二話・黒スーツと乙女の花園。
黒スーツの連中に拉致られてから三、四十分があった頃のこと。
肩を落としていた俺に、連中の一人が声を掛けてきた。
「着いたぞ、ここがお前の新しい家だ」
その言葉を聞いてやっぱり俺はコイツらに拉致されたんだと思いつつ、顔を上げる。
そのまま連中に車から降ろされ、俺は唐突に事の真相を知らされる。
「お前には今日からここ、聖クリスティ女学園の生徒になってもらう。」
「はぁ、生徒ね。せ、生徒?!!」
意味が分からなかった。いや、だって俺拉致られたんだよね? どこかの国に売り飛ばされたり臓器とか売られるとか、闇の組織に仕えて雑用とか息抜きに拷問されたりとこそういうことをするんじゃないの?!!
頭の中にそんな考えばかりが巡っていると再度黒スーツ達に声を掛けられる。
「いや、悪かったな銃を見せたりして、さぞ怖かっただろう。」
「い、いや、まぁ、それはそうなんだけど、その生徒になるって...?」
「言葉の通りだ、お前は今日からここの生徒になる。ほら、これがお前専用の制服だ。」
そう言われながら俺は黒スーツの男から丁寧にビニールに包装された新品の制服を受け取る。
わ、訳わかんねぇ。というかここ、女子校だろ? それに家柄も頭脳も完璧な才女達が集まる場所だ。
学力的に負けちゃいないが、俺みたいな奴は敷地に足を踏み入れるだけでアウトだろ。
「混乱しているようですね、辻堂さん」
渡された制服を手に呆然としていると俺の名前を呼ばれた。甲高く、言葉遣いに気品さを感じさせるそんな声色。
俺は顔を上げ、声の主の方を向く。
すると、さっき桜並木でこっちに微笑みかけていた少女が目の前に居た。
「ちょっ! き、君は?!」
「さっき振りですね、辻堂さん。私は枢木アリスと、申します。ここでは目立ちますから、中で詳しい話を」
「あ、あぁ、はい。」
周りを見ると他の女生徒達が珍獣でも見るみたいにこっちを凝視してきていた。皆んな可愛いくて、清廉潔白って感じの雰囲気を持ったお嬢様達だ。
俺は案内されるまま、今しがた自己紹介された枢木アリスの後に続いて聖クリスティ学園の中へ足を踏み入れた。
*******
大きな学園の敷地を暫く歩き、俺は案内されるままとある一室の中へ入った。
中に入るとその部屋はおよそ普通の高校にある教室や実験室とは異なり、分かりやすく例えるならば社長室のような場所だった。
「では、そこへ掛けてください。貴方が何故この学園に連れてこられたのか、お話します」
「あっ、あぁ、失礼します。」
言われるまま用意された椅子に腰掛けた俺は部屋の中をぐるっと眺める。
俺をここまで案内してくれた枢木アリスは対面で綺麗に整理されたデスクに肘を置きながら話を続ける。
「まずは改めて自己紹介致します。私は枢木・クリスティ・アリスです。この学園では生徒会長を務めております」
「は、初めまして、辻堂要です......」
「あの、やっぱりこのような場所は普通の学校には無いのですか?」
「まぁ、普通は無いですね」
言葉を返すと枢木さんは「まぁっ」と明るく透き通るような長髪を揺らす。
「普通はそうなのですね。とは言ってもこの部屋は生徒会長室として特別に用意してもらったのです。実はこの学園を創ったのは私の祖父でして」
「そ、そうですか......」
そ、祖父が学園を創った...そう言えばクリスティって、確かに学校名と苗字同じ...もう、次元が違いすぎる...
俺は別世界の話に圧倒されそうになりながらも話が逸れているように思えたので切り出す。
「あの、それで俺がこの学園に連れてこられたのって何でなんですかね?」
「まぁ、私としたことが完全に話を脱線させてしまっていましたわっ」
そう言うと、枢木さんは「こほん」と小さな咳払いをしてから話に入った。
「まず、率直に言いますと辻堂さんがこの学園に招かれたのは試験的な理由です」
「試験...?」
「はい。この聖クリスティ女学園は近い将来に共学となることとなっています。」
「は、はぁ、なるほど。でも、それで俺一人を入学させるっていうのはあまり意味があるとは...」
言い掛けると枢木さんは「フッ」と少し含みのある笑みを浮かべた。
「それについてですが、学園上層部で長年話し合いが行われての決定のようです。この学園に通う生徒の殆どが同じ歳くらいの男子について知識が無いので、刺激が強すぎないようにと」
「し、刺激って...まぁ、言おうとしてることは分かりましたけど」
要するにだ、この学園には超箱入りで生粋のお嬢様しか居ない。いきなり共学にして外部(主に男子)と遮断されていた風紀が崩れ、混乱を招くのを避けるため、って事なんだろう。
いや、でもだとしたらこの学園に今通ってる子達と同じようなスーパー御曹司達だけを入学させれば良いんじゃ...
「あの、思ったんですけど...」
「勿論、そういう想定だと思いますよ、この学園は学力もそうですが、金銭面も通うのにかなり必須な条件ですから」
え、なに? 俺、今心読まれたよな?もしかしてこの子エスパーなの?
「そ、そうですか。でも、なら尚更何故俺なんかを...別に俺はお金持ちの家の子じゃ無いですし、なんならうちは結構貧乏な家庭で...」
「もちろん辻堂さんのご家庭に関しては把握していますよ。それでも辻堂さんをこの学園にお招きしたのは全体的なバランスです。」
「バ、バランス?」
「はい。お調べしたところ辻堂様は幼少期からご家族のために必死に努力し勉強に励んでいたと、そしてこの春からエリート高である三沢西高校に入学予定。人柄も親しみやすく、誰にでも優しい。学力だけでなく、そういう部分も非常に評価が高かったらしいですよ」
ま、待ってくれ、もしかして、俺はずっと監視されてたのか? じゃないと親しみやすくとか、誰にでも優しいとか、そう言う情報でてこないよな。
「私も母の紗代子さん、妹の凛ちゃん、そして弟の大志くんを思う辻堂さんの気持ちにはとても感銘を受けましたっ」
「ちょっ!な、何で俺の家族構成と名前を知ってるんだ?!もしかして家族にも何か.....」
「いえ、ご家族には何もしてませんよ。ただ、皆さん辻堂さんがこの学園に招かれたとお話ししたら笑顔で喜んでいました」
「いや、喜んでましたって、もしかして母さん達と会ったの?!」
俺が声を上げると枢木さんは悪戯気に笑いながら頷いた。
「流石にご家族にはこの学園に急遽入学して頂くことを伝えておく必要がありますからねっ」
「いや、まず本人の俺に言うべきだよねぇ?!マジであの黒スーツの人達怖かったんだよ?!」
「ふふっ それは失礼致しました。ですがこちらも誠意として妥当な額をお母様の紗代子様に提示したところとても喜んでいただけたんですよ?」
「妥当な額...?」
「はいっ 具体的に言うと弟さんと妹さんが余裕を持って大学卒業できるくらいの金銭的援助を...あっ、勿論辻堂さんの学費も全て免除です」
会ったうえに、母さん達をお金で懐柔したのか...もう怖いよこの子、やってることが明らかに学生の範疇を越してる。
「......それで、母さんはなんて?」
「要ちゃん、ありがとう。新しい学校でも一生懸命頑張るのよ、と。本当に辻堂さんに感謝しているようでした」
「そ、そっか。」
さっぱりしてるなぁ。俺、朝からハリウッド映画ばりに連れ去られたのに...まぁ、でも弟の大志や妹の凛の学費も俺がこれから就職して払おうと思っていたし、その代わりにこの学園に入学するって考えれば良いか.....俺自身の学費も免除してもらえるって話だし。
とは言っても、全てを犠牲にして中学三年間を勉強に捧げたオチがこれか、切なすぎるなぁ。
と、俺が諦めるようにため息を吐きながら考えていると、枢木さんは「では」と言いながら席を立つ。
「早速ですが辻堂さんを一年生の教室へご案内したいと思います」
「えっ! も、もしかしてこのままクラスに行って授業を受けるの?」
「えぇ、そうですよ? 正確にはホームルームと入学式ですね...とりあえずそれに着替えましょうか」
枢木さんは俺が手に持っている制服を見て言うと出入り口の方へ歩き出す。
「あ、あの、ちょっと!!」
と、引き止めようとしたが、枢木さんは微笑みながら生徒会長室から出て行ってしまった。
一人になった俺は大きく息を吐き、椅子に座ったまま天井を見上げる。
「...あぁ、もう、本当にどうしてこうなった。」
呟きながら今朝、自転車を漕ぎながら新しい季節に期待を胸いっぱいにしていた頃のことを思い返す。
全てが急展開過ぎだ。あの時は高校入学早々に可愛い子に出会えたと思ったのに...あれは悪魔の微笑みだったんだな。
心の中でそんな事を思いながら俺はまた諦めるように、用意されていた新品の制服に袖を通す。
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