかりなのに彼女はぎこちなく声を掛けた俺に優しく、とても可愛らしい笑顔を返してくれた。
「辻堂さんってお呼びしてもいいですか?」
「あっ、えっと。うん...」
そう返すと彼女は嬉しそうにまた微笑む。
や、やばい。共学の中学に通ってはいたけど、勉強ばっかりで女の子とこんなに近くで話すのなんて初めてだからつい、そっけなく返しちゃったよぉ...。
「あの、名前聞いても良いかな?」
俺は誤魔化すように隣の彼女へ声を掛ける。
「勿論です。私は柊澤叶(かなえ)です。お隣どうしこれから宜しくお願いしますね、辻堂さんっ」
「あっ、こ、こちらこそ!柊澤さん!」
か、可愛すぎて上手く喋れないよ、何この展開、さっきまで怖いスーツ着た連中に銃向けられてたはずなのに!!
きっとこれはあれだ、家族のため将来のために勉強して努力してきた俺に神様がプレゼントをくれたんだ!そうとしか思えないだろ?!
そんなふうに心の中で浮かれる俺の足に微かな感触が走る。
「ん?」
一人で呟きながら感触のあった方の足を見ると隣の柊澤さんが机の下で艶かしく足を絡めてきていたのだ。
上履きを脱ぎ、少し頬を赤く染めた顔で覗き込むようにこっちを見る柊澤さんは指先を使い、俺の足の甲にくりくりと触れてくる。
な、何をしているんだ?!柊澤さんさっきまですごい感じが良くて、清楚で他の子と同じようなザ・お嬢様って感じだったのに!!!
こ、こんなの耐えられない、俺は健全な思春期真っ只中の男子なんだぞ?!も、もしかして、俺が知らないだけでコレがお嬢様流の挨拶とかなのか? いや、絶対無い!!
そんなことばかり考えていると、顔が熱くなり頭がパンクしてそうになってくる。
男なら喜べば良いはずなのに、俺の経験が無さすぎるせいか、喜ぶどころかどうして良いのか全く分からない、もう!誰か助けて!!!
心の中で叫ぶと「キーンコーン...」とチャイムがなり、それに同調するように鬼頭先生が声を上げる。
「ではホームルームを終わりにする。この後は入学式があるので各自体育館へ向かうように」
と、鬼頭先生から告げられた瞬間、俺は席を立ち廊下へ走った。
わ、訳が分かんないぞ...俺、これからどうなっちゃうんだよぉおおおお
俺は心の中で叫びながらあの教室から、柊澤さんから逃げるようにアテもなく廊下を走った。
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