四話・入学式と裏の顔?
聖クリスティ女学園入学式。
それはそれは全てが見たこともないような世界だった。
参加した新入生一人一人が上品で礼儀正しく、勿論私語や居眠りをする生徒も居ない。
生徒会を含む上級生達も皆んなそうだ、しっかりとした教育と良質な環境で育ってきたと、彼女達を見れば一目で分かる。
けれど、視線だけは俺に向いていた。自分のクラス他クラス関係なく、いや、上級生や教師達までもが一斉に俺に目を向けてきていた。
それほど男がこの学園に居ることが物珍しいのだろう。
そして今、そんな入学式を終えた俺は教室で次の授業が始まるのを待っていた。
やはり進学校ともあって入学式だけに終わらず新学期早々から午後まで授業があるらしい。
「ねぇ、早く話しかけたら?」
「えっ、私そんなことできませんよ」
「ねぇ見て、今こっち見ませんでした?」
と、何やら女の子達が俺に対してヒソヒソ声で話している。まぁ、こう言うのは普通の高校でもあるよな。
でもさ...
何でこんな近くでしてんのぉおおお?!
普通少し遠目で眺めながらヒソヒソするよね?囲まれてんじゃんコレ。何なの、もしかして本当に俺って珍獣か何かだと思われてるのだろうか。
「あの、そんなに大勢で来てしまっては辻堂さんも困ってしまいますよ、皆さん」
俺がどうしたものかと思っていると、隣から柊澤さんが俺の周りの女の子達へ声を掛けてくれた。
や、やっぱり良い子なんだっ!
「あの!じゃあ私!辻堂...くんとお話しする!」
と、女の子達の中から一人が手を上げて前に出る。
「えっと、私桜坂芙美(ふみ)って言うの、こう見えてスポーツが得意で...」
「あの、桜坂さん気持ちは分かるけど辻堂さんが困るって今言ったばかりよね」
声を上げた女の子、桜坂芙美の話を遮るように柊澤さんが声を掛ける。
どうしてだろうか、柊澤さんは相変わらず笑顔なのだが、その時は目の奥が笑ってないように見えた。
「いや、そうだけど別に用が無いのに居るわけじゃないし、今ちゃんと話しかけたでしょう?」
「それはそうですが、辻堂さんは困ってるんです。ね? 辻堂さんっ」
「えっ、あぁ、いや、別に困っては...」
話を振られた俺が率直に返すと、桜坂さんが更に声を上げる。
「困ってないってよ辻堂くんは。ほら、もう良いでしょもっと話したいことがあるし」
「い、いいえ、辻堂さんは優しさで困ってないと言っているだけです。」
「それは流石に貴女の決めつけでしょ?!辻堂くんはそんな事何も言ってないけど!!」
二人は俺を挟んで言い合いながらお互いを睨み合う。なんか、急に空気がギスギスし始めたような...
「あ、あの、別に話し掛けられるのは迷惑じゃないし、別に良いよ。だからね、柊澤さん落ち着いて...」
事態をおさめようと俺が声を掛けると柊澤さんの顔が一瞬般若かと思うくらい険しくなる。
こ、怖っ、今のは完全にキレてたよね?
しかし、それに気付いたのは俺だけらしく周りの女生徒達は不思議そうに俺達を眺めている。
「あら、何か盛り上がってるみたいですね、どうしたんですか、皆さん」
俺がやばい空気を感じたところで、そんな声が掛けられる。声の主は周りに居た女の子達の間からひょこっと顔を覗かせる。
「あっ、枢木さんって、どうしてここへ?」
そう、声の主は枢木さんだった。問い返した俺に気付いた枢木さんは笑顔で続ける。
「入学式も終わって、辻堂さんの様子を見に来たんです。どうやら私が予想した通り人気者みたいですねっ」
「い、いや、そんなことは...」
で、でもこの状況で来てくれるのはありがたい限りだ、本当、変な汗かき始めてたからな。
「あの、枢木生徒会長ですよね? 私達今お話の真っ最中なんです」
「あら、そうなのね。こんな大勢でお話だなんてもう仲が良いのね?」
「えぇ、はい。まぁ...」
あからさまな態度で柊澤さんが声を掛けるが、枢木さんはそれを余裕の笑みを浮かべて返す。
柊澤さんは問い返されたにも関わらず上手く言葉を返せて居ない。
「あのね、お話の所悪いのだけど少し辻堂さんをお借りしても?」
「いやだから、今はちょっと...」
「ごめんなさいねぇ、特別な措置でこの学園に来た辻堂さんはこの学園のことを知らないから案内しろって理事長から言われちゃって」
「はぁ、理事長から...でもこの後は授業がありますよね? 大事な初めの授業があるのに良いんですか?」
「あぁ、それなら今日はまだ本格的な授業はしないと思うわ、簡単な挨拶や自己紹介だけだと思うから問題は無いはずよ」
と、枢木さんは柊澤さんからの問いに真っ向から返していき、とうとう柊澤さんは何も言わなくなった。
す、すげぇ、枢木さんマジすげぇ。嫌な顔一つせず話してるのもそうだけど、もうなんか顔の周りからキラキラオーラ出ちゃってるよ、コレが歳上の余裕というやつなのか。
「では、そういう事で一緒に来てもらえますか、辻堂さんっ」
「あぁ、はいっ!」
返事をした俺は席を立ち、枢木さんと一緒に女の子達の集団の中から出る。
去り際、枢木さんがもう一度柊澤さん達の方へ向いて声を掛ける。
「それじゃ私達はこれで、皆んなごきげんよ〜」
という言葉を聞いて多くの女の子達は枢木さんに「ごきげんよう」と返したが、柊澤さんだけは違った。
俺ははっきりと見た、彼女が枢木さんを見て思いっきり舌打ちしたのを...まぁ、何はともあれ助かった。
しかし、机の下で足を触れてきたのと言い、柊澤さんにはきっと何かあるぞ。
「あの、ありがとうございます、枢木さん」
「はい?何のことですか?」
「いぇ、まぁ少し困ってたので」
そう返すと隣で一緒に廊下を歩く枢木さんは訳知り顔で笑った。
「まぁ、あぁいうことになるとは思ってました。実はそれも兼ねて辻堂さんを呼びに来たんです」
「えっと、それじゃ案内とかじゃなくて俺を助けに?」
「いえいえ、この学園を知ってもらうためにしっかり案内しますよ。でも柊澤さんには少し悪いことをしたかもしれませんねっ」
枢木さんは言いながら、舌を出して悪戯気な表情を浮かべる。
「悪いことをした」と言う言葉の意味は分からなかったが、枢木さんがとっても良い人、というのは理解できた。
「あの、もし良かったらなんですけど辻堂さんって呼ぶのやめてもらえますか?」
「あら、私としたことが。そう呼ばれるのは嫌でしたか?」
「いやいや!そんなことは! でも、歳上の女の子にさん付けで呼ばれるのはちょっと...」
そう言うと、枢木さんは顎に手を当てて少し考えるように黙った。
「それじゃこういうのはどうでしょう? 私はこれから要くんとお呼びすることにします、なので要くんも私のことをアリスと、呼んでくださいっ」
「あ、いや、それはちょっと、歳上ですし...」
「嫌なんですか? 私が下の名前で呼ぶのに要くんは呼んでくれないなんて、壁を感じちゃいますよ」
これは困った問題だ、確かに枢木さんが言ってることは正しい、けれど俺、女の子のことを下の名前で呼んだことなんてないぞ...
俺はそんなことを思いつつ、少し黙って考える。
「分かりました、それならアリス会長って呼びます。それで勘弁してくれますか?」
「もう、何を言うのかと思ったらそんなのずるいですよ」
「...ダメ、ですか?」
「いいえ、ズルいですけどそれで良いです。でも仕方なくですからね?」
枢木さん、いや、アリス会長はそう言いながら可愛らしく拗ねたように頬を膨らましている。
あぁ、なんで人なんだ。なんと言うかアリス会長と一緒に居ると心が洗われるな。
どうしたらここまでできた人間になれるのか。
と、俺はそんな感じで浮かれながら会長の隣を歩く。
この時はまだ、アリス会長の裏の顔など、知る由もなく...
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