第36話 魔境の森“最奥”

 『ついにあれが動き出した』


 アケア領のスライム御殿で、長老スライムさんから念話を受け取った。

 そこで、僕はもう安心の領土を飛び出し、魔境の森の家へ帰ることに。


 森拠点の扉を開け、すぐさま声をかける。


「長老スライムさん! 帰ったよ!」

『早かったな』

「うん! それで状況は!」

『まだ大丈夫じゃが、じきに大きな変化があるかもしれぬ』


 途中も念話で話していたが、あれ・・が動き出したみたいだ。

 僕は長老スライムさんに再確認した。


「本当に動き出したんだね。あれ──“魔族こん”が」

『おそらくな』


 魔族痕とは、僕たちがつけた名前だ。


 一か月ほど前。

 セレティアとも出会う前に、森で奇妙な魔力の痕跡こんせきを見つけた。

 まるで人と魔物の間のような、特有の魔力を放っていたんだ。


 長老スライムさんの知識から、それは魔族だと断定できた。

 僕がヒルナーデ邸で魔族の暗躍を推測できたのも、このことから魔族が動き出しているかもと予想していたからだ。


「じゃあいよいよ大元おおもとが動いたんだ」

『そうなるのう』


 セレティアによると、魔族はここ五十年ほど見かけていなかった。

 かつては人に災いをもたらす存在だったのに。

 もしその理由が、五十年をかけて準備していたからだっとしたら?


 魔族騒動、フォーロス家の一件。

 そのどちらをもしのぐ事態になりかねない。


「とにかく僕も確認しに行くよ」

『うむ、では行くとしよう』


 そうして、僕は痕跡の元へと向かった。





「ここか」

  

 拠点から移動してしばらく。

 魔境の森を奥へと進み、僕たちは足を止める。


「久しぶりに来たな」


 着いたのは、魔境の森“最奥さいおう”。

 ここは未開拓地で、僕たちですら足を踏み入れたことが無い。

 この先は、魔族の魔力を含んだ“しょう”で満たされているからだ。


「相変わらずだね……」

『うむ。これでは進めまい』


 瘴気は様々な弱体化を起こす。

 耐性を全力で張ればなんとか進めるかもしれないけど、この先はどこまで続くか分からない。

 その上、長らく害も無かった。


 結果、リスクを考えて開拓していなかったんだ。

 森では他にもやることがたくさんあったし。

 スライム達には交代で見張りをしてもらっていたけどね。


 僕はその辺で一服をしているスライムに声をかける。


「お疲れ様、調子はどう?」

『ちょっとずつ瘴気が広がってきてるっす』

「みたいだね」


 そして、今回の異変というのが、瘴気が広がってきていること。

 

「入ってみるしかないのかな」

『リスクは高いぞ』

「うん。でも悪影響が出始めたら放っておけないよ」

『それはそうじゃが……』


 ほんの少しずつだけど、瘴気は森の中央に浸食している。

 それに、浸食速度が変わらないとも限らない。

 放置すれば、いずれ拠点も呑まれる可能性がある。


 ならば、ここは決断すべきだ。


「一度拠点に帰ろう」

『ということは、アケア!』

「うん。編成を練って調査をする」

『……うむ、わかった』


 長老スライムさんは心苦しそうだ。

 これも僕を心配してくれているからだろう。

 でも、スライム達を守るのは僕の役目だ。


「じゃあ、拠点に──って、これは!」

『むむっ!』


 僕と同じタイミングで長老スライムさんも振り返る。

 魔物の気配を感じ取ったんだろう。

 場所は──瘴気の中からだ。


『アケア! こっちにくるぞ!』

「わかってる!」

 

 長老スライムさん、周囲のスライム達と共に警戒を強める。

 瘴気からの魔物は初めてだ。

 何が出てくるか分からない。


「魔物の気配が掴めてきた……」


 気配は近くなるほど、特徴を捉えられる。


 体は小さくて丸い。

 ぽよっと跳ねるように移動している。

 それでいてすごく馴染み深い。


「ん?」

『『『ん?』』』


 僕はスライムを、スライム達は互いを見合った。

 思ったことは同じだろう。

 すると、気配の正体が姿を現す。


『けほっ、けほっ』

「スライム……!」


 出てきたのは、やはりスライムだった。

 でも、体は瘴気の色をして弱っているみたいだ。

 僕はすぐに駆け寄って回復を施す。


「だ、大丈夫!?」

『うぅ、人間さん?』

「そうだよ! スライムテイマーだ! 君の味方だよ!」

『じゃあ、お願い……』


 すると、苦しそうなスライムは言葉にした。


『ぼくの仲間をたすけて』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る